シンカー:各国の金融政策にも脱炭素を含めた気候変動関連分野の取り組みが組み込まれてきている。一方、各国の現行の2%の物価上昇率の目標は、脱炭素などの気候変動関連分野の取り組みがもたらす物価上昇圧力を完全には織り込んではいないものである。気候変動関連の取り組みとそれを支援する財政支出の拡大の物価上昇圧力込みでは、既存の目標では経済成長を阻害する恐れもある。気候変動関連分野以外の需要を抑制しないと、2%の目標を維持できないと考えられるからだ。脱炭素などの気候関連分野の取り組みを促進することが政策当局の方針で、政策に組み込まれていくのであれば、グローバルに政策当局は2%超のインフレを許容するように目標の引き上げが必要になるかもしれない。日銀がなかなか達成できない2%の物価目標を維持する背景には、日本だけが低い目標とすると持続的な円高のリスクが高まり、デフレ期待の払拭を妨げてしまう恐れがある。各国の中央銀行は、高めのインフレを許容するように目標を更に柔軟化し、実質的に引き上げることになるかもしれない。日銀はまずは2%の物価目標を目指す姿勢を堅持するだろうが、長年の未達による批判で物価目標を引き下げる確率より、柔軟化して実質的に引き上げる確率の方が圧倒的に大きいと考える。政府・日銀の共同の2%の物価目標を達成するためには、財政支出が圧倒的に不足していたと考えられる。物価目標の達成に加えて、新型コロナウィルス問題から経済が立ち直るため、気候変動関連分野の投資を促進するためにも、更なる財政拡大が必要だろう。日本の政府が財政拡大に及び腰であることのリスクを織り込み、日本の株式市場は弱い動きになっているようだ。市中のマネーの拡大には追加金融緩和より財政拡大が必要で、日米のマネーの拡大の力の差、リフレ・サイクルの方向感の違いが潜在的な円高リスクになってしまっている。

会田卓司,アンダースロー
(画像=PIXTA)

7月15・16日の日銀金融政策決定会合では、「2%の物価安定の目標の実現を目指し、これを安定的に持続するために必要な時点まで」、目標からの短期的なオーバーシュートの許容とマネタリーベースの拡大方針を含む、「長短金利操作(イールドカーブ・コントロール)付き量的・質的金融緩和」を継続し、日銀当座預金の政策金利残高の金利を−0.1%、長期金利の誘導目標を0%程度とする現行の緩和政策のフレームワークの現状維持を決定した(賛成8反対1、新任の中川審議員も賛成)。長期金利の誘導目標から0.25%程度の乖離に収まるように上限を設けない長期国債の買入れと、年間12兆円程度を上限としたフレキシブルなETFの買入れなど、資産買入れ方針も維持された。そして、「当面、新型コロナウィルス感染症の影響を注視し、必要があれば、躊躇なく追加的な金融緩和措置を講じる」と、引き続き緩和的な政策スタンスも維持した。

日銀は、「景気は、内外における新型コロナウィルス感染症の影響から引き続き厳しい状態にあるが、基調としては持ち直している」と、前回の判断を据え置いた。4−6月期の日銀短観の結果を受けて、「企業収益や業況感は全体として改善している」と判断した。2021年度の実質GDP成長率の政策委員の予想は、再度の緊急事態宣言の影響もあり、+4.0%から+3.8%へ若干引き下げられた。先行きも、「当面の経済活動の水準は、対面型サービス部門を中心に、新型コロナウィルス感染症の拡大前に比べて低めで推移するものの、回復していくとみられる」と、前回の判断を据え置いた。感染症の影響が収束することを前提として「所得から支出への前向きな循環メカニズムが強まる」と予想し、2022年度の実質GDP成長率の政策委員の予想は、回復の後ずれも反映して+2.4%から+2.7%へ引き上げられた。消費者物価指数(除く生鮮食品)の見通しは、原材料などの輸入物価の上昇などを反映して、2021年度から+0.1%から+0.6%へ、2022年度は+0.8%から+0.9%へ引き上げられた。

金融政策運営の「物価安定の目標」のもとでの二つの柱 による点検では、第一の柱である中心的な見通しは、「消費者物価 の前年比は、時間はかかるものの、先行き、「物価安定の目標」に向けて徐々 に上昇率を高めていくと」と、前回の展望レポートから変化はなかった。第二の柱である金融政策運営の観点から重視すべきリスクのバランスも、「経済の見通しについては、感染症の影響を中心に、当面は下振れリスクの方が大きいが、見通し期間の中盤 以降は概ね上下にバランスしている。物価の見通しについては、下振れリスク の方が大きい。」と、前回の展望レポートから変化はなかった。

