本記事は、岸田文雄氏の著書『岸田ビジョン 分断から協調へ』(講談社)の中から一部を抜粋・編集しています。
愛犬ベン
4年7ヵ月の長きにわたって外務大臣を務めましたが、外交課題の遂行にあたっては、各国の政治リーダーとの個人的な信頼関係構築が不可欠です。もっとも典型的なのは、安倍総理とトランプ大統領、インドのモディ首相あるいはロシアのプーチン大統領との関係でしょう。
私にとっても、外務大臣時代は、いま振り返っても宝物のような経験ばかりであり、このときに培った人間関係は、日本が今後、世界の「架け橋国家」となるうえで、必ず役に立つと確信しています。その一端を少しだけご紹介しましょう。
いま、私がいる自民党の政務調査会会長室には、2016年9月にニューヨークで行われたG7外相会合の写真が掲げてあります。
アメリカのケリー国務長官と私の2人が真ん中に立っているのは、外相としての在任がもっとも長い最古参の外務大臣だからで、のちにイギリス首相になるボリス・ジョンソン氏はこのころまだ外相になりたてで、立ち位置は左端でした。こうした会合では、在任期間の長い順番に真ん中から外側に立つのが慣例になっているのです。
イタリアのジェンティローニ外相はこのあとすぐ首相になり、ドイツのフランク= ヴァルター・シュタインマイヤー外相もこの翌年に大統領に当選、2020年8月現在も大統領の職にあります。一方フランスのジャン・マルク= エロー氏は首相を務めたあと、2016年に外相になった人でした。
いずれも、私が親交を温めてきた気心が知れた面々です。
なかでも、アメリカ合衆国のカウンターパートであったジョン・ケリー元国務長官とは親しく、日本の要人と面会すると、いまでも「フミオは何してる?」と尋ねてくれるそうです。2015年4月、アメリカ・ボストンの私邸に安倍晋三総理とともにお邪魔し、歓迎していただいた思い出は忘れられません。ケリー国務長官のご自宅は、築120年の修道院を改築したもので、その荘厳な雰囲気に圧倒されました。
ケリー氏はベトナム帰還兵で、アメリカ国内でも人気が高く、民主党の大統領候補となった政治家です。また同時に愛犬家であることも知られています。愛犬「ベン」を家族のように愛し、執務室に写真も飾ってあるそうです。私は、愛犬ベンの写真をプリントしたクッションをお土産に持っていきました。
「オー、ベン、マイ・ファミリー」
テレイザ夫人はそう喜び、いたく感動してくださった。翌日の昼食会でも夫人は大喜び。
夫人はハインツ財閥の財産相続人でもあり、ケリー氏が大統領選の資金目当てに結婚した、とアメリカのメディアで揶揄(やゆ)されたことを教えてくれました。安倍さんは地元山口県の日本酒、獺祭(だっさい)を持って行きました。ケリー氏は喜んでいましたが、夫人の喜び方を見ると、「ベンちゃんクッション」の完勝でしょうか。
駐日大使であったキャロライン・ケネディ氏とは退任後の2017年11月にワシントンで、長男のジョン・スロスバーグ君を交えて会食をしました。キャロラインはサイクリングが趣味で、来日しては瀬戸内しまなみ海道を走破しています。しまなみ海道は広島県尾道市から愛媛県今治市まで6つの島を結び、CNNでも「世界七大サイクリングコース」に選出された注目のスポットで、いずれ私もサイクリングをしてみたいと思っています。
息子のジョン君もキャロライン以上に日本が大好きです。「Perfume」の熱心なファンで、2013年のクリスマス、親子で東京ドームのコンサートに行ったようです。ジョン君は、「あ〜ちゃんのポニーテイルがかわいい」「のっちのダンスがうまい」などと「Perfume愛」を滔々(とうとう)と語っていました。私は「のっち」「あ〜ちゃん」がどのメンバーなのか理解できませんでしたが、「のっちは広島出身だ。うんうん」「そうそう、あ〜ちゃん、かしゆかも広島出身だ」と大いに盛り上がりました。
その他、イギリス首相となったボリス・ジョンソン氏とは外相会談などでよく会いました。少し変わった言動で知られますが、ロンドン市長を務め、実務に長け、知的で教養溢れる政治家です。特徴的な髪型で、遠くにいてもすぐ気がつくのですが、ボリスのほうから「ヘイ、フミオ!」と大声で叫びながら駆け寄ってくるような気さくな性格でもあります。
酒豪の外相
ロシアのセルゲイ・ラブロフ外相は、北方領土に関しては「渡さない」「返さない」など厳しい発言で知られます。しかし、彼もお酒を飲むと「気のいいおじさん」です。私も酒はかなり飲むほうですし、ロシア人は大概お酒に強いのですが、ラブロフ外相は輪をかけて強く、何度となく長時間にわたって飲み、議論しました。
ラブロフ外相も日本好きで、とりわけ和食を愛しています。東京へ来ると早朝の築地に行くようです。
「河岸で刺身をつまんで日本酒をひっかけてきた」
外相会談の前にそう笑って話していたことが何度もありました。築地場外の寿司屋で一仕事終えた仲買人さんらに交じって一杯やっているようで、なんとも粋なロシア人です。
ラブロフ外相は3月21日が誕生日で、なぜかその日はプライベートで日本によく来ます。ある年は来日すると事前にわかって、誕生会を催したこともありました。飯倉公館で、昼間から天ぷらを肴に飲んでいるときのラブロフ外相は絵に描いたような「陽気な酔っぱらいおじさん」です。
誕生日プレゼントは何の躊躇もなくお酒。サントリーの「響21年」を贈ったら、「オウ! ジャパニーズ・ウイスキー」と大喜びされました。「響」「竹鶴」「余市」「山崎」など日本の蒸留酒はいま外国人から大人気です。ラブロフ外相から、お返しだ、と豪華な装飾本の返礼もありました。「中世の装丁本だ」というので、「何の本だ? ドストエフスキーか?」と聞くと、ラブロフ外相がニコリと笑って表紙を開け、そこにあったのはウオッカの瓶でした。
「フミオは読書よりもこっちだろ」
そう言って杯を傾ける仕草。交渉の場では厳しい表情を崩さない各国の外相も、互いに杯を重ねる「飲みニケーション」で、人となりが伝わります。酔っ払えば皆、友だちです。ケリー長官やラブロフ外相ともハグをしたり歌を歌ったりしたこともあります。外相同士が立場や肩書を超えて胸襟(きょうきん)を開き、忌憚(きたん)なく話し合える関係こそが国際平和に繫がるはじめの一歩と言えます。