本記事は、渡瀬裕哉氏の著書『無駄(規制)をやめたらいいことだらけ 令和の大減税と規制緩和』(ワニブックス)の中から一部を抜粋・編集しています。

研究,知的財産
(画像=PIXTA)

世界の未来に貢献する、知的財産と特許の権利

財産権が人権の原則として出発し、近現代の憲法解釈で社会との関係が位置付けられてきたのに対して、もうひとつ現代的な発展の過程にあり、近年ますます重要性を増している知的財産権という権利があります。

知的財産権は、「人の知的創造活動により生み出されたものに関する権利」と説明されます。一般的に身近で、すぐに思い浮かぶのは書籍や楽曲、絵画など創作物とその著作権ですが、これらは知的財産の大きな枠組みのうちの一部です。

知的財産権は、大きく3つの種類に分かれます。ひとつが著作権、もうひとつは産業財産権と呼ばれるもの、3つ目の枠には農作物などの新品種を開発した人の権利も含まれます。

このうち、企業活動に深く関わっているのが産業財産権です。発明や発見、アイディア、それらに基づいて開発された新しい技術や製品などについて、発明者や開発者、または企業に一定期間独占権を認めるものです。

創作物の著作権は、創作された瞬間に自動的に成立するのが国際的なルールとなっています。一方、産業財産権には特許や実用新案、意匠、商標が含まれ、いずれも申請と審査を経て登録されることによって発生する権利です(一部地域では発明と同時に権利が発生します)。

明治時代から大正時代にかけて、海外から新しいものが次々と入ってきた日本では、色々な発明品が生まれました。日本三大発明品と言われるのが、二股ソケット、ゴム底、亀の子たわしです。

二股ソケットは松下電器(現・パナソニック)の松下幸之助氏による発明です。ゴム底足袋は、日本にゴムが輸入されるようになった明治時代に登場したゴム底のを改良し、足袋に縫い付けなくてもゴム底が剥がれないようにしたものです。

石橋徳次郎・正二郎兄弟の考案により開発されたもので、石橋正二郎は後のブリヂストンの創業者です。亀の子たわしは西尾正左衛門の発明品で、亀の子西尾商店は現在まで続いている老舗となっています。

この三大発明品は、いずれも明治時代から大正時代にかけて開発されたもので、当時の特許や実用新案を申請し、登録されていました。

日本の特許制度は、明治18年(1885)の専売特許条例から始まります。条例を起草したのは、後に大蔵大臣や総理大臣を歴任することとなる高橋是清です。

日本の制度は欧米を参考に作られました。欧米の特許制度の基礎となったのが、1624年に成立したイギリスの専売条例(Statute of Monopolies)です。

この条例は、18世紀半ばから始まるイギリスの産業革命に大いに寄与したと言われています。

特許制度は、新たな発明や発見にもとづく有用な技術を公開した際、一定期間の独占権を与えることによって発明者や技術を保有する企業を保護する仕組みです。

多くの資金や労力をかけて開発した技術が盗まれたり、無断で模倣されたりすれば、せっかく新しい発明や発見で得られるはずの利益が失われてしまいます。

そのようなことが横行すれば、誰も新しいことを試さなくなってしまいます。知的財産権にもとづく特許や実用新案などの仕組みは、企業がビジネスを行ううえでも、社会の発展のためにも、とても重要なものなのです。

現在、この特許制度は重要性がますます増大しています。経済のグローバル化にともない、先進国と後発国がひとつの製品作りで協力することが増えてきました。

先進国は製品の競争力を高めるためにコストを下げ、より安価に市場に供給しようと考えます。

そこで、元々先進国にあった製造工場を他の国に移転し、先進国では開発を担い、その他の国々が製造を引き受ける形がビジネスの基本となっています。

2021年現在、新型コロナウイルス感染症が世界的に流行している環境下で、各国政府が海外との人の往来を制限する対策を続けてきました。

少し遡れば、平成23年(2011)の東日本大震災では広範囲にわたるインフラへの被害で物流や人流が途絶した経験もあり、サプライチェーンの国内回帰を含めた体制強化は近年の政策的な重要課題となってきました。

ただ、すべてを先進国に戻すことは難しいため、ある程度信頼のおける同盟国間での協働を基礎に、大規模災害や国際情勢に左右されない事業環境の構築が進められています。

こうした国際的な分業が進んでいく中で重要なのが、知的財産権です。莫大なコストをかけて開発したものが、労働力の安い国で勝手に作られ、製品が安価に供給されてしまえばビジネスとして成り立たないからです。

