本記事は、八子 知礼の著書『DX CX SX ―― 挑戦するすべての企業に爆発的な成長をもたらす経営の思考法』(クロスメディア・パブリッシング)の中から一部を抜粋・編集しています
実は、中小企業の方がDXに有利
中小企業の経営者の中には、「DXって大企業の話でしょう。うちのような会社には関係ないよ」という人がいるかもしれません。しかし、中小企業であってもこの先、20〜30年と事業継続を望むのであれば、DXと無関係ではいられません。
確かに、デジタルテクノロジーの黎明期であれば、多額の予算を投じてビジネスのデジタル化を進めるということは、大企業でなければできませんでした。
しかし、デジタル技術はコモディティ化して年々安価になるのが常です。今では、スマートフォンが一昔前の大型コンピューターと同等の処理能力を持つ時代になりました。デジタル技術を積極的に利用することで、中小企業であってもデジタル化、IoT化を推進することは決して不可能ではありません。
図4-1の日経リサーチによると、企業の売上高別にDXに取り組んでいない比率を調査した結果から、「企業の規模が小さければ小さいほどDXに取り組んでいない」ということがわかります。特に売上が1億円未満の企業はDXにまったく取り組んでいないことが顕著、という結果が出ていることから、「少ない売上の中からDXに投資する余裕がない」ということは容易に想像できます。ですがDXに取り組んでいない、その企業の比率たるや42.6%と圧倒的です。
日本企業の99.7%が中小企業であるという実態を踏まえれば、いくらソリューションが安価になりつつあるとはいえ、非常に厳しいDXへの取り組みの実態が浮かび上がってくるのもまた厳然とした事実であり、目の前にある現実として受け止めなければならないと考えられます。せめて100億円未満の企業がどんどんDXに取り組み、経営に革命を起こして効率化することができれば、業界の構造も大きく変わるはずです。
一方で、弊社INDUSTRIAL-Xの実績では、2021年初頭から売上規模で100億円以下の企業からの問い合わせとプロジェクトが増加し、現在2021年末時点では10社ほどの企業が全社規模のDX推進プロジェクトを走らせています。
どの企業をもってしても、社長や役員以下のコミットメント度合いが強烈なDXプロジェクトであり、「1年で会社を別の形に変えてやる」という意気込みすら感じるほどです。半年間で10以上のデジタル化施策を同時並行で走らせて実装したり、複数事業を同時並行でDX推進したり、既存事業とは異なる領域へのデジタル新事業を打ち立てに行こうとしていたりと、大企業も顔負けの取り組みをどんどん行なっているのが特徴的です。
これは、今まで大企業中心であったDXへの取り組みが、いよいよ中小企業にとっても待ったなしの重要事項として認識され、経営の中核を担うレベルの中期・長期的な課題として認識されつつあることの表れだと私たちは感じています。すなわち、「売上高が少ないからDXに取り組めない/取り組まなくてよい」というのは経営者の腹のくくり方によるところが大きいかもしれません。
たとえば自動車部品製造企業である旭鉄工は、秋葉原などで購入した1つ50〜250円程度のセンサーや市販のシグナルタワー(パトライト)を活用して、製造機器からデータを取得する仕組みを構築しました。実際、この会社では取得するデータを必要最小限にして、初期投資を抑え込む「スモールスタート戦略」でDXを進めました。旭鉄工は、今では製造業のDXのお手本としてメディアなどでも多く取り上げられています。
大企業と比較した時、実は中小企業の方が守るべきレガシーな資産が少なく、意思決定や命令系統がシンプルな分、有利な面が多々あります。これは過去にデジタル化やIoT化を導入してきた歴史が証明していて、魔のデッドロックになりうる要素が少ないためです。モバイル端末の活用、クラウドコンピューティングへのシフト、IoTの導入など、大企業がもたもたしているうちに、先見性のある中小企業の経営者が積極的に導入して成功したデジタル化の例は、これまでにもたくさんあります。
中小企業のDX投資と回収のポイント
もちろん、中小企業であっても魔のデッドロックの各要素は存在するでしょう。たとえば、「妙なセンサーなんて取り付けるな」という職人気質な現場のおじさんがいるかもしれません。実際、私の経験では経営者と工場長はOKと言っているのに、現場の担当者が抵抗を示すことがありました。彼らからすると、「問題なく稼働している設備にわけのわからないものを設置して、何か不測の事態が起きたらどうするんだ」という心理なのでしょう。しかしここは経営者が覚悟を決めてしっかりと向き合い、ちゃんと説明して理解を得る必要があるところです。
