シンカー:各国の現行の2%の物価上昇率の目標は、脱炭素などの気候変動関連分野の取り組みを完全には織り込まないものである。気候変動関連の取り組みとそれを支援する財政支出の拡大の物価上昇圧力込みでは、既存の目標では経済成長を阻害する恐れもある。気候変動関連分野以外の需要を抑制しないと、目標を維持できないと考えられるからだ。脱炭素などの気候関連分野の取り組みを促進することが政策当局の方針で、政策に組み込まれていくのであれば、グローバルに政策当局は2%超のインフレを許容するように目標の引き上げが必要になるかもしれない。インフラ投資による財政支出の拡大に加え、財政政策による家計の負担軽減策も必要だろう。脱炭素や第四次産業革命などで、時代は大きく変わっている。すべてが急変している今日、財政均衡や低い物価上昇率に拘る考え方や使い古された手法はもはや通用しないのかもしれない。新しい機会と問題に取り向くための、新しい考え方が必要なのだろう。古臭い拘りから脱し、高めの物価上昇率と財政赤字を容認しながらの経済政策で成長率を促進し、民間と公共を合わせた投資水準を引き上げられた国が勝ち組になるのだろう。

会田卓司,アンダースロー
(画像=PIXTA)

7月16日に日銀は、気候変動関連分野での取り組みを支援するため、金融機関の気候変動対応投融資をバックファイナンスする新資金供給の仕組みの素案を公表する。2022年6月の期限前に、成長基盤強化支援資金供給制度を気候変動関連分野も含める形で拡充するだろう。ECBは環境債を資産購入対象に加えたほか、環境目標連動債を資金供給の担保に加えた。9月の年次フォーラムまでに気候変動問題への対処方法を含めたECB政策枠組み刷新の協議結果について公表する見通し。FRBは金融システムへの気候変動関連リスクを評価する委員会を新設した。中央銀行の金融政策にも脱炭素を含めた気候変動関連分野の動きが組み込まれてきている。

気候変動関連の対象分野は、ファイナンスが容易になり、投資とマーケットの拡大が見込める。気候変動関連分野に含まれる脱炭素などへの取り組みは、将来の気候変動リスクを減じ、長期のマクロ経済の安定に寄与するだろう。一方、将来的な環境負荷を減じる代わりに、短期的にはコスト増となる。環境負荷は大きいがコストの安い生産設備を、環境負荷は小さいがコストの高いものに代えるとともに、その投資のコストも必要になる。

企業が脱炭素などの取組みを進めるには、ファイナンスの容易さだけではなく、コスト増を商品・サービスの価格へ転嫁することの容易さが重要だ。マクロ経済としてはインフレ環境の方が、価格転嫁は容易となる。賃金上昇がなければ、消費者負担の増加で経済成長を阻害するリスクとなる。発電を含めたインフラ投資による財政支出の拡大に加え、財政政策による家計の負担軽減策も必要だろう。民間のコスト増、価格転嫁の進行、財政支出の拡大は、物価上昇率を押し上げる要因となる。貧富の格差と貧困を放置してままでは、コスト増に苦しく家計とそうではない家計との分断が政治不安につながるリスクとなる。財政赤字に拘らない積極的な財政支出の拡大が必要になり、それが高めの物価上昇率につながるだろう。

各国の現行の2%の物価上昇率の目標は、脱炭素などの気候変動関連分野の取り組みを完全には織り込まないものである。気候変動関連の取り組みとそれを支援する財政支出の拡大の物価上昇圧力込みでは、既存の目標では経済成長を阻害する恐れもある。気候変動関連分野以外の需要を抑制しないと、2%の目標を維持できないと考えられるからだ。そうなると、デジタルトランスフォーメーションなどの第四次産業革命の投資が抑制され、将来の生産性向上の果実が得られないリスクとなる。そして、高圧経済下の方が気候関連分野などの投資の収益も確保しやすく、投資が促進される。高圧経済下の賃金上昇も家計の負担軽減には必要となる。

脱炭素などの気候関連分野の取り組みを促進することが政策当局の方針で、政策に組み込まれていくのであれば、グローバルに政策当局は2%超のインフレを許容するように目標の引き上げが必要になるかもしれない。脱炭素や第四次産業革命などで、時代は大きく変わっている。すべてが急変している今日、財政均衡や低い物価上昇率に拘る考え方や使い古された手法はもはや通用しないのかもしれない。新しい機会と問題に取り向くための、新しい考え方が必要なのだろう。古臭い拘りから脱し、高めの物価上昇率と財政赤字を容認しながらの経済政策で成長率を促進し、民間と公共を合わせた投資水準を引き上げられた国が勝ち組になるのだろう。

田キャノンの政策ウォッチ:EUは脱炭素の一環として農業分野に3,870億ユーロの予算に基本合意

EUは脱炭素に向けた施策の一つとして、総額3,870億ユーロ(約51兆円)の次期共通農業政策に基本合意した。EU予算のざっと3分の1を占める。2023年から新政策を適用する予定。主な内容は、農業分野の温暖化ガスの排出削減を促進するため、環境に配慮した農業や酪農を営む事業者への支援を拡充する。直接支払いにあてられる予算(約2,700億ユーロ)のうち、23-24年は20%(540億ユーロ)、25年以降は25%(675億ユーロ)を環境対策に取り組む事業者に分配する。EUの気候変動関連分野の取り組みは本気だ。ECBが2%の物価目標引き上げの先陣を切るかもしれない。

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岡三証券チーフエコノミスト
会田卓司

岡三証券エコノミスト
田 未来