シンカー:株価が実体経済を引き離して上昇していった背景には、信用が拡大できる環境なのかを左右する信用サイクル、市中のマネーの拡大・縮小を左右するリフレ・サイクル、そして設備投資サイクルの3つのマクロ・サイクルがあった。三つのサイクルは名目GDP成長率の決定要因としても重要だ。名目GDP成長率は、日銀短観金融機関貸出態度DI(信用サイクル)、ネットの資金需要(リフレ・サイクル)、企業貯蓄率、米国実質GDP成長率でうまく説明できる。設備投資サイクルは企業貯蓄率の動きで表すことになる。今後の期待は、持ちこたえていた設備投資サイクルが上振れることだ。デジタルトランスフォーメーションや脱炭素などの強い投資テーマで設備投資サイクルが上振れて動き出すことで、企業の長期的な成長期待と収益期待がついに上昇したことが意識される。デフレ構造不況からの脱却の機運で、名目GDP成長率の上昇とともに、景気拡大と株価上昇は加速していく可能性がある。
株価が実体経済につられて大きく下落しなかった背景には、信用が拡大できる環境なのかを左右する信用サイクルが腰折れなかったことがあった。日銀短観の中小企業金融機関貸出態度DIが信用サイクルをきれいに示す。政府・日銀による給付金、信用保証、金融緩和などで中小企業の資金繰りを支え、DIは下落を回避し、高原状態を続けている。DIは失業率の先行指標になっており、政府の雇用助成に加え、政府・日銀の積極的な流動性対策が雇用の下支えに貢献してきたことが分かる。
図1:信用サイクルを示す日銀短観中小企業金融機関貸出態度DIと失業率
株価が実体経済を引き離して上昇していった背景には、市中のマネーの拡大・縮小を左右するリフレ・サイクルの上振れがあった。マネーの拡大には、政府と企業の支出の拡大が必要になる。企業貯蓄率と財政収支の合計であるネットの資金需要(GDP比、マイナスが強い)が、マネーの拡大・縮小を左右するリフレ・サイクルをきれいに示す。これまで消費税率引き上げを含む緊縮的な財政スタンスなどで消滅していたネットの資金需要が、新型コロナウィルスの感染拡大の影響を抑制するために財政政策の拡大などで復活し、リフレ・サイクルが上振れた。
図2:リフレ・サイクルを示すネットの資金需要(企業貯蓄率+財政収支)
今後の期待は、持ちこたえていた設備投資サイクルが上振れることだ。実質設備投資のGDP比が設備投資サイクルをきれいに示す。労働需給逼迫などによる生産性と収益率の向上の必要性、第四次産業革命を背景としたAI・IoT・ロボティクスを含む技術革新、遅れていた中小企業のIT投資、老朽化の進んだ構造物の建て替え、都市再生、研究開発、そして新型コロナウィルス感染拡大後の新常態への適応などの強い投資テーマがある。コロナショック下でのIT技術の活用の経験がイノベーションを促進するかもしれない。設備投資がけん引役となり、企業の新たな商品・サービスの投入が消費を刺激する好循環が、景気を緩慢なU字型から強いV字型に進展するだろう。
図3:設備投資サイクルを示す実質設備投資GDP比
三つのサイクルは名目GDP成長率の決定要因としても重要だ。名目GDP成長率は、日銀短観金融機関貸出態度DI(信用サイクル、前期差)、ネットの資金需要(リフレ・サイクル)、企業貯蓄率(4期ラグ)、米国実質GDP成長率でうまく説明できる。企業がデレバレッジ・リストラを中心に後ろ向きの行動をすると企業貯蓄率は上昇することになる。企業が前向きになり、設備投資サイクルが上昇すると企業貯蓄率が低下することになる。設備投資サイクルは企業貯蓄率の動きで表すことになる。企業貯蓄率が低下すると、財政収支が一定であれば、ネットの資金需要(リフレ・サイクル)も強くなる。
デジタルトランスフォーメーションや脱炭素などの強い投資テーマで設備投資サイクルが上振れて動き出すことで、企業の長期的な成長期待と収益期待がついに上昇したことが意識される。これまで異常なプラスの企業貯蓄率が示す弱い企業活動が、総需要を破壊する力として内需低迷とデフレの長期化の原因となってきた。設備投資サイクルが上振れれば、企業貯蓄率は異常なプラスから正常なマイナスに戻り、過剰貯蓄としての総需要を破壊する力が消滅する。デフレ構造不況からの脱却の機運で、名目GDP成長率の上昇とともに、景気拡大と株価上昇は加速していく可能性がある。
名目GDP(前年比)= −0.1 + 0.3 日銀短観中小企業貸出態度DI(前期差) − 0.3 ネットの資金需要 − 0.4 企業貯蓄率(4期ラグ) + 1.1 米国実質GDP(前年比) + 1.8 アップダミー − 1.9 ダウンダミー ; R2=0.96
図4:名目GDP成長率と推計値
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岡三証券チーフエコノミスト
会田卓司
岡三証券エコノミスト
田 未来