信用が拡大できる環境なのかを左右する信用サイクルが堅調なことが、日本経済が底割れを回避するための前提条件だ。中小企業がどれだけ金融機関から借り入れしやすいと感じているかを測る日銀短観の中小企業金融機関貸出態度DIが信用サイクルをきれいに示す。新型コロナウィルスの感染拡大によって下押し圧力を受けたが、政府・日銀による給付金、無利子無担保融資、信用保証、金融緩和などで中小企業の資金繰りを支え、DIは下落を回避してきた。6月17・18日の金融政策決定会合で日銀は、新型コロナウィルス問題によって苦しむ企業の資金繰り支援策としての新型コロナ対応資金繰り支援特別プログラムについて、9月末としていた期限を来年3月まで延長することを決定していた。4−6月期の日銀短観では、中小企業貸出態度DIは+19と横ばいで、なんとか踏みとどまり、信用サイクルは持ちこたえた。日銀は、企業の「外部資金の調達環境は、緩和的な状態が維持されている」と判断し、先行きも「緩和的な金融環境が維持され、金融面から実体経済への下押し圧力が強まることは回避される」とし、堅調な信用サイクルが維持される予想をしている。

日銀は、気候変動関連分野での取り組みを支援するため、金融機関の気候変動対応投融資をバックファイナンスする新資金供給の仕組みの骨子素案を公表した。気候変動対応を支援するための資金供給として、貸付利率は0%、当座預金残高のマイナス金利が回避されるマクロ加算残高への2倍加算という条件で、金融機関に流動性を供給する。貸付期間は原則1年であるが、2030年にが想定されている制度の実施期限までの間、回数に制限なく借り換えが可能である。年内を目途に実施されることになる。6月の金融政策決定会合では、「気候変動の影響は経済や金融システムに及ぶことから、中央銀行の使命にも関係する」との意見がみられた。各国の金融政策にも脱酸素を含めた気候変動関連分野の取り組みが組み込まれてきている。

気候変動関連の対象分野は、ファイナンスが容易になり、投資とマーケットの拡大が見込める。気候変動関連分野に含まれる脱炭素などへの取り組みは、将来の気候変動リスクを減じ、長期のマクロ経済の安定に寄与するだろう。一方、将来的な環境負荷を減じる代わりに、短期的にはコスト増となる。環境負荷は大きいがコストの安い生産設備を、環境負荷は小さいがコストの高いものに代えるとともに、その投資のコストも必要になる。企業が脱炭素などの取組みを進めるには、ファイナンスの容易さだけではなく、コスト増を商品・サービスの価格へ転嫁することの容易さが重要だ。マクロ経済としては、インフレ環境の方が価格転嫁は容易となる。賃金上昇がなければ、消費者負担の増加で経済成長を阻害するリスクとなる。発電を含めたインフラ投資による財政支出の拡大に加え、家計の負担軽減策も必要だろう。民間のコスト増、価格転嫁の進行、財政支出の拡大は、物価上昇率を押し上げる要因となる。

各国の現行の2%の物価上昇率の目標は、脱炭素などの気候変動関連分野の取り組みを完全には織り込んではいないものである。気候変動関連の取り組みとそれを支援する財政支出の拡大の物価上昇圧力込みでは、既存の目標では経済成長を阻害する恐れもある。気候変動関連分野以外の需要を抑制しないと、2%の目標を維持できないと考えられるからだ。そうなると、デジタルトランスフォーメーションなどの第四次産業革命の投資が抑制され、将来の生産性向上の果実が得られないリスクとなる。そして、高圧経済下の方が気候関連分野などの投資の収益も確保しやすく、投資が促進される。

脱炭素などの気候関連分野の取り組みを促進することが政策当局の方針で、政策に組み込まれていくのであれば、グローバルに政策当局は2%超のインフレを許容するように目標の引き上げが必要になるかもしれない。日銀がなかなか達成できない2%の物価目標を維持する背景には、日本だけが低い目標とすると持続的な円高のリスクが高まり、デフレ期待の払拭を妨げてしまう恐れがある。各国の中央銀行は、高めのインフレを許容するように目標を更に柔軟化し、実質的に引き上げることになるかもしれない。日銀はまずは2%の物価目標を目指す姿勢を堅持するだろうが、長年の未達による批判で物価目標を引き下げる確率より、柔軟化して実質的に引き上げる確率の方が圧倒的に大きいと考える。政府・日銀の共同の2%の物価目標を達成するためには、財政支出が圧倒的に不足していたと考えられる。物価目標の達成に加えて、新型コロナウィルス問題から経済が立ち直るため、気候変動関連分野の投資を促進するためにも、更なる財政拡大が必要だろう。

日本の政府が財政拡大に及び腰であることのリスクを織り込み、日本の株式市場は弱い動きになっているようだ。市中のマネーの拡大には追加金融緩和より財政拡大が必要で、日米のマネーの拡大の力の差、リフレ・サイクルの方向感の違いが潜在的な円高リスクになってしまっている。緊急事態宣言下で経済活動の回復が遅れている中、政府の企業支援策は弱くなり、企業の資金繰りの困難化がこれまで何とか堅調であった信用サイクルを腰折れさせてしまうリスクもまだある。秋の衆議院選挙に向けた経済対策で企業と家計への十分な支援策が出てくれば、リフレ・サイクルと信用サイクルの腰折れという株式市場のリスク要因を減じることができるだろう。

図:信用サイクルを示す日銀短観中小企業金融機関貸出態度DIと失業率

信用サイクルを示す日銀短観中小企業金融機関貸出態度DIと失業率
(画像=日銀、総務省 作成:岡三証券)

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岡三証券チーフエコノミスト
会田卓司

岡三証券エコノミスト
田 未来