本記事は、加賀隼⼈氏の著書『後継社長力』(クロスメディア・パブリッシング)の中から一部を抜粋・編集しています。
課題 全員が自ら考えて動くことを忘れている
経営者1人の決断で事業や人を動かす、トップダウン経営により勝ち上がってきた企業は多くあります。会議の場での話し合いや検証といった無駄を排除することで効率的かつスピーディーに会社経営を行う。かつて地域の中核企業の多くはこのようなマネジメントスタイルで地道に成長を続けてきました。これは市場の成長時には有効なマネジメントスタイルです。
なぜならば、市場の成長期においては正解があり、正解に合わせて製品・サービスを提供すればいいからです。
一方で今の事業環境は、成熟・衰退期となっており、トップダウンのマネジメントスタイルが合わなくなっています。正解がない中で、間違って量産・効率化してしまうと無駄が発生します。よって正解を探しながら進めるマネジメントスタイルに変更することが求められます。
従業員は先代の威光についてきている
従業員は、これまで創業社長の指揮命令系統の下で働いてきたため、幹部を含めてすべてが「社長頼み」という発想が根づいてしまっています。
1代で会社を立ち上げて地域の中核企業にまで育ててきた創業社長の場合、多くは、カリスマ性もあり「社長の言うとおりに動けば間違いはない」「自分の判断で余計なことはしないほうがいい」など、トップダウンで会社全体が動いていたため、従業員一人ひとりに「自ら考えて動く」という習慣が身についていません。
先代社長の時代は、戦国時代の武将のように軍配を右に振れば部隊が右へ動き、突撃の合図で一斉に突進していくように、カリスマ社長の指示によって皆が動くというのが、いわば会社のカルチャーのようなものであったわけです。
では後継者がトップダウンで指示を与えたらどうでしょう。先代ほどのカリスマ性も信頼感もない後継者ですから、従業員は指示されないと動きませんし、指示されてもなかなか動かないという停滞感が生まれ、後継者の多くは頭を抱えることになります。
かといって、後継者が幹部の一人ひとり、従業員の一人ひとりに対して「こうしろ」とか「こうしてほしい」などの指示を出すのは非効率的ですし、あまり効果はありません。
また、先代社長の時代には、カルチャーというものを意識したことがない従業員がほとんどでしょう。カルチャーを前面に出して、自社のカルチャーにフィットした人材を採用するようなこともなかったはずです。あるとすれば企業風土や社風など、もう少し曖昧な定義です。
「ウチは社員を家族のように大事にしています」や「風通しが良く、社員同士も仲がいいんです」「自由闊達に、意見を言えるような雰囲気です」といった企業風土や社風を語る企業もありますが、私からすると「カルチャー」と呼ぶには、掘り下げが浅いといえます。社員に共有され行動指針となるにはインパクトが弱く、実態を伴いません。
自社のカルチャーか、自分のカルチャーか?