ただ、中小企業にとって悩ましいのは、スモールスタート戦略でデジタル化を実施した場合、デジタル化を進める過程で、投資規模の拡大が次第に難しくなっていく点です。つまり、資金的な要件が課題となる時期が訪れるのです。特に、「DX1.0からDX1.5のデジタライゼーション」に移行するためには、それなりの投資が必要になります。
この投資への承認が下りないか、担当者が社内を説得しきれないことにより、IoTのパイロットプロジェクトとして実施されるPoC(Proof of Concept:実装する考え方の検証)で終わってしまう、いわゆる「PoC死」が後を絶たないのです。はじめから全社規模で実装することを前提に、「効果が出るまでやりきること」が重要で、PoCの段階で効果を求めようとする考え方は、そもそも間違っているのです。
中小企業の経営者に対して、「デジタライゼーションへの投資額は5,000万円程度は必要です」と伝えると、びっくりする人が大半です。ですが、そのような場合に私はまず、「投資から始めて、構築したシステムを外販していきましょう」と進言します。
つまり、DX2.0の典型例である自社の成功例をもって「外販」という新規事業を立ち上げ、新たなビジネス領域に進出するのです。「5,000万円投資しても、この分野はブルーオーシャンなので500万円のソリューションとして10社に外販すれば回収できます」と伝えると、みなさん目の色が変わります。そこにビジネスチャンスがあることに敏感な経営者は、はたと気づくのです。もちろん、5,000万円を単年度で一括投資するという話でもありません。複数年かけて次々と多面的な領域に対して投資していき、会社の形を次のモデルにしていくのです。
中小企業にとっては、確かに大きな投資額だとは思いますが、未開拓の分野であれば大きな先行者メリットがあります。腹をくくって、まずは開発した仕組みを自社の業務で使いこなし、成功事例を作ってしまえば、同業他社にとっても喉から手が出るほど欲しいソリューションが完成します。同じソリューションを導入する企業が増えれば、データ販売や共有化のサービスを立ち上げて、そこからさらに新規プラットフォームビジネスを展開することも可能です。
先述の通り、日本は中小企業の比率が圧倒的に多いという現実があります。そのため、それぞれの企業が個別にIT投資を行ない、データ蓄積や管理の仕組み、IoT基盤などをバラバラに構築していくとなると、中期的なこの国の人口および企業数の減少を考えれば、非常に非効率です。共通化できることは共通化して、共同運用の仕組みをどんどん整備しなければ、取り組みが加速しないばかりかDXに着手できない企業が置いてけぼりになってしまいます。先行する企業が早期に仕組みを作ってしまい、それを共同運用の形にオープン化することで同業界や同規模以下の企業群で活用するなどの共通利用プラットフォーム化を目指すことが理想的です。
これは一企業の立場からすれば、その企業の基幹ビジネスの進化によって売上規模とプレゼンスが向上するとともに、業界全体の進化を促進するようなムーブメントに進化する可能性すら秘めているという話なのです。
そこで私たちは基本的に複数企業での共同利用の仕組みを前提とした提案やDX推進を提言しています。これは前述のように縮退する国家、環境において押さえておくべき当然の方策だと考えています。行政もそうした共通化の取り組みに対して優先的に整備のための補助金を割り付けるべきで、個別の企業に対するばらまきをいつまでもやるべきではありません。
その後、後にベリングポイントとなるアーサーアンダーセンにシニアコンサルタントとして入社。2007年デロイトトーマツ コンサルティングに入社後、2010年に執行役員パートナーに就任、2014年シスコシステムズに移籍、ビジネスコンサルティング部門のシニアパートナーとして同部門の立ち上げに貢献。一貫して通信/メディア/ハイテク業界中心のビジネスコンサルタントとして新規事業戦略立案、バリューチェーン再編等を多数経験。2016年4月よりウフルIoTイノベーションセンター所長として様々なエコシステム形成に貢献。
2019年4月にINDUSTRIAL-Xを起業、代表取締役に就任。2020年10月より広島大学AI・データイノベーション教育研究センターの特任教授就任。
著書に『図解クラウド早わかり』、『モバイルクラウド』(以上、中経出版)、『IoTの基本・仕組み・重要事項が全部わかる教科書』(監修・共著、SBクリエイティブ)、『現場の活用事例でわかる IoTシステム開発テクニック』(監修・共著、日経BP社)がある。
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