シンカー:日本経済担当のエコノミストでさえも、米国経済やFEDの動向ばかり分析しているようにみえる。日本はワクチン接種率の推移などのミクロ分析だけで、マクロ分析が疎かにされているようだ。もし米国の動向とワクチン接種率などのミクロ分析だけで、日本の株式市場の動向がほとんど説明できるのであれば、日本経済担当のエコノミストは不要だろう。日本の株式市場の動向を説明するには、日本経済のマクロ分析が必要であることを実証してみたい。これまでの緊縮財政は、日本の株式市場の独自の動きを妨げ、それが日本経済の内需に対する不当な低い評価と分析の有用性の低下につながった可能性がある。最も重要なのは、設備投資サイクルの上振れで、期待成長率・収益率が上振れたことを示すことだ。財政拡大と相乗効果で、ネットの資金需要が拡大し、リフレ・サイクルも上振れる。今後、これまでの新たなデジタル・テクノロジーなどの発展のモーメンタムなどを背景に、政府の経済政策などの支援もあり、コロナショック下でのIT技術の活用の経験がイノベーションを促進し、第四次産業革命や脱炭素などの投資テーマで投資活動が活性化することで設備投資サイクルが上振れ、日本経済の独自の動きが株式市場の活性化につながることが期待される。そうなれば、日本経済担当のエコノミストは復活である。

会田卓司,アンダースロー
(画像=PIXTA)

日本の株式市場の米国からの影響は非常に強いとされる。日本経済担当のエコノミストでさえも、米国経済やFEDの動向ばかり分析しているようにみえる。日本はワクチン接種率の推移などのミクロ分析だけで、マクロ分析が疎かにされているようだ。もし米国の動向とワクチン接種率などのミクロ分析だけで、日本の株式市場の動向がほとんど説明できるのであれば、日本経済担当のエコノミストは不要だろう。日本経済担当のエコノミストとしては、当然ながら反論することになる。日本の株式市場の動向を説明するには、日本経済のマクロ分析が必要であると実証してみたい。

まずは、日本経済のマクロ分析に基づいて、日経平均のマクロ・フェアバリューのモデルをつくる。株価が実体経済を引き離して上昇していった背景には、信用サイクル、設備投資サイクル、リフレ・サイクルの三つのサイクルがあると考える(三つのサイクルの詳細は5月13日のアンダースロー「次の転換点を読むための三つのサイクル」)。信用サイクルと設備投資サイクルが持ちこたえ、財政拡大によりマネーの拡大・縮小を左右するリフレ・サイクルがようやく活性化したことが理由である。

設備投資サイクルは大きく考えれば、企業貯蓄率の動きを介して、リフレ・サイクルの一部を形成する。企業活動の強さを表す企業貯蓄率の水準を前提として、財政政策の緩和度合いを表す財政収支がどの水準であるかが、リフレ・サイクルを表すネットの資金需要(企業貯蓄率+財政収支、マイナスが強い)の強さを決める。小さくは三つのサイクル(信用・設備投資・リフレ)、大きくは設備投資サイクルを企業貯蓄率を介して統合した二つのサイクル(信用とリフレ)の枠組みになる。

経済活動が強く、名目GDPが強く拡大すれば、株価には上昇圧力がかかる。それに加え、大きな枠組みとしての二つのサイクル(信用とリフレ)が株価に強い影響を及ぼしていると考えられる。日経平均を、名目GDP、信用サイクル、そしてリフレ・サイクルで推計する(2002年4-6月期からの四半期データ、モデルの詳細は6月16日のアンダースロー「日経平均のマクロ・フェアバリュー」)。推計値は名目GDPと大きな枠組みの二つサイクルでの日経平均のマクロ・フェアバリューと呼ぶこともできる。

日経平均=-92781.2+202.3 名目GDP(兆円)+120.3 日銀短観中小企業貸出態度DI(1期ラグ)-1267.7 ネットの資金需要(1期ラグ); R2=0.91

このモデルの説明変数に、米国の株式市場の動向として、S&P500を加える。もし米国の株式市場の動向のみが重要であれば、日本経済のマクロ分析に基づいた説明変数の説明力をすべて奪いとってしまうはずだ。マクロ分析に基づいた説明変数は統計的に有意な影響を日経平均に与えないということになる。そして、日本経済担当のエコノミストは不要となる。結果は以下のようになった。

日経平均=-66808.5+2.7 S&P500 +145.3 名目GDP(兆円)+51.8 日銀短観中小企業貸出態度DI(1期ラグ)-754.9 ネットの資金需要(1期ラグ); R2=0.94

確かにS&P500の影響は大きいが、日本経済のマクロ分析に基づいた説明変数の説明力を奪い取ることはできなかった。やはり日本経済担当のエコノミストは日本経済のマクロ分析をしっかりする必要がある。例えば、S&P500が不変でも、金融政策で信用サイクル(貸出態度DI)が持ち上がり、設備投資サイクルの上昇と財政拡大でリフレ・サイクル(ネットの資金需要)が強くなれば、日経平均はしっかり上昇し、日本の株式市場は米国に対してアウトパフォームできることになる。

信用サイクルの推計係数が小さくなったのは、これまで日銀の金融政策がFEDのものとシンクロしていたのが理由だろう。しかし、今後は、2%の物価目標を堅持することによって、日銀はFEDが金融緩和の修正を始めても、最後まで緩和姿勢を緩めないだろう。金融緩和の修正に関しては、日銀がアンカーとなるだろう。信用サイクルの日米のデカップリングと円安が日本の株式市場のアウトパフォームにつながる可能性もある。信用サイクルの影響は、推計係数が示すよりも大きいものになる可能性がある。これまではFEDの金融緩和の修正の動きにすぐ追随し、我慢が足りなかった。

最も重要なのは、設備投資サイクルの上昇と財政拡大でリフレ・サイクル(ネットの資金需要)を強くすることだ。これまでは、財政緊縮などによりネットの資金需要が消滅していたため、日本経済の独自の動きが見えにくかった。例えば、ネットの資金需要が消滅の0%から強い―5%まで変化すれば、米国に動きがなくても、日経平均は3800円程度上昇することになる。更に、リフレ・サイクルが強くなると、名目GDP成長率をより大きくするため、日本経済の独自の動きが動学的により大きく見えてくることにもなる。

これまでの緊縮財政は、日本の株式市場の独自の動きを妨げ、それが日本経済の内需に対する不当な低い評価と分析の有用性の低下につながった可能性がある。もちろん、最も重要なのは、設備投資サイクルの上振れで、期待成長率・収益率も上振れたことを示すことだ。財政拡大と相乗効果で、ネットの資金需要が拡大し、リフレ・サイクルも上振れる。今後、これまでの新たなデジタル・テクノロジーなどの発展のモーメンタムなどを背景に、政府の経済政策などの支援もあり、コロナショック下でのIT技術の活用の経験がイノベーションを促進し、第四次産業革命や脱炭素などの投資テーマで投資活動が活性化することで設備投資サイクルが上振れ、日本経済の独自の動きが株式市場の活性化につながることが期待される。そうなれば、日本経済担当のエコノミストは復活である。

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岡三証券チーフエコノミスト
会田卓司

岡三証券エコノミスト
田 未来