本記事は、八子 知礼の著書『DX CX SX ―― 挑戦するすべての企業に爆発的な成長をもたらす経営の思考法』(クロスメディア・パブリッシング)の中から一部を抜粋・編集しています

DXで求められる、あたらしい「データ」の重要性

小売店
(画像=Andrii Yalanskyi/stock.adobe.com)

「データ」という言葉の先入観と、その向こう側

ここまでの記事の中で、「データ」という言葉が何度も登場しました。第1回目の記事でお話ししたデジタルツインを実現する上で、「データ」がいかに重要であるかがご理解いただけたかと思います。

ただ、企業のビジネス活動において、「データ」という言葉からまず連想するのは「基幹システムが扱う販売、売上、会計などのデータ」というイメージが一般的でしょう。あるいは、エクセルで作成した見積や各種の集計データ、あるいはワードで作成した企画書や稟議書といった細かいものも含まれるかもしれません。

これらのデータは基本的に過去の出来事を記録し、保存することを目的としたシステムに保管されるものです(System of Record)。もちろん、このようなデータもデジタルツインを実現するための重要なピースであることには違いありません。

しかし、そのような従来型の概念の内側に留まるデータだけでは、リアルタイムに移ろいゆく現実を反映したデジタルツインを実現することは難しいでしょう。デジタルツインの構築において期待されるデータとは、IoT機器が収集するデータ全般のことを指します。

たとえば工場であれば、設備機器の各所に設置された各種センサーが吐き出すデータです。あるいはショッピングモールであれば防犯カメラが捉えた映像や人数、動線についてのデータかもしれません。または顧客が利用するスマートフォンアプリから収集したデータの場合もあるでしょう。

このように、エクセルやワード、基幹系システムのデータといった、オフィス内での利用を前提としたものとは異なり、デジタルツインは現実空間に偏在する、あらゆるデジタル機器やセンサーが排出するデータの利用を前提としています。

ただ、注意してほしいのは、先ほど、「従来のデータもデジタルツインを実現するための重要なピースです」と述べたように、両方のデータをうまく組み合わせ、車の両輪のように活用することが大切だと考えています。

IoT機器が集めるデータとは?

では、デジタルツインを実現する場合、どのような種別のIoT機器が必要で、その機器がどのようにしてデータを収集し、また、いかなるデータが必要とされるのでしょうか。

ここでは、みなさんがデジタルツインをイメージしやすくするために、ビジネス現場におけるデータの扱い方に関して、いくつかの事例を取りあげてみたいと思います。

・製造業の例

IoTの事例で必ず登場するキーワードが、「スマートファクトリー」です。スマートファクトリーは、AIやIoTなどのデジタル技術をとり入れた工場のことで、稼働する様々な設備機器に取り付けられたセンサーが設備の動作状況などのデータを収集します。

たとえば、自動車の生産現場ではたくさんの産業用ロボットが腕(アーム)を自在に動かして部品を取りつける、あるいは溶接をする様子をテレビのニュース番組などで見たことがあるかもしれません。

あのような複雑な動きの多くは、内蔵されたモーターが作り出しています。また、ロボットアームに限らず、工場内の設備には様々な箇所でモーターが使われています。これらのモーターに取りつけられた回路やセンサー類からは、回転数、電流・電圧、トルク値、負荷値、振動といった、様々なデータを得ることができます。

それらのデータを収集して分析することで、機器の動作状況を仮想的にシミュレーションすることができます。そしてデータ上になんらかのイレギュラーな変化が観測できた場合、故障の予兆を意味する場合や、一部のパーツを交換するタイミングを示している、といったことが認識可能になります。

つまりスマートファクトリーでは実際に動作する現実空間のロボットアームから取得した各種データを材料として、「デジタル空間で仮想のロボットアームを再現し、稼働させ、分析・検証することで、デジタルツインによるシミュレーション環境を作り出している」ということを意味します。

・小売店舗の例

「うちは、パパママ・ストア(小規模な家族経営の店舗)だからIoTやデジタルツインなんて関係ない」という考えは大きな間違いです。たとえば、こんなことも可能です。

商店街に小さな飲食店があったとします。その店舗の外にネットワークと接続できるカメラを設置し、映像をコンピューターに送信します。

コンピューター上では、人の顔を認識して通行人の数をカウントするソフトウェアが稼働しています。もちろん、通行人のプライバシーに配慮した形で運用するものですが、これによって店舗前の通行量や、入店した人数をデータ化することが可能です。店舗にはタブレット端末で運用する個人商店向けのPOSレジが導入されており、金額や商品名など、販売に関するデータを日々抽出しています。

こうしたデータがあれば、売上や客単価といった「POSレジ系の各種データ×通行量」などの検証の組み合わせによって、人数と売上の関係を分析することが可能になります。そこへさらに天候や商店街イベントの有無、季節などのデータを付加することで、さらに確度の高い分析も実施できます。

