本記事は、長岡健氏の著書『みんなのアンラーニング論 組織に縛られずに働く、生きる、学ぶ』(翔泳社)の中から一部を抜粋・編集しています

「遊ぶように働く」というスタイル

先駆者
(画像=adam121/PIXTA)

紹介するのは、世の中のアタリマエにとらわれず、経営者として独自の道を歩んでいる〝先駆者〞、ソニックガーデン代表取締役の倉貫義人さんです。

倉貫さんは、元はTISという大手システム会社で活躍していたプログラマー。社内SNSを開発する新規事業を社内ベンチャーとして発展させ、現在は、ソフトウェアやアプリケーションを開発する株式会社ソニックガーデンを経営しています。

ソニックガーデンは「ノルマなし、出社なし、指示命令なし」など、社員の自律的な働き方を尊重するユニークな経営で注目されていて、既に2016年の時点でオフィスの完全撤廃を実施。その経営者である倉貫さんは、先進的なリモートワークの実践者として、メディアに引っ張りだこです。

ところが、倉貫さんの佇まいは至って自然体。「リモートだ、ホラクラシーだ、ティールだと注目されていますけど、どれも創業当初から掲げていたミッションではないし、とりわけこだわりをもって目指していた訳でもないんです。目の前に現れてきた好奇心をくすぐることに反応して、とりあえず『やってみよう』と取り組んできた。そんな試行錯誤を積み上げてきた結果でしかなくて」と、肩の力が抜けています。

子どもの頃からプログラミングが大好きだったという倉貫さんは、会社員となってからもプログラミングの仕事に没頭。その一方で、「このまま出世してマネジャーになって、現場を離れるのはつまらないなぁ」という思いをぼんやり抱えていたそうです。20代後半になり、「独立したい」と会社に告げるも、採用時にお世話になった専務との対話の中で、「辞めるなら、自分の名前で仕事を受注できるほど有名になって、仲間をつくってからにしなさい」と助言を受け、素直に「辞めるのをやめる」ことを経験。その後は、最年少で役職に就くなど、際立った成果を挙げていたというのだから、周囲からはビジネスパーソンの王道を歩んでいるように見えたでしょう。

でも、倉貫さん本人は満足していなかった。次第に「せっかくいい仲間たちに恵まれてチームを育てていっても、結局、人事異動や社内事情で引き離されてしまう」という割り切れない気持ちが増していったと語ってくれました。つまり、プログラミングの仕事を気の合う仲間とずっと楽しめる環境をつくりたい。その思いを実現するために、倉貫さんが選んだ手段が起業だったというわけです。

そして、集まった仲間たちの顔ぶれを見て、さまざまな意味で「プログラマー中心の会社にしよう」と思い立ち、開始したのが「納品のない受託開発」と呼ばれるビジネス。従来のやり方とは異なり、完成品を販売してビジネスを完結するのではなく、メンテナンス・サービスを継続的に提供していく月額定額型のソフトウェア開発。このビジネスモデルが画期的だと話題になったのは、サブスクという言葉もほとんど使われていなかった時期のこと。倉貫さんの先進的な発想を示す事例だと言えます。

その後も、リモートワーク導入など、企業経営と働き方についての古い慣習や固定観念を次々と取り払っていった倉貫さん。自分のキャリアを振り返って、独立を目指そうと思ったきっかけについて話してくれました。

「入社して数年経ち、ソフトウェア納品後の改善に柔軟に対応できる方法はないのかという問題意識が芽生えた頃、アジャイル開発というキーワードに出合いました。ユーザーの声を聞きながら、完成後もソフトウェアのアップデートを重ねていくという考え方に強く共感して、もっと知識をつけたいと思いました。ところが、社内ではなかなか機会に恵まれず。ならばと社外の勉強会に参加してみたら、一気に世界が広がったんです」

さまざまな経歴をもつ社外の人たちとのネットワークをもったことで、会社が敷いてくれた路線を頑張って走り続けるだけがキャリアではなく、転職・独立・起業といった多様な選択肢があることを、倉貫さんは実感していきました。

「本を出しているような業界の有名人も、飲み会で一緒に話したら案外〝普通の人〞。自分も何かできるんじゃないかって、大それた気持ちになれたんです。中には大手企業に所属しながらアジャイル開発に挑戦している人もいて、『会社にいながらでもやりたいことはできるんだ』と背中を押してもらったこともありました」

ここで私が注目したいのは、「先入観抜きの自由な対話から気づく」という倉貫さんの思考と行動のスタイルです。名の知られたビッグネームの話を一方向的に聞くよりも、〝普通の人〞に直接会って、先入観をもたずに言葉を交わし、自分にとって刺激になる声を拾い出す。そして、対話の中から働き方や生き方を変えるきっかけを見いだし、自分自身の固定観念から自由になって、行動に結び付けているのです。

聞けば、社外の世界に飛び出すきっかけも、たまたま参加した社内研修の講師との対話の中で「今度、こういう勉強会があるよ」と誘ってもらったからだとか。先述の専務との対話のエピソードしかり、先入観のない自由な対話を通じて、自分自身を解き放ってきたことがわかります。

そう伝えると、倉貫さんは「割と人の話を聞くのは好きなほうかもしれませんね。でも、自分から積極的に話しかけるかというと、そうでもない。実を言うと、僕はいつも受け身なんです」と、面白い自己分析を付け加えてくれました。

「引っ込み思案で、初対面の人と話すのも苦手。立食パーティーに行くとすぐに帰りたくなる引き篭もりタイプです。それでも世界を広げたい僕がとってきた作戦は、ブログや本で〝発信〞すること。僕なりにいいと思って始めたトライアルや、失敗も成功も交えた体験談を発信するようにしたら、それに共感してくれる人が向こうからアクセスしてくれるんですね」

