本記事は、毛内拡氏の著書『すべては脳で実現している。最新科学で明らかになった私たちの「頭の中」』(総合法令出版)の中から一部を抜粋・編集しています。

ちょっと都合よすぎじゃない?

疑問,男性
(画像=PIXTA)

人は、膨大な名簿の中から自分の名前を探し当てることや、パーティ会場での喧騒の中で誰かが自分の名前を呼んだのが聞こえるなど、特に自分に関する情報に気づくのが得意です。雑多な情報を取捨選択して、自分に関わる内容だけを抽出する脳の特殊なフィルターは、「自己バイアス」と呼ばれています。

私たちの脳はこんなに曖昧なものでよいのかと呆れてしまうような、最新の研究をいくつか紹介します。

脳は自分に関わる情報を優先して記憶する

アメリカのデューク大学などの研究チームは、自分に関わる情報との結びつきを記憶する際に活性化する、優先順位付けを行う脳領域を特定しました。この脳領域は、全く知らない他人に関わる情報を見せられたときには、なんでもない情報のときよりも活性度が低くなったというのです。

つまり、人間は自分に関わる情報を優先して記憶する一方、自分と無関係な他人に対しては、むしろマイナスのバイアスをかけているのです。さらに、この優先付け回路を電気刺激によって人為的に抑制すると、自己バイアスを解除できる可能性もあります。

人は年を取ると自分がついた嘘を真実だと思い込む

さらに年を取ると、物事の真偽の区別までもがつきづらくなるといいます。

アメリカのブランダイス大学の研究により、高齢者(60~92歳)は、45分程度前に自分がついた嘘を本当のことだと思い込んでしまっている割合が、18〜24歳の集団に比べて非常に高いことが明らかになりました。

嘘をつく際、記憶に関連する領域が活性化することから、嘘が記憶の中に定着し、真実と同じくらいリアルに感じられるようになると考えられます。

自分がついた嘘がこともあろうか記憶を改ざんして、全く新しい記憶を作り出してしまうのです。

「ニセの記憶」は埋め込みも消去も可能!?

ドイツ・ハーゲン大学の研究チームは、被験者に対して、子どもの頃のもっともらしいニセの記憶を両親に繰り返し語ってもらう実験を行いました。すると、被験者のほとんどがそのニセの記憶を本当のことと信じるばかりか、自分自身でも話をつけ加えて発展させることを明らかにしました。

この植えつけたニセの記憶を、消し去る方法もあるといいます。

ひとつは、ニセの記憶がどこからきたのかを冷静に思い出すように依頼すること。もうひとつは、「人は何度も思い出すように強制されるとニセの記憶を作り出すことがある」という事実を説明することです。この方法で、1年かけて74%の被験者のニセ記憶を消し去ることができました。

一方、同様の方法で、真実の記憶についても消去を試みましたが、こちらは全く影響を受けなかったそうです。

この実験結果は、私たちの記憶がいかに曖昧で、簡単に捏造ねつぞうできるかを示しています。

例えば心理セラピーなどでは、「PTSDなどには必ず原因がある、もしかしたら幼い頃に虐待を受けたのでは」などと説明されることがあるそうです。しかしこのように説明すると、患者に誤った記憶を植えつけかねません。また、裁判などでも、繰り返し同じ尋問をされることでニセの誤った記憶をもとに証言してしまいかねません。

なぜこのように簡単に誤った記憶が形成されるのか、どうしたらそれを消去できるのかについて、今後さらなる研究が必要です。

恥ずかしい自信過剰な脳

脳の特性を活用して成功する方法とは
(画像=ESB Professional/Shutterstock.com)

どういうわけか、能力が低い人ほど自信過剰で、実際よりも高く自己評価してしまう認知バイアスは、「ダニング=クルーガー効果」と呼ばれています。反対に、能力の高い人ほど自信がない傾向は、「インポスター症候群」と呼ばれています。

1999年に論文を発表したダニングとクルーガー(2000年イグノーベル賞受賞)は、能力がないのに自信過剰な人は、正しく自分を評価できず、それに気づくこともできない二重苦に苛まれていると言いました。

これを克服するためには、ダニング=クルーガー効果という認知バイアスの存在や、直感に頼り切ることの問題点を教育するよりないと指摘されています。本記事をお読みになっているみなさんは、大丈夫……ですよね?

