本記事は、岸田文雄氏の著書『岸田ビジョン 分断から協調へ』(講談社)の中から一部を抜粋・編集しています。
中間層の底上げを!
FRB(アメリカの中央銀行=連邦準備制度理事会)が2019年9月18日、政策金利を0.25パーセント引き下げると決めました。同年7月に続く追加利下げです。「引き続き進行しているリスクに対しての予防手段である」
FRBのパウエル議長はそう述べ、米中貿易摩擦激化の「保険」と位置づけました。さらにコロナウイルスの感染が予想以上の広がりを見せると、2020年3月15日に緊急利下げを行い、政策金利をほぼゼロにまで引き下げました。
FRBはリーマン・ショック後に大規模な金融緩和を行いましたが、経済が回復したあと、2015年12月にゼロ金利を解除し、九年半ぶりに利上げに踏み出しました。2017年10月からは保有資産の縮小を開始し、当初は19年中にも2回の利上げを見込んでいましたが、利上げを見送る方針に転じました。それでも2015年に一度、利上げをしていたので、金利政策に幅を保てたわけです。ECB(欧州中央銀行)も一度金融引き締めをしています。
日本は2016年以来マイナス金利のままなので、これ以上さらにマイナス幅を大きくできる余地も現実的にはありません。それをやると地方銀行がもう持ちません。
新型コロナウイルスの感染拡大が世界、そして日本経済にどの程度の打撃をもたらすかまだ見通せませんが、仮に今後、大きな経済危機に直面したとき、どんな手を打つことができるのか。
アベノミクスの二本の矢、「大胆な金融緩和」と「機動的な財政政策」で時間を稼いでいる間に、しっかり経済の生産性を上げて、足腰を強固にしていくほかありません。そのためにも、アベノミクスの三本目の矢である「成長戦略」をさらに推し進めていくことが重要です。
では、成長戦略を加速させるために、何が必要か。キーワードは、中間層・中小企業、データ・デジタル化、地方・地域、そしてイノベーション・研究開発です。まずは、中間層と、中小企業についてお話しします。
アベノミクスによって不動産や株など資産価格が上がり、富裕層には恩恵がありましたが、中間層は「景気の改善を感じない」という人が多いようです。
収入が増えないため、「モノを買いたい」、「消費したい」という意欲が弱く、物価の上昇にストップをかけています。異次元の金融緩和をしても物価が上がらないのは、なにかもっと根本的な原因があるに違いありません。
この中間層の問題は世界的にも大きな議論となっています。一般に、中間層にとって大きな負担となっているのが、教育と住宅だと言われています。安倍政権においても、消費税率引き上げによって得た税収の使途を大胆に転換して、幼児教育・保育の無償化や高等教育の支援充実にあてています。これをさらに推し進めることが大切ではないでしょうか。特に高校・大学・大学院などの高等教育については、奨学金制度の拡充など、一段の後押しが必要
と考えています。その際、オーストラリア等の諸外国の制度も参考になります。安定した収入を持たない学生が、災害や世界的不況など様々な外的要因に左右されず学業を継続でき、中間所得層の学生も含めた十分な支援を可能にする「所得連動型授業料返還方式」などの仕組みです。
今回、新型コロナウイルス対策として、学生のアルバイト収入減対策や授業料減免に対する支援なども積極的に行いました。新型コロナウイルスの感染拡大によって若い世代が教育や就職の面で不利になったり、長期的な影響が出ることのないように、ひきつづき十分な目配りをしていく必要があると思います。
他方、住宅については、引き続き住宅ローン減税が政策の柱として大切ですが、あわせて世界で広く行われている家賃補助や住宅手当などについて検討していく必要があると思います。
そして、私が気になるのは、多くの企業でここのところベースアップが行われていないことです。単年度で大きな黒字を出しても、従業員にベースアップで報いようとせず、ボーナスの増額に留めている企業が多いようです。働き手の気持ちになれば、今年よりも来年、来年よりもその翌年と、毎年賃金が上がっていく実感は大切です。収入がアップするとわかれば、消費への意欲も出てきます。
ベースアップを実施した企業への税制面での優遇など、政府として中間層に報いる施策を考えていきたいと思っています。あわせて、後述する中小企業の生産性向上を図るうえでも、最低賃金の引き上げに取り組んでいかなければなりません。
中間層の支援で、大切な視点であるにもかかわらず忘れられがちなのが再教育です。世界ではAIが加速度的に発達し、今後多くの仕事がAIに代替され不要になると指摘されています。その多くが、現在中間層によって担われている仕事です。したがって、現時点から中間層を中心にリカレント教育(いったん就労した人に対する再教育)を行っていくことが不可欠です。我が国の人材育成、ひいては経済全体の生産性向上にも直結する重要課題です。
我が国では、学びは大学生、つまり20代前半までで終了するという感覚が強すぎるように思います。むしろ、本当の学びは社会に出てからなのに、20代そこそこまでに学んだことで一生食べていくような感覚があります。
諸外国はどうでしょうか。
2020年1月に、自民党の経済成長戦略本部としてデンマークに視察団を派遣しました。デンマークでは、民間・政府双方で職業教育・訓練が活発に行われ、経済の生産性が維持されています。
デンマークは人口600万人弱の国ですが、より大きな経済規模の国ではイギリスが好事例となります。イギリスでは、強制的に企業に賦課金を課して、その資金で積極的に人材投資を行っています。伝統的に、我が国の企業はOJT(職場での職業訓練)を基本としており、人材への投資が少ないと言われています。今後はデンマークやイギリスを参考に、我が国も人材への投資を積極的にしていかなければなりません。
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