本記事は、谷本真由美氏の著書『世界のニュースを日本人は何も知らない2 - 未曽有の危機の大狂乱』(ワニブックス)の中から一部を抜粋・編集しています。

旅行業界
(画像=maridav/stock.adobe.com)

マスクをしていると「ヤバい人」

マスクは弱者や病気の象徴であり、目にするだけで不気味だという考え方もあります。

英語圏の映画やドラマなどを観ると、口元を隠しているのは悪役や異常な行動をする人など、要するにヤバいキャラばかりです。例を挙げれば、『羊たちの沈黙』のレクター博士や、『マッドマックス 怒りのデスロード』のイモータン・ジョー。ブラックメタルやデスメタルのバンドでもマスクは定番ですし、たとえばアメリカのヘヴィメタルバンド「Slipknot」にもマスクをしたメンバーがいます。

なぜ、口元を隠すことがヤバい人の象徴なのか?

それは他人と話すとき、英語圏の人々は相手の口元を見て、何をしゃべっているか判断しているからです。もちろん、音として入ってくる言葉で内容を理解していますが、口元を見てその人の感情や心を読み取っているのです。

ですから口を隠すということは「自分の本心を隠す」ということ。英語圏の人と話をしているとよくわかりますが、会話中に口元を手で押さえる動作をすると、「何を言っているかよくわからないから、手をどけてくれ」と言われることがあります。幼稚園や小学校でも子どもが口元を見せずに話すと先生にひどく怒られます。これは実際、息子の学校で授業を見ていて気がつきました。また日本女性がよくやるように、笑う際に口元を手で隠す動作も不気味に思われることがあります。

こんなふうにマスクを嫌うイギリスなので、新型コロナが猛威をふるいはじめても、街中の薬局やスーパーでマスクは売られていませんでした。私は扁桃腺が弱いので、幸い日本から持参したマスクが手元にありましたし、風邪をひいたときのためにマスクを大量に購入しておいたので、それらを使うことができました。

でも、義両親はマスク姿の私を驚きの目で眺めていたし、彼らが風邪をひいたときに、自宅に赤ん坊がいるからとマスクの着用を勧めても絶対につけてくれませんでした。

当時、イギリスの病院はとっくに医療崩壊していて、新型コロナでなくとも、体調を崩して病院に行ったら死を覚悟しなければならないようなレベルでした。それほど緊迫した状況なのに、マスクをつけたがらない人が大半なのです。それだけ文化的な違い、習慣の違いが根深いということです。

日本人には、身体に良いものや新しいものはとりあえず試してみようという好奇心がありますが、イギリスの人々は案外保守的で、どれだけ良さそうなものであっても、自分たちの習慣と違えば絶対に受け入れません。

マスクをめぐる殺人事件

マスクを否定する習慣はフランスでも同じでしたが、イギリス人よりもはるかに個人主義でわがままなのがフランス人です。マスクへの対応にも、そのことがよく表れていました。

フランスでは早くから各自治体がマスクを配ったり、パリなどの都市部では店舗や野外でマスク着用が義務化されたりしていました。その一方で、人々のマスクに対する拒否感はものすごく、マスクをめぐって殺人事件まで起きてしまいました。

2020年7月、フランス南西部バイヨンヌで、マスクをつけないままバスに乗ろうとした4人組の乗車を拒否した運転手が暴行を受けて脳死状態になり、後日死亡するという事件が起きました。バスでのマスク着用は義務だったのに、この4人組はあろうことか、運転席から運転手を引きずり出して凄まじい暴力を振るったのです。

こうした事件はフランス全土で相次いで起き、パリ東郊の都市ヌイイー=シュル=マルヌでは、バスの中でマスクをつけていなかった16歳の少年2人に注意をした看護師の若い女性が暴行を受け、「強姦するぞ」と脅される事件が起きました。これはまさに、マスクのことのみではなく、医療従事者に尊敬がないことのあらわれです。

ある心理学者は、「フランス社会では政府のメッセージが一貫して伝わらないために不信感を抱く人が多く、社会不安もあわさって大半がマスクに拒否反応を示し、暴行にエスカレートしている」と指摘しています。

フランス政府は当初、アメリカと同じく「マスクには効果がない」と連日語っていたので、急に「マスク着用は義務だ」と言われ、激怒してしまった人が多かったのでしょう。「命令されてもマスクなんかつけたくない」と、ネット上でもマスク拒否運動が盛り上がっていました。

驚くのはマスクをめぐる暴力事件や殺人事件に関して、フランスでは一応ニュースにはなったものの、「医療従事者を守ろう」「バスの運転手を守ろう」という大規模なキャンペーンは起こらなかったことです。局地的には反対運動が起こったり非難する声があがったりしましたが、国全体では、これらの事件はほぼスルーされてしまいました。

これには、「暴力を振るう人々には何を言っても無駄だ」「どんな啓蒙運動をしても無駄だ」というフランス人のあきらめがよく表れています。これは、フランスが大変な格差社会であり、暴力を振るう人や公衆衛生を理解できない人に対して根気強く教育を行ったり、啓蒙活動をしたりしなければならない、という考え方がないからです。

能力がない人間や理解力がない人間は無視するほかない。つまり、最初から何も期待していないのです。日本なら、近所の人や政府、学校の先生などがなんとかしようと努力をするわけですが、フランスにはそういった感覚がありません。

また、これだけ新型コロナによる死者が出ているのにもかかわらず、ネット上でマスクを拒否する運動をしている人を、警察が逮捕したり罰金を科したりすることはありません。日本だと、こんな運動をする人はそもそもいませんが、フランスの場合はこれが表現の自由であり、個人の自由なのです。防疫や感染症予防の考え方からすれば、まったく理解できないことですが、とにかく日本とは感覚が違うということしかいえません。

そして、がっかりすることに、このフランスのひどい状況に関して日本のメディアは事実を伝えていませんし、それどころか日本よりも新型コロナ対策が優れているとする論調がほとんどだったのです。

世界のニュースを日本人は何も知らない2
谷本真由美
著述家。元国連職員。1975年、神奈川県生まれ。シラキュース大学大学院にて国際関係論および情報管理学修士を取得。ITベンチャー、コンサルティングファーム、国連専門機関、外資系金融会社を経て、現在はロンドン在住。日本、イギリス、アメリカ、イタリアなど世界各国での就労経験がある。ツイッター上では、「May_Roma」(めいろま)として舌鋒鋭いツイートで好評を博する(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)

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