本記事は、川﨑公司氏の著書『この1冊でわかる もめない遺産分割の進め方』(合同フォレスト)の中から一部を抜粋・編集しています
そもそも遺産分割は何のために行うのか?
個人が死亡すると、亡くなった人の遺産はその子どもなどに引き継がれます。このことを「相続」と言い、亡くなった人は「被相続人」、財産を相続する人は「法定相続人(または相続人)」と呼ばれます。
相続人が複数いる場合、「法定相続分」により遺産を取得できる人やその割合が法律で定められています。ただし、相続人全員の話し合いによって、「遺産をどう分け合うか」を自由に決めることも可能です。この話し合いが「遺産分割協議」であり、この協議に基づいて遺産を分けることを「遺産分割」と言います。
相続人が1人しかいない場合や、被相続人が書いたきちんとした内容の遺言書があれば、遺産分割は不要です。しかし、そうでなければ、遺産分割をしないと相続人といえども遺産を勝手に使うことはできません。
具体例で考えてみましょう。
被相続人Xが、甲土地と乙建物を残して亡くなり、法定相続人はAとBの2人で、法定相続分は同一割合とします。
このケースでは、相続人Aと相続人Bが遺産分割しない限り、甲土地も乙建物も、AとBが2分の1ずつ持ち合うことになります(図表1−1)。
しかし、この場合、Aがこの不動産を売りたいと考えても、Bが反対すれば、全体を売却することはできません。Aは全体の所有権を有しているわけではないからです。
この例で考えると、共有者であるAとBが自由に売却できるのは、甲土地と乙建物に対して自分が有する「持分」のみにすぎません。Aがこの不動産全体の所有権を得て、自由に売るためには、Bと遺産分割協議を行って「甲土地および乙建物はAが相続する」という形で遺産分割をする必要があるのです。
預金についても、名義人(被相続人)が亡くなったことを金融機関が知れば、その口座は凍結されてしまいます。凍結後は、基本的には相続人といえども、預金を下ろしたり、使ったりすることはできません。
遺産分割の前に被相続人の預金の一部を払い戻す方法はあるものの、そうした方法を使っても、預金のすべてを引き出すことは不可能です。
口座の凍結を銀行に解除してもらうには、遺産分割協議書などを提出して、その預金を誰が相続したのかを示す必要があります。
そして、遺産分割協議の結果をまとめた遺産分割協議書は「正当な権利がある」という証拠となります。
遺産分割協議では、相続人同士の利害が対立することも少なくありません。相続人全員が100%納得できる遺産分割を望んでも、それが実現することはほぼないでしょう。
しかし、ひとたび遺産分割協議書が正当に作成されれば、全員の合意が成立したことになります。相続人の誰かが、後から「やはり被相続人の預貯金がほしい」とか「合意なんてそもそもしていない」と主張したとしても通りません。
被相続人の遺産を勝手に一人占めするような行為や、紛争の蒸し返しはできなくなります。遺産分割協議書に記載された内容に反する行為を行った相続人がいたとしても、裁判での立場はかなり不利となるため、抑止効果を期待できます。
このように、遺産分割を行い、「遺産分割協議書」という形に残すことは、「被相続人の遺産を活用する」という目的のほか、「トラブルの防止やトラブルが起きた後の対応」という意味からも重要です。
相続に関連する手続きは数多くありますが、まずは遺産分割をスムーズに進めることを重視する必要があります。
遺産分割でもめると、相続は骨肉の争いに発展する
遺産分割協議は、ただでさえ精神的な負担が重いものです。
被相続人を亡くした悲しみが癒えぬなか、財産などを整理し、それぞれ価値観の違う相続人同士で分割の話し合いをするわけですから、一筋縄ではいきません。
相続が発生するまではとても仲の良かった家族でも、いざ遺産分割協議が始まると、さまざまな感情が起きるのは普通のことです。過去の被相続人との関係も影響し、「私はもっと財産をもらうべきだ」「あいつは親不孝だったから、財産を渡したくない」といった気持ちになることもあるでしょう。
とくに、遺産分割協議を兄弟姉妹だけで行うと、もめやすくなります。親が存命のうちは、ある程度親主導で遺産分割を進められたとしても、両親がともに亡くなると、それぞれが「被相続人の子」という同じ立場になるため、トラブルになりやすいのです。
実際、非常に残念なことですが、相続をきっかけに兄弟や姉妹の縁を切ろうとするケースも少なくありません。
