投資信託の取扱い本数が多いネット証券のWebページを見ていると、連日かなりの数の「臨時レポート」がアップされている。基準価額が「対前日比で5%以上下落」した場合に各投信会社が作成するレポートだ。つい先日までは「トルコリラの急落」にかかわる投資信託の臨時レポートが目立っていたが、その後は米国ハイテク株投資のなかで尖ったテーマ等の臨時レポートが増加、そして直近ではまさに「ロシア」にかかわる投資信託の臨時レポートが相次いでいる。「ロシアのウクライナ侵攻」に関連した対ロシア経済制裁の影響も加わり、「ロシア関連の投資信託」はこぞって臨時レポートを毎日発行するような状態が続いている。

ロシア,投資信託
(画像=favor-reef / pixta, ZUU online)

いままではレバレッジ投信などの一部のものを除けば、仮に基準価額が前日比でマイナス5%以上下落しても2ケタを超えるようなことは稀であった。しかし、最近はざっと見ただけでも「マイナス14%」や「マイナス18%」といった下落率が当たり前のように見られる。たとえば、三菱UFJ国際投信が設定運用する「短期ロシアルーブル債オープン(毎月分配型)」は2022年3月3日付の基準価額が前日比で「マイナス41%」を記録するという、目を疑うような下落率を示している。ちなみに「短期ロシアルーブル債オープン(毎月分配型)」は3月第1週だけで基準価額が「マイナス73%」を記録したのだが、ファンドマネージャーとして長年マーケットと向き合い、投信会社の社長も務めた筆者でさえも、過去に短期間でこれほどの下落率を見た記憶がない。

すべての投資信託が「初心者向け」とは限らない

しかし、「運用サイドが新商品開発に関わっていない」ことを前提にするならば、担当のファンドマネージャーにこの下げについての責めを負わせることはできない。もし、該当するファンドマネージャーが本稿を読んでいるのなら「貴方に責めはない」とお伝えしておきたい(とはいえ、それでも内心相当な心労となっていることは容易に想像できるが)。

さて、投資信託には一般的に「投資初心者向けの金融商品」というイメージがあり、(個人的には賛同できないが)「運用のプロにお任せするもの」という印象を抱かせている一面がある。つまり個別の株式の売買などには怖くて手が出せないが、投資信託ならば専門家が自分の代わりに投資判断をしてくれるので、投資入門の商品として適しているというイメージだ。それはある面で正しくもあるが、かなり大きな誤解も含んでいる。すなわち、入門用か否かは「投資対象によって大きく変わる」ということを、この機会にぜひとも覚えておいていただきたい。冒頭で取り上げたトルコやロシアなどの新興国、あるいはテーマ型米国株などは、本来入門向きではない投資信託の典型例といえる。

投資判断は投資家自身に委ねられている?

2月4日付の当コラム「元ファンドマネージャーが、いま改めて問う 『投資信託ってなんですか?』」でも論じた通り、日本の投資信託は2000年以降になって、ベンチマークが設定されていることが大前提というムードが広がった。そのうえでベンチマークをアウトパフォームするか、連動するかという論点で「アクティブ運用か、パッシブ運用か」の議論が喧しくなった。そして、結果として投資信託の「組入比率」の議論は雲散霧消した経緯がある。

つまり、ベンチマークとなるインデックスに対してリスク特性が等しくなるようなポートフォリオを組むか、あるいはあえてリスク特性を歪めて、より超過するリターンを狙いに行くか、ということがファンドマネージャーの職責となり、「組入比率(リスク・エクスポージャー)」の上げ下げは職責には基本的に含まれないという考え方が一般的になったのだ。すなわち、そのリスクアセット(株式、債券、REITなど)を保有し続けるか否か、そのリスク・エクスポージャーを取り続けるか否かはファンドマネージャーが判断するものではなく、投資家自身が考えるものという認識である。

