本記事は、渡瀬裕哉氏の著書『無駄(規制)をやめたらいいことだらけ 令和の大減税と規制緩和』(ワニブックス)の中から一部を抜粋・編集しています。

宇宙
(画像=PIXTA)

宇宙産業が地上を元気にする! 広がりまくる宇宙ビジネス

本書を手に取ってくださった方は、「宇宙」と言ったら何を思い浮かべるでしょうか。

難解な映画で知られるSFの名作『2001年宇宙の旅』、あるいはスペースオペラの金字塔『銀河英雄伝説』、スペース・デブリ(宇宙のゴミ)回収屋を描いた漫画の『プラネテス』、もっと身近なところでは広く親しまれている『宇宙戦艦ヤマト』や『機動戦士ガンダム』のようなアニメ作品でしょうか。

アニメで描かれるように宇宙空間で自由自在に行動することは、まだまだ難しいのですが、今から半世紀ほど前に人類は月面で、とあるスポーツをすることに成功しました。

1971年、史上三度目の月面着陸を実現したアポロ14号のアラン・シェパード船長が、月面でゴルフクラブを振ったのです。人類が宇宙でプレイした初めてのスポーツは、ゴルフでした[※1]。

1969年、アメリカのアポロ11号が初めて月面に着陸し、人類が月に第一歩の足跡を残してから、1972年のアポロ17号まで続いたアポロ計画では、12人の宇宙飛行士が月面に降り立ち、合計で約400キログラムの月の石を持ち帰りました。

20世紀の米ソ冷戦時代を背景に、こうした宇宙計画が進められたこともあり、宇宙というと軍事技術との関係を思い浮かべる人も多いでしょう。

初の月面着陸から半世紀を経て、人類と宇宙との関係は、実はビジネスの世界に広がっています。現在、世界で急速に発展しているビジネス分野のひとつが、宇宙ビジネスです。

2020年に民間初の有人宇宙飛行を成功させたSpaceX社のイーロン・マスク氏や、日本でも実業家の堀江貴文氏が出資する北海道のインターステラテクノロジズ株式会社が2019年に民間小型ロケットの打ち上げに成功するなど、現代は民間企業が宇宙に手を伸ばす時代となっています。

筆者の友人にも、ベンチャーで宇宙ビジネスに取り組んでいる人がいます。小型の衛星を宇宙に打ち上げ、ビジネスに活用しようというのです。

地球の軌道上には4000機を超える人工衛星が巡っています。軌道上から地球の大気に遮られることなく遠くの天体を観測するものから、気象衛星のように地球を観測するもの、通信を中継するものなど、機能は様々です。

自動車や携帯電話で当たり前に使えるようになった地図のナビゲーション機能なども、人工衛星を使った機能です。宇宙産業調査会社であるEuro Consultによると、500キログラム未満の約1万3910個の衛星が今後10年間で打ち上げられると予測しています[※2]。

地表を観測する技術は、日進月歩で進歩を続けています。最近では地球の大気が雲に覆われていても地表の様子が分かるリモート・センシングの技術も発達してきました。

数十センチ四方のちょっとした箱ぐらいの大きさの小型衛星でも地上の様子を撮影できます。

宇宙から地表を撮影した画像や映像は、国境線も何もない、地図で見たことのある陸と海の広がりを目の当たりにできて、とても感動的です。人類で初めて、そうした光景を肉眼で見たソビエト連邦の宇宙飛行士ユーリ・ガガーリンが「地球は青かった」と言ったような気分が味わえるだけではなく、この技術には多くのビジネスチャンスがあるのです。

人工衛星から地表の様子が見えると、どのようなビジネスに活用できるのか、2つの例を挙げてみます。まずひとつめは、農業や農作物への投資です。

たとえば、大豆の生育状況を地上や飛行機から見るよりも、広い範囲で見ることができます。どの地域でどのくらい育っているかが分かると、気象の情報と合わせて、その年の大豆の価格や仕入れ量、どこにどれだけ運搬するかなどといった貿易や商売に役立つ情報となるのです。

