本記事は、八子 知礼の著書『DX CX SX ―― 挑戦するすべての企業に爆発的な成長をもたらす経営の思考法』(クロスメディア・パブリッシング)の中から一部を抜粋・編集しています
中小企業が大企業と戦うための 「武器としてのデータ戦略」
下位のヒエラルキーだからこそ可能な戦い方
中小企業にとっても今後は、「データ」という言葉が大きな意味を持つようになるのは避けられない流れがあります。
たとえば小規模な工場で、大企業の下請け・孫請けとして部品を作っている会社があったとします。おそらく、そのような工場の経営者の多くが、「IoTなんて関係ないし、生産設備にセンサーを設置して、データを採取することに投資する意味がどこにあるのかわからない」と考えるかもしれません。
しかし、それはただ、隠された価値に気づいていないだけなのです。下請け構造のヒエラルキーの下位に位置する小規模な工場だからこそ、その生産設備が排出しているデータが業界ピラミッドの中において自分たちの存在感を高める「武器」として利用できることをご説明しましょう。
ヒエラルキーで理解する「DXの波」と「守りのDX」
ここではまず、何をすべきかを考えるため、いま何が起きているかについての事例をお伝えしたいと思います。
FANUC(ファナック)という工作機械製造で世界有数の企業があります。ファナックは、「FIELDシステム」という名称の製造業向けIoTプラットフォームを運営しています。このシステムを導入した企業は、自社のIoT機器から吸い上げたデータをAIで解析することができるようになり、故障予知などのシミュレーションが可能になります。
これは、ファナック製の工作機械に限らず、他社の機器やセンサーにも対応していることが大きな特長です。FIELDシステムはオープンであることを売りにしており、サードパーティのアプリケーションプロバイダーが、FIELDシステム向けのソフトウェアを開発してビジネスすることも可能です。
FIELDシステムは、様々な業種の生産設備のデータを幅広く集めることができます。そのため、工場の生産ラインのデジタルツインを高い精度で実現することができます。ファナックとしては、その精度をさらに向上させる目的で、工作機械の部品を納入している企業、つまり、ヒエラルキーが下位に位置する企業に対し、データの提示や相互連携を仕掛けます。
そのデータとは部品の出荷数量や、どの品番の部品がいつのタイミングで、どのくらいの数量で、どこの会社に納品され、それがどれくらいの頻度で壊れるのか、あるいは、壊れる確率がどの程度あるかなど、こと細かなデータを要求します。
そのため、FANUCの取引先企業からすると、生産工程における各種のデータを貯めていなくても、ある時を境にFANUCからデータ提供を持ちかけられるわけです。そこで、慌ててデータを取得する仕組みを構築して蓄積を始めます。そのようにして、データを取得するシステムの運用を開始すると、あることに気づき始めます。
それは、上流の取引先からデータを要求されているのだから、自分たちの下流にあたる部品の調達先にもデータを要求するべきではないだろうか、という気づきです。自分たちもデータを集め、故障の予兆や部品交換のシミュレーションを実施し、生産工程の効率化や品質を上げるために、デジタルツインを推し進めようとするわけです。それは、デジタルツインの精度を高めるためには、自前のデータだけでは補いきれないために、仕入れ先の生産工程における各種データが必要になるからです。
こうして下請けピラミッドの上流から下流にかけて、「データを出せ」という圧力が伝わっていきます。その波は、やがて末端の小規模工場も飲み込んでいき、そこでもし、「データを出せない」となれば最悪の場合は取引停止を迫られることになりかねません。これは当然の話で、「データを出せない会社=生産工程を数値で管理できない会社」という烙印を押され、製品の品質が担保されていないことと同義として扱われるのです。
ESG経営的にも、カーボンニュートラルへの取り組みの一環としても、このようにサプライチェーンの上流から下流に対してデータ提供を迫るという流れは今後、ますます不可避になっていくでしょう。
これがDX時代において、小規模工場がビジネス継続性を確保するためにデータ戦略が必要となる理由です。
「守りのDX」ではなく「攻めのDX」こそが武器になる
しかし、「上位の取引先から迫られてIoT投資を行なった」というのでは、「守りのDX」の域を出ていません。これでは従来型のデジタル投資に過ぎず、工場の全体最適に基づいたDXやデジタルによる会社や事業のトランスフォーメーションとは、ほど遠い話です。
しかし、町工場といえどもデジタルツインにいち早く対応することができれば、データを活用して攻めに転じることが可能になります。上流の取引先からデータを要求されたなら、データを貯めていることを武器にして交渉することができます。
「うちは、すでにこれだけのデータを貯めてデジタルツインを推し進めています。他の取引先には有償でデータを提供しています。ですから、データが欲しければ買ってください」と言えるわけです。
それでも、優位なパワーバランスにある上位の取引先が、無償での提供を要求してくることは容易に想像できます。そこで、そのタイミングでもう一枚のカードを切るのです。
「ならば御社のデータとバーターにしましょう」と。これによってデータ分析が先方の手の内を見ることを可能にし、シミュレーションの精度も一段と高まるのです。
たとえば、納品の遅れなど、なんらかの瑕疵を指摘された場合であっても、課題や問題点を数値で合理的に説明できるため、相手方も納得しやすいわけです。
これらが、中小企業にとってもデータが重要であることの理由です。
企業の規模に関係なく、デジタルツインの構築「DX2.0」は必須の課題
現実の生産現場では、機器の故障などの様々なリスクを抱えながら日々のオペレーションが進行しています。そのリスクをデジタルツインの実現で最小限にとどめることができるのであれば、交渉相手の企業もデータが欲しいはずです。データがあることで販売も可能になり、さらには実際にビジネスの価格交渉を優位に運ぶことができたという事例もあります。
中小企業にとってもDXを推進する上で、「データ」というものが必要不可欠な要素であることがご理解いただけたかと思います。
その後、後にベリングポイントとなるアーサーアンダーセンにシニアコンサルタントとして入社。2007年デロイトトーマツ コンサルティングに入社後、2010年に執行役員パートナーに就任、2014年シスコシステムズに移籍、ビジネスコンサルティング部門のシニアパートナーとして同部門の立ち上げに貢献。一貫して通信/メディア/ハイテク業界中心のビジネスコンサルタントとして新規事業戦略立案、バリューチェーン再編等を多数経験。2016年4月よりウフルIoTイノベーションセンター所長として様々なエコシステム形成に貢献。
2019年4月にINDUSTRIAL-Xを起業、代表取締役に就任。2020年10月より広島大学AI・データイノベーション教育研究センターの特任教授就任。
著書に『図解クラウド早わかり』、『モバイルクラウド』(以上、中経出版)、『IoTの基本・仕組み・重要事項が全部わかる教科書』(監修・共著、SBクリエイティブ)、『現場の活用事例でわかる IoTシステム開発テクニック』(監修・共著、日経BP社)がある。
※画像をクリックするとAmazonに飛びます