こうした情報があれば、様々なシミュレーションも可能になります。たとえば、「明日は天候がよく、お祭りがあるので、5,000名程度の通行量が予測される。通行人数に対する入店率は2%程度なので約100名が入店し、商品Aの販売は最低でもX個程度を見込める。逆算すると、次回の仕入れはY個が望ましい」といった、実用的かつ確度の高いシミュレーションが可能になります。つまり、店主の経験則のような暗黙知に頼った商売から、データに基づいた確実性の高い商売が可能になるわけです。

これがもう少し規模の大きな店舗であれば、店内に複数のカメラを設置することで入店者の動線と購買の因果関係や、商品を手に取ったものの棚に戻してしまった人の数といった、さらに細かなデータを取得できます。これにより商品の陳列方法、店員の配置や役割分担などにフィードバックする、といったシミュレーションが可能になります。

こうした事例もデジタルツインという視点で見ると、データに基づいた仮想の店舗をデジタル空間上に構築することで、様々なシミュレーションを実施していることになります。

・自動運転の例

昨今、急速に進化している自動運転の世界もデジタルツインの考え方をベースにして研究開発が進んでいます。逆に考えると、データに基づいたデジタルツインを実現しているからこそ、開発が急速に進化しているとも言えます。

自動運転の世界で何が行なわれているかというと、カメラ、電波式レーダー、LiDAR(ライダー:レーザー式レーダー)、各種センサーなどで走行中のデータを収集し、AIで分析することでデジタル空間上で仮想的に自動車を走らせ、学習した結果を現実世界の自動運転にフィードバックし続けています。

たとえば、世界で最も多くの電気自動車を販売している米テスラ社の電気自動車は、現在、路上を走行しているすべてのモデルから走行データをリアルタイムで収集し、AIで繰り返し学習している、と同社のサイトで公表しています。

また、グーグル傘下の自動運転開発企業ウェイモは、現実世界における実験車両の走行距離が3,200万キロメートル以上であるのに対し、デジタルツインによるシミュレーション走行距離は1,700億キロメートル以上と公表しています。自動運転開発には現実世界での実験と同様に、デジタルツインによるシミュレーション走行が必要不可欠であることを物語っています。

・損害保険会社の例

運転中の走行データの収集はテスラのような自動車メーカーだけでなく、自動車保険の分野でも実施されています。ソニー損害保険はスマートフォンと専用機器で計測した運転特性をデータバンクとして蓄積し、運転手の事故のリスクをスコア化した上で安全運転を行なうドライバーに保険料をキャッシュバックする、という保険商品を販売しています。

車載の専用機器とスマートフォンがデータ収集の装置となっており、急ハンドルや急加速、走行中のスマートフォン操作など、全部で7項目の計測データを保存し、走行データと保険数理などを元にAIが事故リスクを算出することでスコア化を実現しています。

これは収集したデータを元に、優良ドライバーとそうでないドライバーの運転をデジタル空間上で仮想的に再現し、事故率をシミュレートするという考え方に基づいています。


以上、製造業における「生産設備」に始まり、「小売店舗」「自動運転」「損害保険」の事例を紹介しました。いずれのケースにおいても「データ」が極めて重要な役割を果たしていることがおわかりいただけたのではないでしょうか。

ただし、ここで紹介した事例は、あくまでも多岐にわたる方法論の一部であり、業種・職種・現場環境によって、その手法や考え方は千差万別であることをご理解ください。

DX CX SX ―― 挑戦するすべての企業に爆発的な成長をもたらす経営の思考法
八子 知礼(やこ・とものり)
1997年松下電工(現パナソニック)入社、宅内組み込み型の情報配線事業の商品企画開発に従事。その後、介護系新規ビジネス(現パナソニックエイジフリー)に社内移籍、製造業の上流から下流までを一通り経験。
その後、後にベリングポイントとなるアーサーアンダーセンにシニアコンサルタントとして入社。2007年デロイトトーマツ コンサルティングに入社後、2010年に執行役員パートナーに就任、2014年シスコシステムズに移籍、ビジネスコンサルティング部門のシニアパートナーとして同部門の立ち上げに貢献。一貫して通信/メディア/ハイテク業界中心のビジネスコンサルタントとして新規事業戦略立案、バリューチェーン再編等を多数経験。2016年4月よりウフルIoTイノベーションセンター所長として様々なエコシステム形成に貢献。
2019年4月にINDUSTRIAL-Xを起業、代表取締役に就任。2020年10月より広島大学AI・データイノベーション教育研究センターの特任教授就任。
著書に『図解クラウド早わかり』、『モバイルクラウド』(以上、中経出版)、『IoTの基本・仕組み・重要事項が全部わかる教科書』(監修・共著、SBクリエイティブ)、『現場の活用事例でわかる IoTシステム開発テクニック』(監修・共著、日経BP社)がある。

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