本記事は、八子 知礼の著書『DX CX SX ―― 挑戦するすべての企業に爆発的な成長をもたらす経営の思考法』(クロスメディア・パブリッシング)の中から一部を抜粋・編集しています

DXに必ず立ちはだかる壁「魔のデッドロック」

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(画像=PIXTA)

私はこれまで、製造業などを中心に様々な企業のクラウド化推進やIoT導入をサポートしてきました。その延長線上で、近年ではIoT導入を通じてバリューチェーン全体に変革を起こす「全社DX推進」といった広範なプロジェクトも積極的に支援しています。

しかしIoTを導入し、業務を可視化し、デジタルツインを実現する発想でプロジェクトを進めても、ものごとが円滑に進まない事態に直面することが多々あります。

たとえば、とある製造業の企業において、プランを立て、いざ工場にIoTを導入する、という段階での例を挙げます。具体的には工場設備の配置を変更したり、設備そのものを入れ替えなければIoTによる可視化を通じたスムーズな生産ラインが実現できない、といった物理的な問題に直面したことがありました。そこで現場にIoT化を提案したところ、技術部門のトップから、「ラインのデジタル化には、工場を新設するタイミングで取り組みます。なので、今は部分的なIoTの提案はやめていただけますか」という”人”によるボトルネックが発生したことがありました。

また、ある工程を自動化した場合、その業務に従事していた人の処遇はどうすればいいのかという、こちらもまた”人”にまつわる課題を突きつけられたこともあります。本来、人が採用できないので自動化が必須、ということで取り組みを始めたはずが、進めるうちに現時点で従事している従業員をどうするのかといった話にすり替わってしまうのです。

もちろんその方がずっと居て下さるのであれば何も問題はありませんが、多くの場合には定年などを理由として数年で現場から去ってしまうことがよくあります。その後の人の手当ができないにもかかわらず、です。

こうした課題から学んだことがあります。それは、DXを推進するのであれば、「デジタル」「フィジカル」「ヒューマン」という3つの要素を同時並行で変えていかなければ、本質的かつ全体最適化された変革を進めることはできない、ということです。

具体的にまとめると、下記の3点に集約できます。

[デジタル×ヒューマン]
・ デジタル化人材の育成をしながら、デジタル化を推進する
・ 自動化対象の業務に従事するメンバーは兼業を許可して人材の流動性を高め、その自動化を他部門や他社に広める指導員として活用する。また、デジタルな仕組みを通じて彼らの働き方を効率的に管理する
[デジタル×フィジカル]
・ ロボット化やネットワークインフラを含むフィジカルな取り組みはデジタルと一緒に進める

しかし、ビジネスの現場では、デジタル、フィジカル、ヒューマンは、それぞれが独立した部門が担当しているために部分最適化の発想で進めることが多く、それぞれに対する調整は一筋縄ではいきません。その一方でお互いに関係性を持ち、密接なつながりをもって影響しあっています。そのため、つながっているがゆえの、思いも寄らぬボトルネックに直面することがあります。

まず、(1)デジタルな取り組みを進めると、「物理的=フィジカルな要素がボトルネック」になることがあります。また、(2)フィジカル=設備や拠点などの物理的な課題を解決しようとすると、「人にまつわる要素=ヒューマンがボトルネック」になる場合もあります。さらに、(3)人的な課題を解決しようとすると「デジタルな要素がボトルネック」になることもあります。

このように、変革を進めようとしても、各要素間に発生したボトルネックが原因で、DXが道半ばで頓挫してしまう事例があります。

そのような状態を、私はDXにおける「魔のデッドロック」と呼んでいます。それぞれの要素が他の要素をロックしてしまって三つ巴の状態になり、その状態を抜け出せず、前に進められなくなってしまうのです。

この話を大企業の幹部クラスにすると、かなりの頻度で「わかるわー、それ……」と言われてしまうほど、共感を得やすい実態があります。

「魔のデッドロック」の具体的な課題

この3つのボトルネックが絡み合う「魔のデッドロック」について、具体的にはどのような課題に直面することになるのかを解説しましょう(図3-3)。

図3-3.png
(画像=作成:著者)

(1)デジタル施策を阻む「フィジカルの壁」

たとえば製造業における生産現場のデジタル化やIoT化を進める過程で、工場に出向いてはじめて直面する課題があります。それは現場の作業をデータ化するために設備機器にセンサーを取り付けたり、アプリを導入してモニタリングを行なったりする段階、つまり最初の段階で起こります。

