現状維持バイアスの原因
現状維持バイアスは一つの原因により生じるものではなく、いくつかのバイアスが相互作用しながら人の判断に影響を与えることで現れる。これらのバイアス、つまり原因の主なものを以下順番に紹介する。
①選択の麻痺(Choice Paralysis)
選択肢のあまりの重大さに圧倒された経験を持つと、次に判断する機会を迎えた時、安全だと分かっている選択肢か、何もしないという選択肢を選ぶ傾向が強まる。
②損失に対する嫌悪(Loss Aversion)
研究結果によれば、人は何かを手に入れることよりも、何かを失わないことのほうに重点を置くという。そのため現状変更による損失を回避して、変化を伴わない選択肢を選ぶ傾向が強くなるのだ。
③先行経験(Mere Exposure Effect)
人は過去に経験した選択にとらわれることが多く、経験を重ねるたびにそれが先行経験になり、常に現状維持バイアスが生じることになる。つまり先行経験が現状維持を強め、それが新たなバイアスとなることで、現状維持バイアスが繰り返されるわけである。
④サンクコスト効果(Sunk Cost Fallacy)
ある対象に時間やお金などを注ぎ込む場合、人は以前と同じ条件のもとで労力を費やすことを好む。たとえその労力が合理的ではないと分かっていても、損失と後悔を回避するために現状維持を選択するのだ。
⑤認識の不一致(Cognitive Dissonance)
過去に経験のない選択肢を前にすると、人は自身の認識との不一致を感じることになり、それを消去するために過去に経験した認識をもとに判断を再構築しようとする。これは、不快な感情を回避する行動とも深く関わっている。
現状維持バイアスの克服法
現状維持バイアスの原因が理解できれば、克服法も見えてくるだろう。ここでは、現状維持バイアスを克服するための方法について解説する。
現状維持バイアスへの認識と自己理解
現状維持バイアスを克服するためには、まずその存在を意識することが重要だ。日々の意思決定を振り返り「この選択は本当に最適か?」「別の選択肢があるか?」と自問する時間を設けることから始めてみるとよいだろう。また、自分の決定が慣習や過去の成功体験に依存していないかを客観的に評価することも有効な方法だ。
第三者の客観的意見の活用
現状維持バイアスは、現代社会の政治・経済・生活などの全分野で影響力を発揮している。これを正しい方向に向かわせるための克服法としては、他者の意見を聞いてみることが最も効果的かもしれない。例えばビジネスの現場で判断に迫られている人、特に重大な責任を負っている人は、主観的な考えからなるべく危険を回避しようとするだろう。
経営上の損失と後悔を味わいたくないからだ。しかし現状維持バイアスに判断を任せてしまうと、ビジネス・チャンスを棒に振る可能性もある。この時点で自身が現状維持バイアスの影響下にあることを知るのは難しいため、適切なアドバイスが得られる相手に意見を聞くとよいだろう。企業内に、第三者の観点から経営アドバイスができる仕組みを作っておくのも一つの方法だ。
外部の専門家に定期的な監査や評価を依頼し、新鮮な視点を取り入れることは、現状維持の枠を超える手助けとなる。
ツールやアプローチの導入
例えば、データ分析ソフトウェアや意思決定支援システムは、現状維持バイアスを克服する有効なツールだ。これらのツールは、客観的なデータや事実に基づいて意思決定をサポートする。市場のトレンド分析や消費者行動の分析を行うことで、根拠のある戦略立案が可能となる。
段階を踏んで変化を進める
変化の割合が大きいと、それだけ抵抗も大きくなる。しかし、変化を段階的に進めることで組織内の抵抗を減少させることが可能だ。小さな成功を積み重ねることで、組織全体の変化に対する抵抗感を徐々に減らし、より大きな変革へと進めることができる。最初にプロトタイププロジェクトやパイロットテストを実施し、その結果を評価して全社展開の判断を下すなどの手段を検討したい。
また、人による判断とは別に、各種システムによる数値面での分析結果を参考にすることも、主観を排除して現状維持バイアスの影響をなくすためには効果的かもしれない。