この記事は2022年1月21日に日本実業出版社から発売された「経理業務の基本」の一部を抜粋して編集、転載したものです。
「いつの時代においても、経理担当者は、経営者のよきパートナーとして必要とされる人材である」。海外のビジネス事情に詳しい税理士の小島孝子さんは、デジタル化・AI導入によっても「経理担当者の重要性は変わらない」と言い切る。
小島孝子 税理士。神奈川県出身。ミライコンサル株式会社代表取締役。1999年早稲田大学社会科学部卒業、2019年青山学院大学大学院会計プロフェッション研究科修了。大学在学中から地元会計事務所に勤務した後、都内税理士法人、大手税理士受験対策校講師、一般経理職に従事したのち2010年に小島孝子税理士事務所を設立。税務や経理業務に関する執筆やセミナー講師の傍ら、街歩き、旅好きが高じて日本全国さまざまな地域にクライアントを持つ、自称「旅する税理士」。 |
AIの発達により、経理の仕事がなくなる?
AIの発達により「経理の仕事がなくなる」と言われるようになってから、早8年が過ぎようとしている。スマートフォンの登場から10年程度で、私たちの生活は、コミュニケーションの手段や仕事の環境、日々の生活の在り方がその前とは比較にならないほど大きな進化を遂げた。
デジタルシフトしていく社会の中で、「AI化された世界で経理は本当になくなるのか?」という問題に対する答えを探すべく、私がIT大国のエストニアに向かったのは2018年のことだ。
経理はデジタルシフトしていく
2018年当時、日本における経理環境はまだ手作業に頼る部分が多く、そのために経理の仕事に対して多くの人が将来性を感じられず、取りつかれたかのように「AIで仕事がなくなる」と恐れていた。そんな矢先に起きたのが新型コロナウィルス感染症の自然災害だった。
この災害において、唯一の希望が、デジタルシフトの必要性を多くの人が認識したことであることは間違いない。この流れは止まることはなく、経理の作業はさらにデジタルへシフトしていくだろう。しかし、それは単に時代に合わせた業務内容の変化にすぎない。
業務は時代とともに変化する
かつて、経理業務は人の手で紙に記帳し、そろばんで集計するなどして行われていた作業だった。連結決算は、模造紙のような紙に書き写した各社の財務諸表を一致させる技術で、専門の職人がいたことは今となっては笑い話に聞こえるのかもしれない。
しかし、経理業務がコンピュータ化され、仕訳を入力する技術が当たり前になると、試算表を作るよりも読む仕事のほうが比重は高くなった。これと同じことが起こる時代に、たまたま私たちは直面しているにすぎない。
AIが発達した未来の経理
AIが発達した未来において、私たちはどんな仕事をしているのだろうか。おそらく「現実にある仕事を粛々とこなすこと」になるだろう。「そんなー!」とがっかりした人はいるかもしれない。
AIのような技術の進化は、人が時間を捻出できず、足りない時間を埋めるために発展していくものだ。これまでのように単一の業務で利益をだせない企業は多角化していくし、国内での販路がなくなれば、どんな小さな企業でも海外へ進出していく。かつては難しかったこのような転換がデジタルの力で可能になる、そんな時代がきている。
そうなると、これまでと同じ知識では対応できない。新しい時代に対応していくには、その前の時代と同じように、より定型化できる作業の効率を上げ、新たな対策を練る時間を捻出するしかない。
デジタルツールを味方に
デジタル化社会の象徴とされるエストニアでは「会計業務に携わる人口が増加傾向にある」といわれている。EUを通じてITベンチャー企業の海外展開を国が後押しするという、国家戦略を持っているためだ。会計がわかる人材を、多くのベンチャー企業がこれまで以上に求めている。
いつの時代においても経理担当者は経営者のよきパートナーとして必要とされる人材なのだ。しかし、必要な知識ややるべき業務は、時代とともに進化する。デジタルツールを味方に、自身が進化していけなければ「仕事がなくなる未来しか見えない」ということを、私たちは肝に銘じておかなければならない。
執筆にあたって
この本の執筆依頼を受けたのは、新型コロナウィルスによる世界的災害が巻き起こった真っ只中だった。この時代背景で、経理業務に日々奮闘する現職の人や、経理職を目指す人に、何を伝えるべきなのか。
その答えは、いつの時代も変わらない、会社の仕組みや会計、法律に関する知識といった「経理処理を自身で判断できるための基本的な知識ではないか」と考えた。一般的な経理の本に比べて本書は、詳細な経理処理の内容よりも、こうした背景にある知識に重点を置いている。
また、デジタル化時代における新しい経理処理やセキュリティに関する知識なども、幅広く取り上げている。
なお、簿記で学習した知識がすべて実務に直接結びつくわけではないように、経理処理も業種や会社の規模、自身の経験や担当業務などにより、必要な知識が異なる。そのため、本書をデスクに置いて、必要に応じて辞書的に参照することを勧める。
今、経理は「人材難」といわれている。しかし、個々の企業がグローバル化、多角化していくなかで、この先、経理のプロフェッショナルはより不足していくだろう。
経理に関わる多くの人にとって、この本が「希望を持って日々の業務に当たる、未来への応援になれば」と、心から願っている。