日本は「ものづくり」に対するこだわりの深い国ではありますが、国際的なビジネスの現場では、先進国として特許や知財に関して積極的にルールを作っていく側に立っているのです。これを支える仕組みがTPPです。

アジア太平洋地域は、世界の中でも経済成長の著しい地域です。

この地域の国々は、夜を日に継ぐように発展を続けています。日毎に製造力も向上し、これまでは技術的な問題などで模倣できなかったものでも簡単に模倣できる力を付けているということです。

先進国から工場を移転し、技術指導を行って製品を作ってもらうことを続けてきた成果でもあります。

そこで、アジア太平洋地域の各国に先進国が安全に工場を移し、自分たちが開発した技術や高度なサービスなどに対して、移転先の国から知的財産への対価をきちんと受け取ることのできる体制が必要となりました。

TPPは原加盟国のシンガポールやニュージーランド、チリ、ブルネイが始めたものですが、後にアメリカや日本が参加することになった際、投資や自由貿易のルール以上に知的財産権のルール整備がとても重視されたのは、このためだったのです。

それぞれの国が得意なものを生産し、交易を通じて互いに利益を得るという国際分業は、製品を作るための技術やアイディアと実際の製品の製造を分担して利益を上げるという形に変わってきています。

これは今に始まったことではなく、何年も前から指摘され、ここ数年でその傾向が加速していることです。国連貿易開発会議(UNCTAD)のデータでは、知的財産権等使用料(特許使用料)の国別収支を見ると、2019年時点で日本は世界第2位です。

ダントツ1位がアメリカですから、日米の2国にとって、知的財産権が守られ、世界各国からライセンスフィーがきちんと払われるようになると、メリットが多いのです[※1]。

日本国内にも、知的財産権や特許は企業の独占だから技術や社会の発展を妨げるとして、「すべて開放するべきだ」と批判する人たちがいます。

それはそれで、ひとつの理屈ではありますが、現実には知的財産権は強化される方向性で進んでいます。新しいものを開発したり、それに投資したりすることで便益を得ることができる体制を作った方が、社会の発展に寄与するのではないかという流れの方が強くなっているのです。

少し冷静に考えれば、当然です。経済の発展は、人間の利己心が大きな原動力となっているからです。

これは潮の満ち引きや天候の変化のような自然の摂理に近い法則です。それならば、人間の利己心に根差したうえで、社会の発展との整合性を付けていくことが大事なのです。

「利己心」というと道徳的な観点から批判したり、すべてを平等にした方がよいとか、すべて開放して公共のものとするのがよいと言われたりするのも、よくある議論です。

かつて共産主義の理想を掲げて、地球上の半分の人々を不幸に叩き落とした壮大な社会実験の大失敗がありましたが、それと同じように、人間の本質に反する前提に立てば、結果はおよそ理想とはかけ離れたものになってしまうのです。

「利己心はけしからん」と取り締まるのではなく、利己心は人間の本質なのだから、それをうまく社会のために使えるような仕組みを作る、そのひとつが知的財産権です。

クリエイティブな成果を評価し、公開して社会と共有するときに成果の独占権を認め、他の使用者から対価を得てよい。とても健全です。

一緒にビジネスを行う後発の国々には、知的財産権の管理が整備されていないことが多々あります。この一番の問題国家が中華人民共和国でした。一般に「米中対立」と呼ばれているものの大元は、知的財産の保護です。

これはトランプ政権であっても、2021年に発足したバイデン政権でも同じです。簡単にいえば、「中国はきちんとライセンスフィーを払いなさい」と徹底することを求めています。

さらに、国家安全保障に関わる重要技術に関しては、流出の問題があります。中国との関係でいえば日本でも顕著なのですが、企業に勤めている人をそのまま引き抜いてしまえば、技術を手に入れることができます。

これをどのように防ぐのかが、とても重要な問題となっています。これも知的財産の取り扱いにまつわる大きな要素です。

さらに、知的財産権は企業の経営戦略にも関わっています。何でも特許を取ればよいということではありません。

特許を申請して認められれば、一定期間は独占的な権利と、それに伴う収入が得られます。ところが、特許を取る際には技術が公開されますから、ライバル企業や投機筋に開発の目的や意図、プロセスを悟られてしまうのです。

新しい技術は、既存の多くの技術を複合的に活用して開発されます。すると、特許を取った時点で技術開発の進捗状況や最終的に必要となる技術を予測され、重要な技術を他の企業が先回りして押さえてしまう、待ち伏せのようなことも起こります。

開発している側からすれば、苦労して開発してきて、最後の最後で莫大な使用料を他の企業に払わなければならなくなるのですが、技術を押さえている企業にとっては大きな収入です。