もちろん、農作物の作り手側も、土壌の状態や天候も含めた情報を活用した精密農業が可能になります。

2つ目の例は、航路の安全です。

現在、デジタルの力で世界中の通信には、ほとんどタイムラグがなくなりました。人の移動も航空機が活用されています。

その一方で貿易など大量の物資を運ぶためには、やはり船での輸送が欠かせません。

近年、海運で注目されているのが北極海航路です。1年のほとんどを氷に閉ざされてきた北極海も、夏場には氷が解けるようになったからです。

極地の氷が解けることは、地球温暖化など環境の観点からネガティブなイメージで言われることが多いのですが、ビジネス環境に大きく影響する利点もあります。

太平洋に面した日本からヨーロッパ方面に向かう船の航路は、非常に長い距離を長期間かけて移動します。

日欧の主要な港間の距離は、現在の主要航路をみるとインド洋を経由しスエズ運河を通る航路は約2万キロメートル、南アフリカの南端の喜望峰を経由する航路は実に約2万5000キロメートルです。

北極海航路を使うことができれば、これが1万2000~1万3000キロメートルに縮まります。

北極海航路の商船通航には砕氷船支援や耐氷船の燃費向上などの課題はありますが、人工衛星からどこの氷が解けているかを知ることができれば、船の安全な運航に役立つ情報が得られます。

実際に株式会社ウェザーニューズが、2011年から北極海を航行する船舶の安全運航を支援する『Polar Routeing』サービスを提供しており、その支援を受けながら北極海航路の安全な運航が行われています[※3]。

これらの2つの例は、宇宙ビジネスのほんの一部です。このように宇宙から地球を見るだけでも、色々なビジネスの可能性が考えられるのです。

もっと趣味的に宇宙ビジネスを使っていいのだったら、筆者は『機動戦士ガンダム』のスペースコロニー型の小型衛星を作って、ガンダムのプラモデルを載せて飛ばすことを思いつきました。

スペース・デブリの問題が解決されたら、そういう趣味的なものもビジネスとして成り立つかも知れません。実際、前述のインターステラテクノロジズ株式会社が2021年7月にを飛ばしたのも面白アイディアのひとつです[※4]。

アメリカのワシントンにあるSIA(Satellite Industry Association、衛星産業協会)は、宇宙ビジネスの市場規模を測定してレポートを発表しています[※5]。

2021年のレポートのエグゼグティブサマリーによれば、世界全体の宇宙ビジネスの市場規模は、日本円にしておよそ40兆円です。

この10年間で倍近い成長を遂げていて、このまま続けば20年後には100兆円市場を越えるまでに成長すると言われています。

2021年度の日本政府の当初予算は106兆円規模ですから、いかに大きな市場かが分かると思います。アメリカやイスラエルなど、多くの国が商用の宇宙ビジネスに積極的に参加するようになり、今後も市場は大きくなっていくと見られています。

これだけ大きな市場規模を持つと、色々な企業や人たちがプロジェクトに関わってきます。

たとえば日本の例では、国際宇宙ステーションにある日本の実験棟「きぼう」に関するJAXA(宇宙航空研究開発機構)のプロジェクトとして、新薬設計、加齢研究、小型衛星、船外ポートなどを通じて多くの民間企業との交流が図られてきています[※6]。

最近こそ、日本でも宇宙ビジネスに乗り出すベンチャー企業が出てきましたが、元々、日本の宇宙産業は大手企業が引き受けて、基礎を築いてきました。

中でも、ロケットや人工衛星の事業で中心となってきた企業は、三菱重工業、IHI、三菱電機、NECが代表的です。

政府から研究開発の委託を受け、衛星を打ち上げる事業を担ってきたのです。

日本で宇宙産業が本格始動したのは、1980年代後半頃のことです。日米通商交渉で衛星の発注に関して入札の自由化が検討されたとき、日本の衛星を作る技術は、まだまだアメリカにはいませんでした。

