シンカー:グローバル・スタンダードでは、積み上がった国の債務をどう返していくのかという問いそのものが存在せず、利払いを続けながら債務残高をどう維持していくのかという問いのみ存在する。日本には、財政赤字により発行した国債は60年で償還することを定めた「60年償還ルール」がある。新規の債務は借り換えを経ても60年で完全に償還する必要があるため、毎年の予算に国債の利払費だけではなく、償還費も計上している。この「60年償還ルール」があることを前提とすれば、日本では国債は将来世代へのツケ回しであり、悪いものであるという考え方は正しくなってしまう。しかし、償還ルールに基づき国の債務を「完全に返済する」という減債の考え方を先進国で持っているのは日本だけである。減債は民間の所得・需要を奪うことになるので当然だ。他国では、償還の期限を定めるルールがなく、国債は永続的に借り換えされ、債務残高は維持される。予算に償還費は含まれず、利払費だけが含まれる。グローバル・スタンダードでは、原則的に、政府の債務は完全に返済(債務をゼロ)することはなく、永続的に借り換えされ、債務残高は維持されていくことはほとんど知られていない。MMTとは何の関係もない事実である。グローバル・スタンダードでは、国債は国の負債であるが、国民の資産であり、政府の過度な支出が景気過熱やインフレ高騰につながらない限り悪いものではないという考え方が正しい。

会田卓司,アンダースロー
(画像=PIXTA)

新型コロナウィルス問題に対処するため、財政支出が拡大し、赤字も大きく増加している。財政赤字をファイナンスするための債務である国債は、現世代が負担を免れるための将来世代へのツケ回しであり、悪いものであるという考え方が支配的だった。一方、国債は国の負債であるが国民の資産でもあるため、政府の過度な支出が景気過熱やインフレ高騰につながらない限り悪いものではないという考え方も徐々に受け入れ始めているようだ。両者のどちらが正しいか、決着はつかないようだ。理由は、見方によってはどちらも正しいからだ。

日本の2021年度の国の一般会計当初予算は106.6兆円となり、歳出は過去最大となっている。過去の借金に対応する利払費と債務償還費を含む国債費は歳出の22.3%を占めている。過去の借金への対応で歳出構造が硬直化している(首が回らない)と言われる。米国の国債費の歳出に占める割合である5.3%と比較し、とても悪いように見え、日本には財政拡大余地はないという見方を支配的にしてしまっている。

しかし、各国の予算の計上の仕方や項目が違うため、国債費の歳出に占める割合を単純に比べることは、りんごとりんご(基準が同じもの)の比較になっていない。りんごとみかん(基準が違うもの)を比較しているようなものであり、財政の議論としてはほとんど意味をなさない。日本の予算を米国の予算に準じる形にしてみると、実はそれほど高くないことが分かる。

日本には、財政赤字により発行した国債は60年で償還することを定めた「60年償還ルール」がある。新規の債務は借り換えを経ても60年(1年に60分の1ずつ)で完全に償還する必要があるため、毎年の予算に国債の利払費だけではなく、償還費も計上している。よって、この「60年償還ルール」があることを前提とすれば、日本では国債は将来世代へのツケ回しであり、悪いものであるという考え方は正しくなってしまう。

しかし、償還ルールに基づき国の債務を「完全に返済する」という減債の考え方を先進国で持っているのは日本だけである。減債は民間の所得・需要を奪うことになるので当然だ。他国では、償還の期限を定めるルールがなく、国債は永続的に借り換えされ、債務残高は維持される。予算に償還費は含まれず、利払費だけが含まれる。償還費は予算外で処理されるのがグローバル・スタンダードだ。日本の予算をグローバル・スタンダードに準じる形にしてみると、償還費はなくなり、利払費のみとなる国債費の歳出に占める割合は9.3%と、実はそれほど高くない。なお、日本の当初予算べースの利払費等は、多めに見積もられる傾向にあるため、実際の利払費等は当初予算よりも小さい。

グローバル・スタンダードでは、原則的に、政府の債務(国内で自国通貨で発行されたもの)は完全に返済(債務をゼロ)にすることはなく、永続的に借り換え(満期が来た国債を償還する際、償還額と同額の国債を発行する)され、債務残高は維持されていくことはほとんど知られていない。完全に返済するのは、税収が増加しすぎたりした時など、国債需給の調整の例外的なものだ。グローバル・スタンダードでは積み上がった国の債務をどう返していくのかという問いそのものが存在せず、利払いを続けながら債務残高を経済状況を安定させながらどう維持していくのかという問いのみ存在する。MMTとは何の関係もない事実である。

その理由は、政府の負債の反対側には、同額の民間の資産が発生し、国債の発行(国内で自国通貨で発行されるもの)は貨幣と同じようなものとみなされるからだ。よって、グローバル・スタンダードでは、国債は国の負債であるが、国民の資産であり、政府の過度な支出が景気過熱やインフレ高騰につながらない限り悪いものではないという考え方が正しい。

図1:日本の国家予算の歳出(60年償還ルールあり)

日本の国家予算の歳出(60年償還ルールあり)
(画像=財務省 作成:岡三証券)

図2:米国の国家予算の歳出

米国の国家予算の歳出
(画像=govinfo 作成:岡三証券)

図3:日本の国家予算の歳出(60年償還ルールなし)

日本の国家予算の歳出(60年償還ルールなし)
(画像=財務省 作成:岡三証券)

田キャノンの政策ウォッチ:

昨年の報道によれば、債務償還費を一般会計から外すことを、財務省内で検討されていたようだ。複数年度にまたがる債務償還費を一般会計から外すことで、単年度収支を明瞭にすることを目的としていたが、赤字国債の返済ルール見直しも伴うため、規律がさらに緩みかねないとの慎重な声もあって、財政制度の見直しは実現しなかった。

4日投開票された東京都議選は、自民党は33議席、公明党は23議席となり、連立与党で過半数の64議席を下回った。都議選の結果を受け、菅政権は柔軟な政策対応を迫られるだろう。連立与党への支持を強くするため、秋の衆院選までに経済対策を含む大規模な補正予算案を打ち出すと思われる。

・本レポートは、投資判断の参考となる情報提供のみを目的として作成されたものであり、個々の投資家の特定の投 資目的、または要望を考慮しているものではありません。また、本レポート中の記載内容、数値、図表等は、本レポート作成時点のものであり、事前の連絡なしに変更される場合があります。なお、本レポートに記載されたいかなる内容も、将来の投資収益を示唆あるいは保証するものではありません。投資に関する最終決定は投資家ご自身の判断と責任でなされるようお願いします。

岡三証券チーフエコノミスト
会田卓司

岡三証券エコノミスト
田 未来