あるいは、他社が特許を持っている技術を知らずに使ってしまったような場合には、特許権を持つ企業は補償金請求を行うことができますから、その仕組みを利用してライバル企業に罠を仕掛けることもできます。

そこで開発企業にとっては、あえて特許を申請せず、自社の内部で開発を秘密にしておくことも、経営戦略のひとつとなります。今や企業の収益を上げていくために、特許戦略は必須の要素なのです。

こうした知的財産権や特許権を守る仕組みを健全に運用するのは、政府の仕事です。ところが最近は、少し怪しい動きもあります。

2021年現在、特許に関することで大きな話題となっているのが新型コロナウイルス感染症のワクチンです。

先進各国で接種が進み、経済活動が急速に回復し始めている一方、発展途上国への普及には支援が必要な状況となっています。いち早くワクチンを開発した中国は、強力な外交ツールとして利用することで、国際社会に存在感を示しました。

こうした中、新興国や途上国からワクチンの国内製造により接種と普及を急ぎたいという声が出ていて、WTO(世界貿易機関)に対し先進国の製薬企業が持つワクチン特許権の一時放棄を強く要望したのです。

2021年5月5日、アメリカのバイデン大統領は、WTOによる提案を受けて特許権放棄を支持すると表明し、これに医薬品業界が猛反発しました。

製薬会社の特許権を一時停止すれば、世界各国でもっとワクチンをたくさん作ることができるかも知れません。途上国へ安価に供給することも可能でしょう。

「世界的なパンデミックを終わらせよう」という大義名分があり、一見すると世界のために貢献するようですが、ここで一度立ち止まって考える必要があります。

製薬メーカーは、事業として大きな利益を生み出すと思うから巨額の投資を行い、ワクチンの開発をしています。そして事業の成功が社会貢献となり、世界に恩恵を与えています。

特にコロナワクチンでは、長く研究されてきた新しい技術が使われているものもあります。それが、特許権を一時的であっても停止され、誰でも作れるようになってしまうのです。

企業活動の成果に対する権利が外国や政府の都合で取り上げられてしまうなら、今後、誰もワクチンの開発などしようとは思わなくなってしまいます。

今回、アメリカ政府はワクチン開発に巨額の税金を投入しました。アメリカ連邦議会予算局(CBO)の報告では、2021年3月時点での拠出額は192億8300万ドルとなっています。CBOの報告書には、製薬会社ごとの予算投入額も公表されています[※2]。

それだけの税金が投入されているのだから、ワクチンを広く使えるように特許権を放棄せよ、という理屈はある程度成り立つのかも知れません。

それならば、最初から「公的資金を大きく入れるので、特許権は放棄してください」という話でなければいけないし、後から騙し討ちのように権利放棄の話を決めるのはおかしいのです。

最初からそういう話だったら、1年足らずでワクチンを開発・実用化するなどというスピードも実現しなかったでしょうけれども。

この問題をめぐっては、特許権を放棄した場合のバイオ技術流出を防ぐ対応策、原材料の不足や各国間での調達競合など、多くの問題も指摘されています。

仮に今回、特許権を放棄させて世界中でワクチンが普及しても、「良かったね」では済まないのです。再び世界経済に大きな影響を与えるウイルスが流行した際、特許権放棄の前例があることによって、製薬会社が政府の要請に取り組んでくれるとは限らなくなってしまうからです。

先々を見据えた場合、人間の本質を土台として、知的財産権を守るという姿勢を揺るがせにしないことが大切です。

日本はコロナワクチンの開発では他国に遅れをとってしまいましたが、日米政府が協力して知的財産権保護を打ち出していくことは、感染症に翻弄される世界に対してできる、未来を見据えた大きな貢献となるのです。



無駄(規制)をやめたらいいことだらけ 令和の大減税と規制緩和
渡瀬 裕哉
1981年東京都生まれ。国際政治アナリスト、早稲田大学招聘研究員。早稲田大学大学院公共経営研究科修了。機関投資家・ヘッジファンド等のプロフェッショナルな投資家向けの米国政治の講師として活躍。 創業メンバーとして立ち上げたIT企業が一部上場企業にM&Aされてグループ会社取締役として従事。著書に『メディアが絶対に知らない2020年の米国と日本』(PHP新書)、『なぜ、成熟した民主主義は分断を生み出すのか―アメリカから世界に拡散する格差と分断の構図』(すばる舎)『税金下げろ、規制をなくせ 日本経済復活の処方箋』(光文社新書)などがある。

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