そして、このような遺産争いの状態が続けば、もめごとは次の世代に引き継がれ、問題はさらに深刻化します。
たとえば、最初は兄弟3人で遺産争いをしていたとしましょう。その状態が長く続き、この3人が亡くなったら、相続権はそれぞれの配偶者や子に引き継がれます。そして、親の世代でまとまらなかった遺産分割協議が行われることになります。
しかし、前回の遺産分割協議で親族同士の関係が悪く疎遠になっているわけですから、世代が変わったからといって、遺産分割協議がまとまるものではありません。子どもの頃から「兄さんはずるい」「弟はうそをついている」といった言葉を聞いて育っているわけですから、その遺恨は世代を超えて残り続けるものです。
結果的に、同じ状況がさらに続き、ねずみ算式に相続人の数が増えていきます。こうなると合意形成がまます難しくなり、不動産の共有持分もどんどん細かくなるので、売却などはほぼ不可能となるでしょう。
このように、遺産分割は今生きている相続人だけでなく、子孫にも関係してきます。
親世代の相続争いが、子世代で解消されることを期待するのは甘い考えです。将来に遺恨を残さないための最善の方法は、いま相続に直面している当事者が、円滑に遺産分割をまとめることなのです。
遺産分割を急ぐべき理由
遺産分割そのものに期限はありません。
しかし、次のような複数の理由から、遺産分割協議をできるだけ急ぐことが望ましいと言えます。
(1)遺産を使うことができない
繰り返しになりますが、遺産分割協議が終わるまでは、被相続人の遺産を使うことがほとんどできなくなります。被相続人がせっかく残してくれた貴重な遺産を有効活用するためにも、できるだけ早く遺産分割をまとめることが大事です。
(2)時間とお金が奪われる
遺産分割がまとまらないと、時間とお金を奪われることになります。
スムーズに進めば1日もあれば遺産分割はまとまりますが、もめてしまうと数年から数十年という膨大な時間がかかることもあり得ます。
いったん遺産争いが起きると、話をまとめるために裁判所の調停などの制度を利用したり、弁護士などの専門家に依頼したりする必要が出てきます。そのため、相続争いが長引けば長引くほど、お金がかかってしまうのです。
場合によっては、最初から相手の主張を受け入れたほうが、結果的にお金が残るかもしれません。感情的にどうしても譲れないことがあるとしても、経済的な意味からは損得を冷静に考えたほうがいいでしょう。
(3)相続開始から10年間経過すると特別受益や寄与分の主張ができなくなる
今後施行予定の改正民法下では、相続開始から10年経つと、特別受益や寄与分の主張ができないことになりました。
遺産分割において、そのような権利の主張をしたい場合、早めに遺産分割を行う必要があります。
(4)相続税との関係
お金がかかるという意味では、相続税の問題も関係します。
遺産分割の結果は相続税に大きく影響します。とくに意識しておきたいのが、「小規模宅地等の特例」と「配偶者の税額軽減」です。これらの特例は非常に大きな節税効果がありますが、遺産分割をまとめることが条件になっています。遺言書もしくは遺産分割協議書の写しなどを提出しなければ、利用できません。
しかし、相続税の申告・納付期限は、被相続人が死亡したことを知った日(相続開始日)の翌日から10カ月以内と定められています。この期限は、遺産分割が終わらないからといって待ってくれません。
もし、相続税の申告期限までに遺産分割がまとまらなければ、前記の2つの優遇措置を使うことはできません。この場合、法定相続分に応じて各相続人が財産を取得したとみなして、相続税を計算します。このような申告を「未分割申告」と言います。
未分割申告を行い、その後に遺産分割協議がまとまってから相続税の申告をやり直すことはできます。それでも、当初の納付期限までに、特例を使う前の高い相続税をいったん支払う必要があることに気をつけてください。
しかも、相続税は「現金一括納付」が原則です。遺産分割協議がまとまっていなければ、被相続人の預金を引き出したり、不動産を売却して現金化したりすることはできません。そのため、納税資金が不足する懸念が出てきます。そして、もし納付期限までに相続税を完納できなければ、遅れた日数に応じて延滞税というペナルティもかかってきます。
このような問題が、「遺産分割が終わらない」という、たった1つの原因によって引き起こされてしまうのです。遺産分割協議は、相続人それぞれが納得いく結論を目指しつつも、できるだけ早く合意形成をする必要があります。
※画像をクリックするとAmazonに飛びます