また、そもそもカルチャーで採用をしてきていないので、実際には社員の意識はバラバラです。それでも会社が成長してこられたのは、繰り返しますが、創業社長にカリスマ性があったからで、後継者がそのまま真似ることはほぼ不可能といえます。
では、すでに成長期から成熟期に入った会社を託された後継者は、どのように会社を舵取りしていけば良いか。それは、これまで会社が培ってきた企業風土や社風という曖昧な表現を、カルチャーとして定義して明文化していくことです。それが経営者としてまず行うべき仕事です。
これまでとは異なる方向や速さ、距離で会社を舵取りし、進んでいくことになります。後継者よりも長く会社に勤めてきた幹部や従業員のなかには、おもしろくないと感じる人もいるでしょう。非協力的であったり、抵抗勢力が生まれたり、何かと苦労することも予想されます。
それでも、先のジム・コリンズの言葉「『何をすべきか』ではなく『だれを選ぶか』からはじめる」べきのように、「だれを選ぶか」を決めるフィルターとなるのが、カルチャーです。極端にいえば、カルチャーが合わない、合わせたくない人には、ご退場願うくらいの気概で取り組む必要があるのです。
誤解 死ぬほど働けば勝手に人望はついてくる
なかなか動いてくれない幹部や従業員になんとか動いてもらおうと、〝新人〞である後継社長は率先垂範。朝は誰よりも早く出社して、現場や営業、さまざまな課題解決に向けて奔走します。もちろん、一生懸命頑張ることは大切ですが、それで社員たちがついてくるようになったり、自ら行動するようになる……というのはドラマの中だけの話です。
現実世界では、相変わらず指示待ち状態が続きますし、何かと理由をつけては、「やりたくない」「動きたくない」と、働いてはくれません。
結局、社長が一生懸命動いている姿を見せても効果はなく、ひたすらもぐら叩きゲームのように目の前の課題、目についた課題に取り組んでいく。それでは何も変わりません。そして、そんな後継者の無理が続けば、自分自身も疲弊して、やる気と自信を失ってしまうだけなのです。
現場を経験すれば現場を理解できるわけではない
そうなってしまうのは、経営について学びの場を与えてこなかった先代経営者にも責任があります。特に世代格差からか、先代の価値観は現場主義や経験主義に偏っている傾向が見られます。
先代にとっての「学び」とは、とりあえず現場を見て、自ら経験して、失敗しながら学んでいくことが良い手法であり王道でした。だから後継者に対しても承継する前は、とにかく現場を踏むこと、現場で多くの従業員と触れること、そして失敗しながら学ぶことを求めるわけです。
そして、その弊害として後継者は目の前のさまざまな課題が目についてしまい、承継後に取り組むべきはそうした現場で感じた課題を解決することだと、刷り込まれていってしまうのです。
しかし、今は違います。先代が経験学習であったのに対し、現在では経験前学習という学び方が一般的になっています。経験する前に、十分インプットして、シミュレーションをしてから実践に移すことが習慣化されているわけです。
例えば、レストランに行くのも、インターネットで検索して、料理や店内の様子、店主や料理人の評価・評判を十分に下調べしてから決めるのが当たり前です。決して飛び込みで知らない店に入るリスクは冒しません。
特に、1980年代から90年代前半に生まれた世代は、ミレニアル世代とも呼ばれ、子どもの頃からパソコンやインターネットに触れているため、この経験前学習が身についているのです。
つまり、学び方そのものが先代経営者とは異なり、現場を経験する前にワンクッションおく余裕のある学びを求めています。もちろん経験前学習で会社経営のすべてを学べるわけではありませんし、そのことは後継者も十分わかっています。それでも、現場での経験ではなく、その先を知りたいという欲求が強く、先を知らないことにとても不安を感じるのです。そして、会社内において先を学ぶ場がないことが大きな問題なのです。
カルチャーに対して自分を合わせるべきではない
このように、承継前に現場主義で学んできた後継者は、自分が我慢して現状のカルチャー(企業風土や社風)に合わせていくしかないと感じてしまいます。
しかし、結果的にそうした会社や組織は少しずつ崩壊していきます。なぜなら、我慢して経営を続けても、自分とは価値観の合わない幹部たちから突き上げられたり、あるいは優秀な営業パーソン、現場の責任者が辞めていってしまったりすることが多いからです。そうした優秀な従業員たちは、先代社長には恩義を感じていますが、後継者に魅力を感じず、また会社の行く末を察知することに敏感だからです。
結局、後継者は自分のカラーを出すことがないまま、長いスパンで、少しずつ組織が崩壊していくことになるのです。
解決策 現状維持バイアスから解放されよう
