シンカー:日本経済とマーケットの動きを説明するマクロ・ロジックの軸は、信用サイクル、設備投資サイクル、リフレ・サイクルという三つのマクロ・サイクルである。新型コロナウィルス問題により実体経済が大きく下押されても、株式市場が堅調だったのはこれらの三つのマクロ・サイクルが堅調であったからだ。上下に大きく動けばマーケットの転換点となる三つのマクロ・サイクルにはダウンサイド・リスクとアップサイド・ポテンシャルが存在した。5月以降、日本の株式市場は軟調で、堅調である米国の株式市場に対して大きくアンダー・パフォームしている。第四次産業革命や脱炭素などの強い投資テーマで設備投資サイクルが上振れるという中長期的なアップサイド・ポテンシャルが意識される前に、民間の信用が拡大できる環境なのかを左右する信用サイクルと市中のマネーの拡大・縮小を左右するリフレ・サイクルの持続性に疑念がもたれるというダウンサイド・リスクが前面に出てしまった。ダウンサイド・リスクが減退したという確信が持てない限り、日本の株式市場が反転することが困難になってしまっているようだ。大規模な経済対策による財政支出の拡大で、信用サイクルとリフレ・サイクルを支えることが急務になっている。信用サイクルとリフレ・サイクルが維持されれば、第四次産業革命や脱炭素などの強い投資テーマで設備投資サイクルが上振れるというアップサイド・ポテンシャルにつなげることができるようになる。

会田卓司,アンダースロー
(画像=PIXTA)

日本経済とマーケットの動きを説明するマクロ・ロジックの軸は、信用サイクル、設備投資サイクル、リフレ・サイクルという三つのマクロ・サイクルである。新型コロナウィルス問題により実体経済が大きく下押されても、株式市場が堅調だったのはこれらの三つのマクロ・サイクルが堅調であったからだ。上下に大きく動けばマーケットの転換点となる三つのマクロ・サイクルにはダウンサイド・リスクとアップサイド・ポテンシャルが存在した。5月13日のアンダースロー「次の転換点を読むための三つのサイクル」で三つのマクロ・サイクルの重要性を解説した。5月17日に「アップサイド・ポンテンシャルの二つの候補」、5月19日に「ダウンサイド・リスクの候補の一つ目:信用サイクル」、5月20日に「ダウンサイド・リスクの候補の二つ目:リフレ・サイクル」と、アップサイド・ポテンシャルとダウンサイド・リスクを解説した。

5月以降、日本の株式市場は軟調で、堅調である米国の株式市場に対して大きくアンダー・パフォームしている。第四次産業革命や脱炭素などの強い投資テーマで設備投資サイクルが上振れるという中長期的なアップサイド・ポテンシャルが意識される前に、民間の信用が拡大できる環境なのかを左右する信用サイクルと市中のマネーの拡大・縮小を左右するリフレ・サイクルの持続性に疑念がもたれるというダウンサイド・リスクが前面に出てしまった。ダウンサイド・リスクが減退したという確信が持てない限り、日本の株式市場が反転することが困難になってしまっているようだ。

中小企業がどれだけ金融機関から借り入れしやすいと感じているかを測る日銀短観の中小企業金融機関貸出態度DIが信用サイクルをきれいに示す。新型コロナウィルスの感染拡大によって下押し圧力を受けたが、政府・日銀による給付金、信用保証、無利子無担保融資、金融緩和などで中小企業の資金繰りを支え、DIは下落を回避し、+20程度の高原状態をなんとか続けることができている。しかし、新型コロナウィルスの感染拡大は抑制できず、緊急事態宣言が連発されている。経済活動の抑制が続けば、企業の問題は流動性からソルベンシーに変化し、そうなると信用リスクが過大となり、金融機関が企業の資金繰りを支えられる余地は小さくなる。無利子無担保融資の申し込みは、民間金融機関と通したものは終了し、政府系金融機関に限られている。そして、経済活動の抑制で経営が悪化している状態が長く続けば、給付金などの政府の支援はより大きく必要になるが、実際には支援は小さくなってしまっている。

10月1日に公表となる日銀短観で、中小企業金融機関貸出態度DIが急落し、信用サイクルが腰折れるリスクを株式市場は感じ始めてしまっているようだ。DIは失業率の先行指標になっており、政府の雇用調整助成金に加え、政府・日銀の積極的な流動性対策が雇用の下支えに貢献してきたことが分かる。企業は何とか雇用調整をせずに難局を乗り切ろうと懸命にコスト削減に努めてきたが、いよいよ雇用を削減せずにはいられなくなる。そのようになってから財政支出で需要を下支えしても、雇用を拡大する受け皿となる企業の力は弱ってしまっているため、経済浮揚効果は小さくなってしまうだろう。信用サイクルの持続性に疑念がもたれれば、株式市場は軟調になってしまう。

株式市場が実体経済を引き離して上昇していった背景には、市中のマネーの拡大・縮小を左右するリフレ・サイクルの上振れがあった。マネーの拡大には、政府と企業の支出の拡大が必要になる。企業貯蓄率と財政収支の合計であるネットの資金需要(GDP比、マイナスが強い)が、マネーの拡大・縮小を左右するリフレ・サイクルをきれいに示す。これまで消費税率引き上げを含む緊縮的な財政スタンスなどで消滅していたネットの資金需要が、新型コロナウィルスの感染拡大の影響を抑制するための財政政策の拡大などで復活し、リフレ・サイクルが上振れた。