たとえば対象の設備が古すぎるあまりにデータを収集できなかったり、機器の振動が大きいためにセンサーが壊れてしまうといった現実を突き付けられるのです。

また、アプリで機器の管理をしようにも、機器自体が完全にアナログな回転式メーターしか持っていないため、データ化することが難しい場面に出くわすこともあります。

つまり、物理的な設備や機器を更新しなければ、データの収集すらままならない、「フィジカルの壁」にぶち当たるわけです。レガシーな企業では古い設備が刷新されないまま、整備を繰り返しながら活用されていることが多く、デジタル化やIoT化の段階で大きな壁が立ちはだかるのです。

(2)フィジカル施策を阻む「ヒューマンの壁」

前述のようなIoT化を阻む古い設備であっても、資金が問題であれば助成金や補助金を利用することで、晴れて設備を刷新できることがあります。しかし、この場合にも壁があります。

資金の問題が解決し、「では、さっそく最新の設備を導入しましょう」と検討を始めるのですが、新しい機械に慣れるのに時間がかかるし管理するスキルもないので、古い設備と同じ程度の機能にして欲しいと、現場の作業員が訴えたことがありました。これでは、新しい設備を導入するメリットがまったくありません。

あるいは、工程を自動化するために最新の自動化設備を入れようとしたら、「労働組合との調整が難航する」「社員に使いこなすスキルがない」といった理由で話が進まなくなることもあります。また、「工程の自動化なんてことをしたら、対象領域の作業員の人員配置や配置転換ができなくなるのでやめて欲しい」「改革も良いが、ほどほどにして欲しい」などと要望されることもあります。

まさに、従業員のスキルやマインドセットが壁となってDXを阻害する「ヒューマンの壁」というわけです。これを打破するためには日頃から、新たな仕事や環境の変化に柔軟に対応できるようなマインドセットを育み、属人化をなくすための組織の仕組みやオペレーションの体系を構築しておく必要があります。

ただ、古い設備を担当している従業員はベテランの人を中心に、属人性の高い業務を日常的に実施していることが多いため、この壁を克服するのは、かなりの英断とリーダーシップが必要となります。

(3)ヒューマン施策を阻む「デジタルの壁」

ヒューマンな課題を解決するためにデジタルを導入したものの、「デジタルはわからない」「ITは苦手」といった理由で、デジタルツールのポテンシャルが生かされない状況を「デジタルの壁」と呼んでいます。これでは利便性が高く、効率化が望めるはずのデジタルツールの意味が損なわれてしまいます。

実際、私がサポートしたある企業では、属人性を回避するためにマニュアルをアプリ化して整備することを提案したのですが、「デジタルはわからない」「我が社の社員はITリテラシーが低いので……」と言って難色を示されたことがあります。最終的にはITに投資するよりも設備投資を優先したい、という話になってしまいました。

こうしたケースの場合、人的リソースが足りない領域をデジタルで補完することの根本的な意味がなかなか理解できず、「そもそも、DXで何を目指せばいいのかがわからない」といった本質論の所まで戻ってしまいます。

デジタルそのものを理解しようとしない人が現場に多いがために、デジタルツールの存在そのものがボトルネックとなってしまう。その様をヒューマン施策を阻む「デジタルの壁」と言います。

これら「魔のデッドロック」を打破するためには、それぞれの要素を独立して推進するのではなく、三位一体で同時並行的に進めるしかありません。前提として、そこに高いハードルが待ち構えているということは百も承知の上で、です。

一般的に、DX推進のプロジェクトでは往々にしてデジタル施策ばかりが取り上げられ、そちらに注目が集まりがちです。しかし実は、このデジタル施策が先行するパターンこそが、DXが最も頓挫するパターンでもあるのです。デジタル化、IoT化が完了したことで、「コスト削減を実現し、効率化も達成しました」という段階で満足してしまい、真のDX、つまり、「徹底したデジタライゼーションの遂行によって従来の垣根や課題を跳び越えたまったく異なる業界への進出や、形態の異なる企業に変容すること。また、それによって予測不可能な時代を生き抜くことができるようになる」ところまでは、まったく到達できていないという話は枚挙にいとまがありません。

ハードルは高くとも、「デジタル」「フィジカル」「ヒューマン」に対する施策を同時に、かつ包括的に実行していくことこそが、地に足の着いたDXを、着実に前に進めることができる唯一無二のアプローチなのです。

ではどのように進めれば良いのでしょうか。実際には「デジタル」「フィジカル」「ヒューマン」のいずれかがボトルネックになることで、「魔のデッドロック」が生まれる状況において、顧客企業から出る7つの質問があります(図3-4)。

(1) DXで何を目指せばよいのでしょうか?
(2) DXに取り組んで、どうやって稼げばよいのでしょうか?
(3) 誰が現場を設営して、DXをリードしてくれるのでしょうか?
(4) どんなソリューションを使えばよいのでしょうか?
(5) 予算がないのですが、お金はどう払えばよいのでしょうか?
(6) 情報とノウハウがないのですが、どうすればよいでしょうか?
(7) データ収集する上で、セキュリティーの心配はないでしょうか?

