この記事は2022年4月14日に「ニッセイ基礎研究所」で公開された「暗号資産への投資に対する警告文書の発出(欧州)-欧州金融監督当局から公表された文書の紹介」を一部編集し、転載したものです。
目次
要旨
欧州の金融監督当局は、2022年3月17日、多くの暗号資産は非常にリスクが高く、投機的であると消費者に警告する文書を公表した。
その中で、暗号資産に関しては仕組みが複雑で投機的な側面が強いことから、個人の投資者には適しておらず、現時点では欧州の金融当局による保護の範囲外にあることから、消費者自身で十分気をつけるべき、と警告している。
1 ―― はじめに
2022年3月17日、欧州の金融監督当局(EBA(欧州銀行監督局)、ESMA(欧州証券市場監督局)、EIOPA(欧州保険年金監督局)、3機関の総称ESA(欧州監督当局))は、消費者に向けて、多くの暗号資産についてはリスクが非常に高く投機的であり、そのため投資する場合でも十分注意すべきであることを警告する文書(*1)を発出した。
*1:EU financial regulators warn consumers on the risks of crypto-assets
2 ―― 暗号資産への投資に対する警告に至る背景
この警告は、ESA等の規定に記されている監督機関の役割「金融システムの安定性と有効性に貢献することにより、公共の利益を保護する」ことに際して、「深刻な脅威をもたらす場合に警告を発することがある」という項目に基づいたものである。これまでも暗号資産について何度か、同様の警告が行われてきている。
暗号資産として、今想定されているものには以下のようなものがあるとされている。
・いわゆる仮想通貨
・さらに新しいタイプの暗号資産、たとえば非代替トークン(NFT)、原資産として暗号資産を利用したデリバティブ、原資産として暗号資産を利用したユニットリンク生命保険
・早期の高いリターンを得られると宣伝される分散型ファイナンス(DeFi)アプリケーション
今後、ますます多くの消費者が、高いリスクを認識することなく、高いリターンのみに注目して、これらの暗号資産を利用することになるものではないかと懸念されている。
現時点では、17,000以上の異なる暗号資産があるとされるが、その中でも「ビットコイン」と「エーテル」で暗号資産全体の60%を占めているとされている。
3 ―― 警告の具体的内容
先に、具体的な警告の内容をみてから、その個々のリスクについてみてみることにしよう。
以下のような点に注意してほしいと呼びかけている。
暗号資産とその関連サービスにある特定のリスクを知り、自分のしたい投資あるいは経済状況を考慮してそれが許容できるものかどうかを慎重に検討するべきである。
リスクとしては、以下のようなものが挙げられる。
・投資したお金を全て失うリスクがあること
・価格が短期間に急激に変動するリスクがあること
・詐欺、操作エラー、サイバー攻撃の犠牲になる可能性があること>
・仮に問題が発生しても、現状においては法的な保護や補償を受けられない可能性があること
また、実際に暗号資産の購入を検討している場合、以下のような点を自問してみるよう勧めている。
・投資した金額を全て失うことになっても大丈夫か
・宣伝されているような高いリターンを得るためには、大きなリスクを負うことになるが、その準備はできているか
・暗号資産とその関連サービスの仕組みを十分理解しているか
・暗号資産の取扱会社の評判はどうか。各国の金融当局のブラックリストに載せられていないか
・暗号資産の購入、保管、移動に使用する機器を効果的に保護できるか。パスワードなどの個人の秘密鍵(private keys)についてはどうか。
4 ―― 暗号資産の様々なリスク
警告そのものは上記の通りであるが、続いて、文中に現れた懸念点やリスクにつき以下のように、より具体的に説明されている。
1|極端に大きな価格変動
多くの暗号資産は短期間に大きな価格変動に見舞われることがある。またその価格変動の要因は、はっきりしないものの、何か裏付けとなる資産がなく、消費者同士の需要だけに依存している場合も多く、非常に投機的な側面がある。これにより、投資資金全て(あるいは大部分)を失う可能性があり、このことから見ても、暗号資産は、資産の保有手段や支払手段、為替交換の手段としては不適切である。
2|誤解を招くような宣伝や不充分な情報開示
一部の暗号資産は、積極的に宣伝されているが、その中の説明においては、不明確のもの、不完全なもの、不正確なもの、さらには意図的に誤解を招くようなものさえあると言われている。
特にソーシャルメディアを利用した広告には、大きな利益のみに言及して、その裏にある大きなリスクには触れていないものも多いとされる。それに加えて、ソーシャルメディア上の「インフルエンサー」に注意する必要がある。彼らは特定の暗号資産の販売に何らかのインセンティブがあったりすることにより、発信内容に偏りがあるケースが見受けられるからである。
3|消費者保護の仕組みの欠如
現在のところ、EUにおいては暗号資産に関する規制がない。通常であれば制度としてあるべき苦情受付や投資金額の返還条項などの金融サービス上の権利は保護されていない。(現在検討中である。)
4|商品の仕組みの複雑さ
暗号資産とその提供するサービスは極めて複雑であり、多くの個人消費者が独力で理解できるとは限らない。中には損失が生じた時にそれを増幅させるような機能が紛れているかもしれない。
5|詐欺や悪意のある活動に巻き込まれるおそれ
多数のニセの暗号資産や詐欺目的のものが含まれている。そうしたケースでは、発行者の唯一の目的は、あらゆる手段を使って、他人のお金を奪うことにあるのだから、手に負えない。
6|相場操縦、価格形成プロセスの透明性の欠如、流動性が低いこと
暗号資産の価格決定のプロセスは不透明である。あるいは取引所で行われる実務の内容もよくわからない。現状では暗号資産の保有が一部の限られた者に集中している実態もあり、そのことが価格の形成に影響したり、希望通りの時期に売買できなかったりすることにつながるかもしれない。(そうした事例はたびたび報告されているようだ。)
7|ハッキング、オペレーシャナルリスク、セキュリティの問題
暗号資産の基盤となる「分散型台帳技術(*2)」は、サイバー攻撃や秘密鍵の紛失など様々な運用上の問題がこれまでも多くあり、そのたびに多くの個人消費者が損失を被っている。
*2:多少意味合いは異なるようだが、一般に「ブロックチェーン」とも言われる。
5 ―― おわりに
EUにおいては、こうした暗号資産市場に関する規制の枠組みについては、既に2020年9月に、欧州委員会から提示されているところではあるが、現時点では具体的な規制や消費者保護措置は法令化されていない。従って、今仮に問題が起こっても何の保護措置も受けることはできない。こうした現状では、消費者個人が自ら注意し慎重に検討するしかない。
今回の警告は、暗号資産には手を出さないのが一番いいとしても、仮に購入を検討する場合にも、上記のような、暗号資産の仕組みやリスクなどに十分留意すべき、との注意を促したものである。
安井義浩(やすい よしひろ)
ニッセイ基礎研究所 保険研究部 主任研究員・年金総合リサーチセンター兼任
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