シンカー:新型コロナウィルス問題などに対処するために財政が拡大している。財政拡大によるネットの資金需要の復活と、それを事実的にマネタイズする日銀の粘り強い金融緩和の継続と合わせ、アベノミクス2.0が自動的に稼働し、リフレ・サイクルが上振れつつある。2013年の共同声明による政府との共同目標としての2%の物価上昇率達成を目指し、日銀はイールドカーブ・コントロールにともなう柔軟な国債買入れの方針を含むポリシー・ミックスを強調する緩和体制を、政府のデフレ脱却宣言まで粘り強く維持するだろう。菅首相が緊縮に舵を切り、企業と政府の支出する力として家計への所得のフローを生むネットの資金需要が消滅してリフレ・サイクルが腰折れてしまえば、疲弊した家計への支援とデフレ脱却を優先する自民党内の勢力と公明党の反発を受けて政権は倒れるリスクとなる。

会田卓司,アンダースロー
(画像=PIXTA)

金融政策−ポリシーミックスを強調する緩和バイアスを粘り強く維持

日銀の大規模な金融緩和は信用サイクルを大きく押し上げた。しかし、消費税率引き上げを含む緊縮的な財政スタンスが障害となり、日銀がマネタイズするネットの資金需要が存在せず、市中のマネーは拡大できず、量的金融緩和の効果を十分には発揮できなかった。2%の物価目標は達成できず、緩和の長期化の副作用で金融機関は疲弊した。企業活動再活性化と新型コロナウィルス問題などによる財政拡大でネットの資金需要が復活し、それをマネタイズして働く量的金融緩和の効果は現行の枠組みの維持だけで強くなる。2013年の共同声明による政府との共同目標としての2%の物価上昇率達成を目指し、日銀はイールドカーブ・コントロールにともなう柔軟な国債買入れの方針を含むポリシー・ミックスを強調する緩和体制を、政府のデフレ脱却宣言まで粘り強く維持するだろう。財政政策が緊縮に転じて、ネットの資金需要が消滅することがない限り、マイナス金利政策の深堀りはないだろう。ネットの資金需要をマネタイズする量的金融緩和の効果が期待できるため、日銀のETF買入れの減額が緩和効果を削ぐことはないだろう。これまでは、ネットの資金需要が消滅していため、巨額のETF買い入れによるリスク・プレミアムの圧縮で株価上昇とともに期待ROEを上昇させ、企業のデレバレッジやリストラという縮み思考を変える必要があった。

設備投資サイクルの上振れによる企業貯蓄率の低下と緩和的な財政政策により、ネットの資金需要は維持され、量的金融緩和効果が強い状態が続き、マネーの拡大と円安の力が物価上昇を加速させていくだろう。 FRBがゼロ金利政策を解除するのは2024年度だろう。その後、日米金利差拡大が大きな円安の力となり、景気拡大が強くなる中、 日銀は長期金利の誘導目標を景気・マーケットの拡大と物価上昇率の加速を阻害しない速度で引き上げ始めるだろう。短期の政策金利目標をプラスに戻し、イールドカーブ・コントロールを含む緩和体制から脱却するのは、2%の物価目標を達成し、政府がデフレ完全脱却宣言ができるようになる2025年度となろう。

財政政策—緊縮に舵を切れば政権が倒れるリスクに

新型コロナウィルス問題などに対処するために財政が拡大している。財政拡大によるネットの資金需要の復活と、それを事実的にマネタイズする日銀の粘り強い金融緩和の継続と合わせ、アベノミクス2.0が自動的に稼働し、リフレ・サイクルが上振れつつある。震災復興と景気刺激策などでの財政拡大によるネットの資金需要の復活を、2013年以降の大規模金融緩和で事実的にマネタイズし、リフレ・サイクルが上振れたアベノミクス1.0と似る。衆議院選挙のある秋にはウィルス問題の終息後の経済成長を促進させる目的で経済対策が実施されるだろう。9月の自民党総裁選では菅首相が続投となり、衆議院選挙では、それまでにウィルス問題を終息させられなかったことで連立与党は議席を大きく減らすが過半数を維持するだろう。オリンピックが中止になれば、政府の危機感で経済対策の規模は大きく膨らむだろう。

リスクは、2025年度の基礎的財政収支黒字化の従来の目標が変更されていないことだ。民間経済がウィルス問題による打撃からまだ完全に立ち直ってない状態で、黒字化の目標を無理に目指し、コロナ増税、消費税率や社会保険料を引き上げるなど、また増税や財政支出削減を行ってしまえば、ネットの資金需要は消滅し、アベノミクス2.0も失速することになるだろう。2022年度の景気の強い回復とともに、夏の参議院選挙では辛勝し、2023年度には菅政権は財政再建の試みを始めるかもしれない。しかし、疲弊した家計支援とデフレ脱却を優先する自民党内の勢力と公明党の反発を受け、緩和的な財政スタンスは維持されるだろう。中国との対立の戦略として財政拡大によるインフレ環境への転換を目指す米国政府から、日本にも財政拡大を求める圧力がかかる可能性がある。菅首相が緊縮に舵を切り、企業と政府の支出する力として家計への所得のフローを生むネットの資金需要が消滅してリフレ・サイクルが腰折れてしまえば、2024年度の自民党総裁選を乗り切れず、政権は倒れ、リフレ派の新首相が誕生することになるだろう。

図:リフレ・サイクル(ネットの資金需要、企業貯蓄率+財政収支)

リフレ・サイクル(ネットの資金需要、企業貯蓄率+財政収支)
(画像=内閣府、日銀 作成:岡三証券)

表:日本経済見通し

日本経済見通し
(画像=内閣府、総務省、財務省、日銀、Refinitiv 作成:岡三証券)

岡三証券チーフエコノミスト
会田卓司

岡三証券エコノミスト
田 未来