実はこの7つの質問に答えていくことこそが魔のデッドロックを解消するための答えになると私たちは考えています。

図3-4.png
(画像=作成:著者)

【7つの質問への回答】

(1) DXで何を目指せばよいのでしょうか?

デジタルツインを構築して、シミュレーションできる経営モデルを目指しましょう。

(2) DXに取り組んで、どうやって稼げばよいのでしょうか?
自社に対して投資したIoTやAIのソリューションの外販や共通プラットフォームの利用料で稼ぐのが1つの手段です。ただし、競合他社に先駆けて実施する必要があります。

(3) 誰が現場を設営して、DXをリードしてくれるのでしょうか?
一時的には私たちとパートナーがリードを担いますが、並行して社内DX人材を育成しましょう。現場のベテランをDX化指導員に充てるのも1つの手段です。

(4) どんなソリューションを使えばよいのでしょうか?
目利きができるパートナー企業に、デジタルなソリューションのみならずフィジカルなソリューションも含めて選定を支援してもらうとよいでしょう。この時、そのパートナーが私たちINDUSTRIAL-Xであるかどうかは不問にして、目的に適うかどうかというフラットな目線で外部ソリューションを選定していただきます。

(5) 予算がないのですが、お金はどう払えばよいのでしょうか?
設備投資をする際のリースと同じように、分割やサブスクリプションの仕組みを活用すればよいのです。

(6) 情報とノウハウがないのですが、どうすればよいでしょうか?
DXを数多く手掛けている企業と数多くつながり、常に情報収集と情報発信を行なってください。情報は収集するだけではなく発信することで、より多くの情報が入ってくるようになります。

(7) データ収集する上で、セキュリティーの心配はないでしょうか?
セキュリティー対策を実施した上で、必要な情報のみ吸い上げる形を取りましょう。

繰り返しになりますが、真のDXとは、「徹底したデジタライゼーションの遂行によって、従来の垣根や課題を跳び越えた全く異なる業界への進出や、形態の異なる企業に変容すること。また、それによって予測不可能な時代を生き抜くことができるようになること」です。

そのため、ここまで読んでいただいて気づかれた方もいるかと思いますが、DXの推進は「デジタル」のみならず、「フィジカル」「ヒューマン」への手当てがあってこその取り組みに落ちていくことばかりなのです。

DX=デジタルなトランスフォーメーションだからデジタルだけが肝要、というわけでは決してないことは、常に留意しておきたいポイントです。

DX CX SX ―― 挑戦するすべての企業に爆発的な成長をもたらす経営の思考法
八子 知礼(やこ・とものり)
1997年松下電工(現パナソニック)入社、宅内組み込み型の情報配線事業の商品企画開発に従事。その後、介護系新規ビジネス(現パナソニックエイジフリー)に社内移籍、製造業の上流から下流までを一通り経験。
その後、後にベリングポイントとなるアーサーアンダーセンにシニアコンサルタントとして入社。2007年デロイトトーマツ コンサルティングに入社後、2010年に執行役員パートナーに就任、2014年シスコシステムズに移籍、ビジネスコンサルティング部門のシニアパートナーとして同部門の立ち上げに貢献。一貫して通信/メディア/ハイテク業界中心のビジネスコンサルタントとして新規事業戦略立案、バリューチェーン再編等を多数経験。2016年4月よりウフルIoTイノベーションセンター所長として様々なエコシステム形成に貢献。
2019年4月にINDUSTRIAL-Xを起業、代表取締役に就任。2020年10月より広島大学AI・データイノベーション教育研究センターの特任教授就任。
著書に『図解クラウド早わかり』、『モバイルクラウド』(以上、中経出版)、『IoTの基本・仕組み・重要事項が全部わかる教科書』(監修・共著、SBクリエイティブ)、『現場の活用事例でわかる IoTシステム開発テクニック』(監修・共著、日経BP社)がある。

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