そこで日本政府は、いきなりビジネスとするのではなく研究開発を名目として、日本の衛星技術を保護しました。これが「日米衛星調達合意」です。

政府が保護をするということで、宇宙産業に従事する人たちは安心してビジネスができます。一方で、保護されているので競争も市場もなくなってしまいます。

航空機や人工衛星、ロケットなどを開発・製造する企業や、航空輸送、貿易商社で構成される日本航空宇宙工業会は、宇宙機器産業の実態報告書を公開しています。2019年の報告では、宇宙機器関連企業の売上高は3200億円あまり。

内需や輸出入、研究開発費、設備投資、雇用の各項目がすべて前年比で減少しています。

2000年以降、およそ2000億円台から3000億円台の間で推移していて、潰れることはないけれども事業は大きく発展もしていないのです[※7]。

では、世界の商用ビジネスに参加し、納期やコストの面で欧米企業と戦えるのかというと、技術力とは別の問題が日本企業の課題となるのです。

利益を出そう、より安い価格で製造しようという開発をしている外国企業に対して、日本は政府に紐づいた研究開発事業のため「技術発展」が開発の目的となっているので、高額になる傾向があるとともに、実績面も含めてどのように売っていくかという点で世界に後れをとっているのです。

これは宇宙産業に限らず、日本の産業全体の問題でもあります。政府の保護により技術は一流になっても、世界と肩を並べて売っていく力が足りなくなってしまったのです。

後の祭りではありますが、もしかしたら政府がへたに保護をせず、自由競争で揉まれた方が道が拓けていたことも考えられます。

現在、宇宙産業はベンチャー企業だけでなく、これまで日本の宇宙産業の中心となってきた大手企業も、民間市場にどんどん出ていきつつあります。

たとえばIHIは小型のイプシロンロケットの打ち上げを成功させ、商業衛星の打ち上げに参入しました。一度の打ち上げに複数の衛星を積み込む相乗りのような事業も増えています。

日本の宇宙産業は政府の保護のもとで育成され、技術力はかなり高くなりました。大きなロケットの打ち上げを支える部品には、特定の町工場の職人が製造している特別な品質のものもあります。

宇宙ビジネスは、一見遠い世界の話のように思えますが、食料生産や海運のナビゲーションに限らず、一般の人の普段の仕事や生活で「こんなことができたらいいな」という自由な発想から、無限に発展していく可能性のある身近なビジネスです。

日本の宇宙産業を強く、大きく育てるために色々な民間のアイディアで盛り上げていけば、将来、世界の時価総額ランキングのトップ50に日本の宇宙企業がランクインすることだって考えられます。

時価総額ランキングに登場するTOYOTAに大勢の人が勤めているように、日本人の多くが日常的に宇宙企業で働くようになるかも知れません。宇宙産業の発展は、地上の事業や生活も豊かで元気にすることにつながるのです。



無駄(規制)をやめたらいいことだらけ 令和の大減税と規制緩和
渡瀬 裕哉
1981年東京都生まれ。国際政治アナリスト、早稲田大学招聘研究員。早稲田大学大学院公共経営研究科修了。機関投資家・ヘッジファンド等のプロフェッショナルな投資家向けの米国政治の講師として活躍。 創業メンバーとして立ち上げたIT企業が一部上場企業にM&Aされてグループ会社取締役として従事。著書に『メディアが絶対に知らない2020年の米国と日本』(PHP新書)、『なぜ、成熟した民主主義は分断を生み出すのか―アメリカから世界に拡散する格差と分断の構図』(すばる舎)『税金下げろ、規制をなくせ 日本経済復活の処方箋』(光文社新書)などがある。

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