話題豊富で社交的な人でなくても大丈夫。自分なりの〝作戦〞を立てて、開かれた世界へ飛び出して人と出会い、対話を繰り返していけば、働き方や生き方を変えるきっかけを摑むことができる。倉貫さんの話を聞いているとそう思えてきます。実は私自身も、倉貫さんのブログを読んで「面白い。ぜひ授業で話をしてほしい」とオファーを出したひとり。発信作戦にまんまと引っかかりました。

倉貫さんの話を聞けば聞くほど、その姿は起業家のイメージとギャップがあるように感じます。例えば、企業としての数値目標、利潤最大化のための事業戦略、事業規模拡大のビジョンについて。多くの起業家が情熱的に語るであろうこれらの事柄が、今回のインタビューではほとんど語られませんでした。さらに言えば、企業価値の上昇スピードを競い合う〝ゲーム〞にはさらさら興味がない。倉貫さんはそんな空気感をまとっているのです。

「おっしゃるとおり、僕は毎月の収支のバランスを見て、最低限の利益をキープするくらいの感覚でしか、経営数字を見ていません。会社経営の動機は人それぞれで、利潤最大化という目的を否定するつもりはありません。ただ、僕にとって会社経営は『仲間と好きな仕事を続けていきたい』という願いを叶えるための手段だから、企業規模の拡大や、株式上場は特に目指していない。逆に、それらへの執着を捨ててしまえば、皆がハッピーでいられるのだと気づき、実践してきただけの話です」

短期的な損得勘定では動かない経営スタイルは、「部活動」という仕組みにも表れています。一般的な会社では、任されている案件が早めに終わると、「じゃ、これもやって」と別の案件が次々に降ってきて、仕事を素早くこなせる人ほど給料が高くなるものです。しかし、ソニックガーデンでは仕事が早く終わっても追加の仕事をアサインせず、「お金にならなくてもいいから、好きなプロジェクトに取り組んでいい時間」(=「部活動」の時間)を付与することにしているそうです。だから、給料面での差がつきにくくなる。でも、「それでモチベーションは上がるの?」という疑問が湧いてきます。すると、倉貫さんはこう答えるのです。

「受注開発の仕事が早く終われば、好きなことができる。すると、受注仕事のモチベーションも自然と上がるし、『部活動』として取り組むプロジェクトも好きなことだから、すぐに成果が出なくても諦めず続けていく。そして、長い試行錯誤の結果として成果が出て、事業化したケースがいくつかあります。会社にとって、部活動にかかるコストは『部費』だから、新規事業のようにコスト回収を気にして『進捗、どう?』と聞くこともない。稼ぐ仕事をしながら、稼ぎにならない好きなこともできる、珍しい会社なんですよ」

まさに「遊ぶように働く」ワークスタイル。倉貫さん自身も、すべての仕事を楽しんでいる様子が伝わってきます。

「遊ぶように働く、と言う時に僕が強調したいのは中心にくる動詞が〝遊ぶ〞ではなく〝働く〞であること。つまり、あくまで主体は仕事であり、仕事とは誰かの役に立つこと。だから、『お金をもらえる』のは、誰かの役に立った結果にすぎない。では、役立つ仕事をする時に苦しそうな顔をしているのか、楽しそうな顔をしているのか。僕は後者でありたいし、皆がそうなる場所として会社を維持していきたいんです」

「遊ぶように働く」という言葉には揺らぐことのない仕事観が埋め込まれているということです。倉貫さんの言葉には消費的・享楽的な意味での「楽しみ」というニュアンスが含まれていません。つまり、個人の趣味をやってお金を稼ぎたい訳ではなく、あくまでも人の役に立つことに取り組んで、それ自体を楽しむ。10年の企業経営を通じて、そんな仕事観を実践している倉貫さんだから、とても説得力があります。

決して力まず淡々と独自路線を行く倉貫さん。インタビューの最後に、「『人と違う』と言われること、本流から外れることに怖さはないですか?」と聞いてみました。すると、返ってきたのは、「怖さはないです」という答え。

「なぜならば、僕はいつもマイノリティだったからです。小学校にも通えない時期が長く、中学受験も失敗。高校は私立の全寮制の学校に入りましたが、スポーツ推薦枠で入った同級生ばかりで馴染めず、いつしか〝傍流〞にいることに慣れていました。会社でも、フツウの出世コースから自ら外れて異端扱いされてきましたし、『メジャーになりたい』と思ったこともないです。でも、きっと世の中の人は誰もが、どこかの部分ではマイノリティ的な要素をもっているはずなんですよね。生き方の正解はひとつじゃないし、それぞれの人が好きな選択をすればいい。異端であることを恐れなければ、新しい世界が開けるんじゃないかと思います。僕はそっちの生き方を楽しんでいます」

みんなのアンラーニング論 組織に縛られずに働く、生きる、学ぶ
長岡健(ながおか・たける)
法政大学経営学部教授。東京都生まれ。慶應義塾大学経済学部卒、英国ランカスター大学大学院・博士課程修了(Ph.D.)。専攻は組織社会学、経営学習論。組織論、社会論、コミュニケーション論、学習論の視点から、多様なステークホールダーが織りなす関係の諸相を読み解き、創造的な活動としての「学習」を再構成していく研究活動に取り組んでいる。現在、アンラーニング、サードプレイス、ワークショップ、エスノグラフィーといった概念を手掛かりとして、「創造的なコラボレーション」の新たな意味と可能性を探るプロジェクトを展開中。共著に『企業内人材育成入門』『ダイアローグ 対話する組織』(ともにダイヤモンド社)、『越境する対話と学び』(新曜社)などがある。

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