本記事は、八子 知礼の著書『DX CX SX ―― 挑戦するすべての企業に爆発的な成長をもたらす経営の思考法』(クロスメディア・パブリッシング)の中から一部を抜粋・編集しています

人口減少の脅威

社会問題
(画像=Free1970/stock.adobe.com)

前回の記事ではコマツの事例から、デジタルツインの一つの在り方をお伝えしました。ですが、このデジタルツインは製造業に限った話ではなく、すべての産業に当てはめることのできる考え方なのです。そのため、DXの真の意味は、単純な「ビジネスのIT化・デジタル化」ではなく、「ビジネス・企業・業界のあり方、あるいは、社会全体が変容・変革すること」とお考えください。

そうなると、DX推進を考える場合、2年や3年といったスパンで計画することは適切ではありません。長期にわたる視点を持つことが必要です。さらに、その長期にわたる視点を持ちつつ、持続可能なビジネスを目指すのであれば、社会全体がこれから直面する環境変化や課題にまで広く目を向ける必要があります。ビジネスを取り巻く情勢が変化するのであれば、企業のあり方も柔軟に対応していかなければ継続的な成長は望めません。

そうした未来からの逆算=バックキャストの観点から、足もとに目線を戻した時、日本にいる私たちがまず考えなければならないのは、日本の労働人口の見通しです。2020年の出生数は、前年比2万5,917人減の87万2,683人で、過去最低でした。この先20年間の人口ピラミッドを見ると、コマの形のように低年齢層になるほど先細っていく様子がわかります。このことから近い未来、就労人口が激減するという現実に直面することは簡単に予測できます。厚生労働省の予測では、日本の生産年齢人口は2017年の6,530万人に対し、2025年の時点で6,082万人、さらに、2040年にはわずか5,245万人にまで減少すると見られています(図2-4)。

図2-4.png
画像=出所:国立社会保険・人口問題研究所「日本の将来推計人口(平成29年推計)」、総務省「人口推計(平成28年)」、作成:経済産業省)

それは目の前の現実に落とし込めば、現在5人で回している現場は4人になり、2人で担当している現場を1人で担当しなくてはならなくなる、というくらいの大きなインパクトをもって、企業の経営を直撃します。現在と同じ生産性を維持する、あるいは同じスピードや規模での成長を目指すのであれば、人手が足りない部分はデジタル技術で生産性と効率性を高め、少なくとも20%の生産性向上を今から20年間で実現する必要があります。

さらに、海外から競争力のある製品やサービスが流入してくることを考えれば、日本企業も生き抜くための競争力を高めていかなければなりません。そのために必要な生産性の伸び幅は20%どころではなく、30%やそれ以上と考えても大げさではないでしょう。

それほどの危機感・恐怖感を持って、この縮退する国家における競争力や国力の維持に対して真剣に考え、自分たちの目の前の現実と紐づけて、逆算してアクションを起こしていく必要があるのです。

前述したコマツが現場の見える化であるSMART CONSTRUCTIONやLANDLOGによる建設現場の徹底した省人化を試みた事例において、彼らがデジタルツインの構築へ早期に取り組んだ背景には、「このままでは現場で建機をオペレーションする熟練の人材が足りなくなる」という危機感によるものでした。

労働人口が減少すれば、パワーショベルやブルドーザーを操作する熟練運転士の数が先細りし、減っていくことは明白です。ベテランがリタイアすれば、技術を継承する人がいなくなるわけですから、業務に支障が出るでしょう。その場合、今までのやり方を続けていけば、土木建築業というビジネス自体が成立しなくなるとともに、市場が縮小します。当然、コマツのビジネスも大打撃を被ります。

ならば、「危機を迎えるのは20○○年で、そこから逆算して20○○年までにデジタル化を完遂する」と将来をイメージし、仮説を立ててバックキャストの考え方に基づき、いま何をすべきかを検討しなければなりません。そうして実際に実行した1つの結果が、建築現場のあらゆるモノ、コトをデータ化で見える化した「SMART CONSTRUCTION」であり、建設現場のデータ活用オープンプラットフォーム「LANDLOG」なのです。

第4次産業革命の必要性

ただ、先日、ある経営者に言われました。「八子さんの言うとおりにしていたら、デジタルへの投資額が劇的に膨れあがってしまう」と言うのです。

それは、当然です。人の採用が困難になり、人手を補完するためにデジタル技術を活用するのであれば、投資額が膨らむのは必定の流れなのです。「この金額は人件費への投資の代わりなんですよ、わかっていますか」ということです。よく考えてみてください。この投資を成功させれば収支、リソースなどをもろもろ含めたトータルでのバランスはグンと効率よくなっていくはずです。

そもそも、「デジタル投資を単純なコストとして捉えるべきではない」というのが私の持論です。デジタル投資は、付加価値の高いビジネスを生み出し、業界の垣根を越えて新しい領域に進出するための投資として、前向きに取り組むべきなのです。