少し脅すような内容になってしまいましたが、実際に私の元を訪れる後継者の多くは、自分が我慢することでなんとか乗り切ろうとして、「もうこれ以上どうしようもない」と困りきっています。
先代が築き上げてきた会社を自分が崩壊させてしまうのだけはなんとか避けたい。
百数十名いる従業員の雇用と生活を守るために継続していかなければいけないという現状維持バイアスに陥ります。承継前に抱いていた「自分の代でさらに会社を成長させよう」という当初の志はどんどん低くなっていくのです。
「昔からこうです」とは言わないカルチャー
B社の2代目である日下部社長(仮名)は、承継後、従業員のある言葉に強烈にストレスを感じていたといいます。
それが、「昔からこういうやり方をしていましたから」というものです。
B社には日下部社長が承継する前から、「昔から同じことを行うのがこの会社の伝統だから守っていこう」という社内の雰囲気があり、新しいことを始めようとすると、「周りも戸惑うし、いろいろ言われるので嫌だ」とか、「やるといっても、自分からすぐ変えようとするのは恥ずかしい」「前からやっていることだから、変えなくてもまあいいか」という意識が社員全体に充満していたといいます。カルチャーというよりは空気感に近いかもしれません。
そこで、日下部社長は「昔からこうです」と言わないというカルチャーを作成し、明文化しました。具体的な行動指針は以下のとおりです。
- なぜ昔からこのようなことを行っているのか、白紙に戻して考えてみよう。
- ライバル社より、一歩先に行くために毎日毎日一手を打っていこう。
- イノベーションの種はないか、毎日考え続けよう。
- やってだめならすぐに直そう(朝令暮改OK)。
というものです。加えて、以下のような言葉を添えました。 - 仕事は常にイノベーションの連続です。脱皮できない蛇が死んでしまうように、イノベーションできない組織も社会から取り残されてしまうのです。
何かをやるときは、慣例にとらわれずに白紙の状態で考えてみること。「それが必要なのか」「目的、成果は何か」。このときにただ単に「昔からこうです」と言ってしまえばイノベーションはできません。
なぜ昔からこうなのか。変える必要はないのかをまず考えてみて、1番成果が上がる方法をとってみよう。
「先代社長の頃からこういうやり方をしていました」「このやり方は、わが社の伝統だ」という従業員からの言葉は、後継者であれば誰もが一度は耳にしたことがあるかもしれません。しかし、「昔からこうだ」という古い慣習や企業風土を変えることこそ後継者として取り組むべき仕事です。
「昔からこうです」と言わないというカルチャーは、とてもストレートな言い方です。
それでもあえてカルチャーとして明文化することで、従業員一人ひとりに浸透していきます。「昔からこうだ」ではなく、「こうやり方を変えてみる」「こんなことにもチャレンジしてみる」など、現状維持バイアスから解放されるのです。
自分の組織を「再起業」するつもりで先に、先代経営者はカルチャーで人材を採用してこなかったと述べましたが、逆に企業のカルチャーを作成して前面に打ち出し、積極的に採用活動に取り入れているのがベンチャー企業です。なかでもインターネット広告事業を行うサイバーエージェント(藤田晋社長)のカルチャー採用は有名です。「人材こそが競争力」というキャッチフレーズで、仕事は与えられるものではなく、自分で創るものという意識が従業員の一人ひとりに浸透しています。
このように、ベンチャー企業のカルチャーをベンチマークして、自社のカルチャーに積極的に取り入れていき、承継することで自社もまた「再起業」するつもりで新たにカルチャーを構築していくことです。
例えば、次の言葉はカルチャーとも関係しています。
- 何をするにも5分前行動
- 守秘義務は絶対守れ
- 小さな納期も必ず守れ
- 小さな約束事こそ大事に守れ
4の〈小さな約束事こそ大事に守れ〉をカルチャーにするのであれば、以下のようになります。
社内や顧客との間で交わされた「小さな約束事」は、一見プライオリティが低く、他の仕事が忙しいあまり後回しにしてしまいがちです。約束の期日が来て「忘れていました」「できませんでした」と言っても、優先度が低いのであまり影響はないだろうと考えています。
しかし、自分にとってはどんなに「小さな約束事」であっても、相手にとってはそうではない可能性もあり、約束を守らないことで相手からの信頼を失いかねないのです。
どのような小さな約束事でも、それをきちんと守るということは、「相手のことを大切にしている」という気持ちの表れです。
契約のような大きな約束は、誰もが守ろうとします。けれど、「大きな約束」だけが守るべき約束ではありません。むしろ、「小さくて、些細な約束」を守り続けるほうが、相手に信頼されることがあります。「約束には、大小も、強弱もない」のです。
いかがでしょう。こんなふうに、1つのキーワードからカルチャーとして構築することができるわけです。