本記事は、毛内拡氏の著書『すべては脳で実現している。最新科学で明らかになった私たちの「頭の中」』(総合法令出版)の中から一部を抜粋・編集しています。
「うんち移植」で若返る!?
伝統的な和食は健康食品として注目されており、「まごわやさしいよ」に代表される食品(豆、ごま、わかめなどの海藻類、野菜、魚、椎茸などのきのこ類、いも類、ヨーグルトをはじめとした
腸というと、単に便通をよくし、新陳代謝を促すのみと考えられがちです。しかし、腸の中で織りなす腸内細菌の生活環境は、体質、免疫機能、さらには性格や気分、社会性行動や記憶力などの脳の働きにも影響します。そのことから、「腸は第2の脳」といわれ注目されているのです。
イギリスやイタリアの研究者らの研究によって、老化したマウスの
一方、アイルランドの研究者が行った実験では、反対に、若いマウスから老いたマウスに糞便中の腸内細菌を移植すると、免疫能力が強化され、認知障害が減衰する可能性が報告されました。さらに、行動試験の結果から、不安を感じにくくなるなど、精神機能にも影響を与え得ることが示唆されたのです。
若いマウスの糞便を移植された老齢マウスの腸内では、特にエンテロコッカス属が大きく増加していることが判明しました。エンテロコッカス属は、人間の腸内にも生息している代表的な乳酸菌として、さまざまな胃腸薬や腸活サプリに含まれています。
ただしこれらの実験は、あくまでもマウスを対象としたものです。人間が同様に健康な若者から糞便移植を受けることで、脳まで若返るかどうかは、今回の実験では分かりません。
それにしても、心身ともに若さを維持する
腸と脳の意外な関係
マウスを「バカ」にする腸内細菌を発見
最近では、効率的なダイエット法として「糖質制限」という言葉を目にすることが多くなりました。さらに、ボディビルダーなどが短期間で効率的に体を絞るために採用している、ケトーシス(糖質ではなく脂質の分解産物であるケトン体をエネルギー源とする)状態を作り出すための低炭水化物で高脂肪・高タンパク質な食事は、「いくら食べても太らない」などと宣伝されて注目を集めています。
しかしその食生活、本当に大丈夫なのでしょうか。
アメリカのカリフォルニア大学ロサンゼルス校の研究者たちは、ケトン食を連続5日間食べさせたマウスを低酸素環境で飼育した結果、迷路を用いた認知テストにおいて、通常環境で飼育したマウスと比べて平均して30%多く間違いを犯すという結果を報告しました。
このマウスの腸内では、酸素の少ない環境を好む「ビロフィラ菌」が増殖していました。ケトン食と低酸素を好むビロフィラ菌が腸内で増えると、免疫細胞の働きが変化し、脳に影響を及ぼした結果、記憶力や学習能力が低下したと考えられます。
腸は第2の脳ではなく、むしろ「脳が第2の腸」?
ドイツの研究者は、「腸が第2の脳」なのではなく、「脳が第2の腸」なのかもしれないという可能性を示す研究結果を報告しています。
スポンジという言葉の語源にもなっている海綿動物は、脳神経系や筋肉を持たず、単純な消化のための部屋(消化室)が存在するだけの、非常に原始的な動物です。そんな海綿動物が持つ18種類の異なる細胞のうち、消化室内で細菌の侵入を排除する免疫細胞のような細胞や、消化器付近に存在し伝達物質を分泌している細胞が発見されました。「分泌生ニューロイド」と名づけられたこの細胞は、別の特定の消化細胞に向けて長い腕を伸ばしていることが確認されています。
この観察は、原始的なシナプス伝達すなわち、神経伝達物質を放出し、それを特定の細胞で受け取ることで情報伝達を行っている可能性を示唆しています。
脳を持たない海綿動物で、腸の原型である消化器付近の細胞が、脳を持つ動物における神経細胞と同じような役割を担っていることから、脳の発達は腸から始まったのではないかと考えられているのです。
正常な脳の働きには「腸」が必要不可欠!
以上のように、脳が正常に働くためには、腸からの信号伝達が必須なのです。
最近では、脳オルガノイドや腸オルガノイドと呼ばれる、人工臓器を簡単に作製し培養することができるようになってきています。これとヒトの臓器を組み合わせてみると、その相互作用の直接の手がかりがつかめるかもしれません。
アメリカのMITの研究者らは、流路でつないだプレート上に、人工培養した脳、肝臓、腸を人工血液でつなぎ、循環させた擬似人体を作り出しました。すると、臓器と接続された脳は、孤立していた脳と比べて代謝や情報伝達、免疫系に関わるさまざまな指標が、急激に増加する傾向が見られました。
これらの結果は、脳が正常に働くためには、腸をはじめとする他の臓器からの密な連絡が重要であることを改めて示唆しています。したがって、脳だけを取り出して生きることは難しいでしょうし、単に脳だけを理解しても、脳の真の姿はつかめないのかもしれません。
1984年、北海道函館市生まれ。2008年、東京薬科大学生命科学部卒業、2013年、東京工業大学大学院総合理工学研究科博士課程修了。博士(理学)。日本学術振興会特別研究員、理化学研究所脳科学総合研究センター研究員等を経て2018年より現職。同大にて生体組織機能学研究室を主宰。専門は、神経生理学、生物物理学。「脳が生きているとはどういうことか」をスローガンに、基礎研究と医学研究の橋渡しを担う研究を行っている。趣味は道に迷うこと。
主な著書に、第37回講談社科学出版賞受賞作『脳を司る「脳」』(講談社)、『面白くて眠れなくなる脳科学』(PHP 研究所)、『脳研究者の脳の中』(ワニブックス)などがある。 ※画像をクリックするとAmazonに飛びます