たとえば、「明日は大暴落する」と確信したとしてもベンチマークがある運用の場合にはファンドマネージャーは「組入比率」を下げたりしない。そんなことをもし実際に行ったとして、仮に翌日は正反対の大暴騰となった場合、ベンチマークがある運用は取り返しがつかないからだ。また予想通りの大暴落となった局面で、その水準で市場のリバウンドに100%賭けたいという投資家がいた場合、もし「組入比率」を引き下げてしまうと、そのニーズに応えることができないという事情もある。現在、投資信託とはそうしたものだという理解が一般的な常識となっているように見受けられる。

すなわち、「ここはさらに買い増ししたほうがよい」とか「いったんは売って、利益を確定したほうがよい」といったような判断は投資家自身に委ねられている、ということだ。

投資家と販売サイド、両者ともに変わらなければならない

冒頭で取り上げたように、このところ「臨時レポート」を多数アップした投資信託は、トルコリラ、米国ハイテク株(特にAI関連投資がテーマの投資信託)、そして足許は「ロシア」にかかわるものが目立つ。筆者としては、投資初心者がそれらの投資信託でリスク・エクスポージャーを取るべきか、取り続けるべきか、といった投資判断ができるとは、とても思えない。商社やメーカーの貿易部門にかかわっている人や、トルコやロシアなどによほど精通している人、あるいはIT産業の一角でAIに深く関わる仕事でもしていない限り、一般の生活者が身近な情報ソースで適切な投資判断をするのは極めて困難と言わざるを得ない。その証左として、それぞれのテーマに関連する企業名を10社ずつ挙げられる一般生活者はどのくらいいるだろうか?

にもかかわらず、上記のような投資信託商品が実際に開発され、届出も受理され、正々堂々と販売されているのはなぜか。そこには、いままで論じた論点とはまったく「異なる視点」がある。すなわち、「運用会社として、数多(あまた)ある投資対象について、投資家がとりたいと思うリスク・エクスポージャーを、最適な方法で提供することこそが運用会社の責務である」という考え方だ。

たとえば、もし投資家自身が「トルコリラにかかわるリスクをとりたい」「AI関連投資のリスクをとりたい」あるいは「ロシアのエクスポージャーがほしい」と考えたときに、そのニーズに最高水準で応えられる投資信託を提供することこそが一流の運用会社だという考え方だ。個人的にはこの考え方も一理あると思っている。だが、この理屈を正当化するには、まずはもう一度目論見書や運用レポートの類を、わかりやすく正確なものとしなければならないだろう。

「正確なもの」というのは数字に間違いがないという話ではなく、どんなリスクをとる代わりに、期待リターンとして何を狙うのか、そのためにどんなアプローチをしてポートフォリオを組んでいるのかを明確に伝えるということだ。平たく言えば「どんなときに儲かるか、損するか」をわかりやすく伝えるという意味だ。現実問題として、あまりにも抽象的で、曖昧、あるいは具体的な運用のイメージが湧かない目論見書等が多すぎる、と筆者は考えている。

実際、ファンドマネージャーとして長年マーケットと向き合い、投信会社の社長も務めた筆者が読んでも「??」となる目論見書等は数多い。まして投資初心者ならば「?」が100個ぐらい並んでしまうかもしれない。改良の余地はかなりあると考える。

一方で、投資家自身も金融機関のブランドや看板を安易に信じたりせず、自らきちんと理解できるまで目論見書等を読み解けるように勉強する必要がある。実際、金融商品の取引に関するトラブルについての相談や苦情を受け付け、公正・中立な立場で解決を図ることを目的とする「FINMAC(証券・金融商品あっせん相談センター)」のWebサイトで公開されている「紛争解決事例(四半期)」を閲覧すると、「そんな内容だとは知らなかった」とか、「説明が不充分だった」に起因するものがほとんどだ。

もちろん、販売サイドには説明責任があり、適合性の原則に基づく適切な対応が求められることに1ミリも疑いはないが、投資家自身も自分の理解を超えると思ったら、徹底的に販売員を問い質す姿勢が求められる。投資家と販売サイド、両者の取り組み姿勢が変われば、わざわざ「臨時レポート」を発行する必要もなくなるだろう。なぜなら、投資家自身がその状況を把握しているからだ。

大島和隆,投資信託,
(画像=写真=森口新太郎, ZUU online)