図2-4にあるように、日本の人口は2050年には約1億人まで減少します。それを考えれば企業だけでなく、社会全体でデジタル化を推進しなければならないのは明白です。

図2-5のように経産省が掲げる「産業革命の進展」には、これまでの産業革命の系譜が記されています。第4次産業革命においては「IoT」「人口知能」「ビッグデータ」「クラウド」といった具体的な技術論とともに、最適なプランニング、モノのサービス化、遠隔制御といった、DXを推進する上で必須となる方法論や考え方が示されています。経産省がここまで具体的な方法論や考え方に踏み込んだことは、これまでにはなかなかなかったとも言えるでしょう。

図2-5.png
(画像=出所:経済産業省 新産業構造部会 第一回事務局資料(平成27年9月17日)、作成:著者)

このスケールの発想から受ける印象は、国から産業界全体に対する大きな枠組みでの指針にも見えますが、実は一つひとつの企業、国民一人ひとりが進めていかなければならない課題でもあります。つまり、社会のあらゆる層において、デジタル化を進めることが必須であり、各企業はもちろんのこと、私たち自身も自分ごと化していかねばならず、将来の発展のためには決して避けては通れない道なのです。

私がお話しさせていただく方々の中には、「デジタルはわからないので現場に任せている」「IT投資が進むとリストラされてしまう」という方がいまだにいらっしゃいます。しかし正直なところ、いま、この時点において、デジタルに対する後ろ向きな発言をしていれば企業としての存続が危ぶまれます。

あるいは、すでに終えたフェーズである第3次産業革命ですら認識されていないような発言をする経営者とお話しすることもありますが、危機感を感じざるを得ません。この領域はこうした流れに後ろ向き、もしくは無関心な方々にとっては脅威であり、リスクでしかありませんが、一方でデジタルをフル活用して自律化・相互協調して多人数が関与しなくてもオペレーションが回るビジネスを作れる世界が来たということは絶大なるチャンス、またとない事業機会でもあるわけです。

日本はIT化が大きく遅れたこともあり、いまだに紙・FAXが中小企業での商取引の手段の中心です。ある意味、それをデジタル化していくことも事業機会の1つかもしれませんが、それよりももっと大きなムーブメントが自動化による産業構造変革です。今後、日本においては、前述の人口動態のことも相まって、この次世代型の自動化されたオペレーションを製造業、小売流通業、サービス産業、物流業など、様々な領域で実装せざるを得ません。そうした産業構造の変革を積極的に仕掛けていくことこそが、我が国が縮退しつつある中で生き残っていくための1つの大きな方向性なのです。

今後、10年、20年とビジネスを続けていくにあたっては、「脅威」と「事業機会」について常に考え続ける必要があります。昨今は事業環境が常に変化し、前述のESG経営のようなメガトレンドによって経営のルールが抜本的に変わってしまうような環境にあります。

そこで今、自社がどのような環境に置かれており、そのなかで自社が持つ強みをどのように発揮して柔軟に経営資源や事業モデルを変更すればよいのかを考えることによって、新たなルールに対しても事業機会と捉えて新規事業に進出したり、既存事業を伸ばしたりすることができるかもしれません。

一方で、そうした経営環境の変化やルールに対して決断しきれず、自社の弱みを足もとからすくわれてしまうような脅威はどの企業にも存在します。ここで考えるべきは自然災害、大火災、テロ攻撃、コロナ禍のような予測できない脅威のことではなく、産業構造の変化といった「シミュレーションによる予測ができる脅威」を意味しています。こうした脅威に対して経営が安泰でいられるわけもありませんから、常に備え、柔軟な変化を前提とし、デジタルの力を使い、できる限り予測可能な事業運営を行なう視点が必要です。

DX CX SX ―― 挑戦するすべての企業に爆発的な成長をもたらす経営の思考法
八子 知礼(やこ・とものり)
1997年松下電工(現パナソニック)入社、宅内組み込み型の情報配線事業の商品企画開発に従事。その後、介護系新規ビジネス(現パナソニックエイジフリー)に社内移籍、製造業の上流から下流までを一通り経験。
その後、後にベリングポイントとなるアーサーアンダーセンにシニアコンサルタントとして入社。2007年デロイトトーマツ コンサルティングに入社後、2010年に執行役員パートナーに就任、2014年シスコシステムズに移籍、ビジネスコンサルティング部門のシニアパートナーとして同部門の立ち上げに貢献。一貫して通信/メディア/ハイテク業界中心のビジネスコンサルタントとして新規事業戦略立案、バリューチェーン再編等を多数経験。2016年4月よりウフルIoTイノベーションセンター所長として様々なエコシステム形成に貢献。
2019年4月にINDUSTRIAL-Xを起業、代表取締役に就任。2020年10月より広島大学AI・データイノベーション教育研究センターの特任教授就任。
著書に『図解クラウド早わかり』、『モバイルクラウド』(以上、中経出版)、『IoTの基本・仕組み・重要事項が全部わかる教科書』(監修・共著、SBクリエイティブ)、『現場の活用事例でわかる IoTシステム開発テクニック』(監修・共著、日経BP社)がある。

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