緊急事態宣言が連発される中で、政府は予算の予備費の取り崩しや、新たな補正予算を編成して、財政支出で家計・企業を支援することに及び腰に見える。補正を含む2020年度の予算の使い残しの30兆円程度の内、感染拡大で執行できない経済活動促進策の部分を家計・企業の緊急な支援のために予算を組み替えることもせず、国会を閉じてしまった。経済活動抑制の長期化で打撃を受けた企業は、借入などで日々のコストを賄うことが限界にきて、リストラやデレバレッジなどの事業の大きな縮小が起こり、企業貯蓄率が上昇するリスクがある。政府が財政支出の拡大に及び腰であるから、ネットの資金需要がピークアウトし、リフレ・サイクルが弱体化するリスクになる。リフレ・サイクルが株式市場を押し上げる力の源であり、その持続性に疑問がもたれれば、株式市場は軟調になってしまうのも当然だろう。米国は、財政拡大方針を明確に維持しており、リフレ・サイクルの方向感の違いが、株式市場のパフォーマンスの差に鮮明に現れてしまっている。

メイン・シナリオは、8月16日に緊急事態宣言下の4−6月期のGDPが弱いことを確認し、新型コロナウィルスに関する新たな対策と終息後を見越した経済成長促進策を含む経済対策を発表することになるだろう。世論調査の結果を確認し、9月5日のパラリンピック終了後に、経済対策の是非を争点に衆議院を解散することになるだろう。一つ目の注目点は、十分な企業支援が計画されて、民間の信用が拡大できる環境を左右する信用サイクルを示す日銀短観中小企業金融機関貸出態度DIが+20程度の安定を継続できるかである。二つ目は、財政支出の十分な拡大により、市中のマネーの拡大・縮小を左右するリフレ・サイクルを示すネットの資金需要(企業貯蓄率+財政収支)が現在のGDP比−5%程度の強さを維持できる安心感につながるのかである。三つ目は、十分な家計支援が計画されて、政権に対する国民の支持離れに歯止めがかかり、自民党が単独過半数、連立与党で安定多数を獲得し、政治の安定が維持できるかだろう。信用サイクルとリフレ・サイクルが維持されれば、第四次産業革命や脱炭素などの強い投資テーマで設備投資サイクルが上振れるというアップサイド・ポテンシャルにつなげることができるようになる。

図1:リフレ・サイクルを示すネットの資金需要(企業貯蓄率+財政収支)

リフレ・サイクルを示すネットの資金需要(企業貯蓄率+財政収支)
(画像=内閣府、日銀、岡三証券 作成:岡三証券)

図2:信用サイクルを示す日銀短観中小企業金融機関貸出態度DIと失業率

信用サイクルを示す日銀短観中小企業金融機関貸出態度DIと失業率
(画像=日銀、総務省 作成:岡三証券)

図3:設備投資サイクルを示す実質設備投資GDP比

設備投資サイクルを示す実質設備投資GDP比
(画像=内閣府、日銀、岡三証券 作成:岡三証券)

田キャノンの政策ウォッチ:主なコロナ支援策の現状

支援策は終了、縮小、停止、実際にはうまく稼働していないものが多く、緊急事態宣言が連発される中、拡充やより実効性のあるものに予算を組み替える必要がある。

以下では、主な支援策をリストアップした。

<終了>
特別定額給付金
民間金融機関の無利子無担保融資
ひとり親世帯臨時特別給付金
子育て世帯臨時特別給付金
学生支援緊急給付金
大学等の授業料等減免
小学校休業等対応助成金等
持続化給付金
家賃支援給付金
J−LODlive補助金
文化芸術・スポーツ活動継続支援
農林漁業者経営継続補助金
地域交通感染拡大防止対策
市町村国保等保険料減免支援

<縮小>
雇用調整助成金の特例措置(2021年5月縮小、2021年12月終了)

<継続中>
住宅確保給付金(2021年9月終了)
休業支援金・給付金(2021年9月終了)
日銀新型コロナ対応金融支援特別オペ(2022年3月3月終了)
緊急小口資金・総合支援資金(2021年8月終了)
小学校休業等対応助成金等
新型コロナ感染症生活困窮者自立支援金(2021年8月末終了)
新型コロナ休業支援金・給付金(2021年12月終了)
政府系金融機関の無利子無担保融資(2021年12月終了)
子育て世帯生活支援特別給付金(順次給付中)
Go Toトラベル(停止中)
Go To イート
Go To イベント
協力金(協力要請推進枠等)
一時支援金、月次支援金
コロナ禍を乗り越えるための文化芸術活動の充実支援等事業
事業再構築補助金
既存観光拠点再生等事業(2021年9月終了)
地域公共交通維持・活性化
緊急包括支援交付金(医療)
医療機関等への医療用マスク等優先配布
更なる病床確保のための緊急支援
医療機関等危機対応融資
地方創生臨時交付金
地域観光事業支援
セーフティネット強化交付金

・本レポートは、投資判断の参考となる情報提供のみを目的として作成されたものであり、個々の投資家の特定の投 資目的、または要望を考慮しているものではありません。また、本レポート中の記載内容、数値、図表等は、本レポート作成時点のものであり、事前の連絡なしに変更される場合があります。なお、本レポートに記載されたいかなる内容も、将来の投資収益を示唆あるいは保証するものではありません。投資に関する最終決定は投資家ご自身の判断と責任でなされるようお願いします。

岡三証券チーフエコノミスト
会田卓司

岡三証券エコノミスト
田 未来