直感タイプの人ほど、自分を過大評価してしまう

大学生178名に、例えば、「バットとボールで合計1,100円だったとします。バットがボールより1,000円高い場合、ボールはいくらでしょうか」という問題のように、「100円!」と直感で飛びつきたくなるような問題をいくつか出題します。さらに被験者には、このテストにおける自分の成績の予測と、自分が直感的な人間かどうかについても併せて答えてもらいました(ちなみに正解は1,050円と50円)。

その結果、この認知反射テストで成績が悪かったグループほど、自分の成績を過大評価する傾向にありました。また、自分を直感的な人間と評価した被験者ほど、予想した成績と実際の成績の間に大きな乖離かいりが認められました。

これらの結果は、直感や経験則に頼りがちな人は、自分が間違いを犯したときにそれを認識しにくく、自分のパフォーマンスを過大評価する傾向があることを示唆しています。

なぜなら、直感が当たったときのことは覚えていても、外れたときのことは忘れてしまうからです。するとそこからは学びが得られず、自信だけが高まっていきます。結果的に自分の直感は正しいのだと思い込み、ますます直感頼みになってしまうのでしょう。

能力が低い人ほど自己評価も自信も高い

大学生61名に簡単な単語テストを行い、自分の解答にどのくらい自信があるかを回答してもらったところ、成績が一番悪かったグループは、自分の成績を過大評価する傾向にありました。一方、成績が一番よかったグループは、逆に自分の成績を過小評価する傾向にあったのです。

また、自分の成績を過大評価、過小評価する人どちらも、自己評価までの反応時間が早い傾向にありました。脳波計測の結果からは、特に自分を過大評価した人たちは、記憶を想起する際に親近感や直感に頼る傾向にあることが示されました。

みなさんも、「なんであんな人が上司に?」と感じることもあるかもしれませんが、これらの研究結果は、能力が低い人ほど自信があり、自己評価が高いことから、積極的に人の上に立とうとすることの説明になるのかもしれません。

いずれにせよ、自分を過大評価する人も過小評価する人も、どちらも客観的に自己の認知ができていないということが改めて分かりました。

フェイクニュースを見抜けるか?

ユタ大学が行った大規模な調査によると、回答者の90%が、「自分は一般の人よりもSNSでフェイクニュースを見分ける能力が高い」と考えていました。にもかかわらず、そのうち75%(4人に3人)が、真偽を誤って回答していたのです。

さらに、自分はフェイクニュースを見分けられると過大評価していた自信過剰な人ほど、信頼できないWEBサイトを閲覧し、真実と偽りの主張をうまく区別できず、ソーシャルメディアにおいて、偽りのコンテンツに「いいね!」をしてしまうのだそうです。

これらの結果は、「自分は決してフェイクニュースを拡散しない」「自分は正しい情報を見分けられる」と信じて疑わない自信過剰な人ほど、実は拡散に加担してしまっている現実を反映しています。これも、ダニング=クルーガー効果の典型的な例といえるでしょう。

私たちも、知らず知らずのうちにフェイクニュースを拡散してしまう危険性があるのです。

脳は意外とポンコツ!?

感情はコントロールしなくていい 「ネガティブな気持ち」を味方にする方法
(画像=metamorworks/Adobe Stock)

持続可能な開発目標(SDGs)も相まってのことなのか、効率的なことがよしとされる風潮が高まっていますね。コンピューターの性能が向上し、「最適」や「最短」であることが当たり前になってきたからなのかもしれません。いくらコンピューターが発達しているとはいえ、脳だってまだまだ負けていないと思いたいものです。

ところが残念なことに、脳はコンピューターと違って、必ずしも最適なことをしているわけではないということが分かってきました。その例を紹介しましょう。

脳は「最短ルート」を選ぶようにできて……いなかった

ある場所に徒歩で出かけようと思った際、スタートとゴールの2地点間の最短距離は直線ですが、現実の道路は複雑に曲がりくねっています。最近では、最短経路を瞬時に弾き出してくれる便利なマップアプリがあります。とんでもない細道を通らされる場合もあるのが玉にきずですが……。

対して、私たちの脳は、こうしたマップアプリのように「最短経路」を計算するようには設計されていないようです。

アメリカのマサチューセッツ工科大学(MIT)が、1万4,000人以上の1年分の往復ルートのGPS信号を調査した結果、私たちは、最終的に距離が長くなったとしても、出発地から目的地への〝角度〟のズレが少ないルートを選ぶ傾向にあることが分かりました。

つまり、出発地と目的地を直線でつなぎ、その線からのズレがなるべく少ない、最も直線的に進めるルートを選んでいるということです。できるだけ目的地に向かって直進したい気持ちが、実際に行動となって表れているのですね。

実は、このようなルート探索の方法は、動物が共通して採用している方法のようです。

本当の最短ルートを頭で計算するよりも直感に従った方がエネルギー効率がいいため、脳が他の作業により注力できるという利点があるといわれています。

脳はコスパが悪かった

脳は本当に無駄を省きたがるもので、エネルギー的に効率がよい方法を採用する傾向にあります。しかし処理が楽な方を優先するあまり、結果的に何かが犠牲になってしまうことも少なくありません。

先の例でいえば、脳が楽をするがために、余分に歩かなければならなくなります。お腹は空くし、足の筋肉も疲労する。そう考えると、本当に脳は効率主義といえるのでしょうか。

脳は基礎代謝の20%を消費しているといわれており、肝臓や筋肉に匹敵するほどの「大飯食らい」です。これほどエネルギーを投入しているのだから、さぞかしパフォーマンスはいいだろうと信じたいですよね。

ところがアメリカのバージニア大学の研究によると、脳は明らかにコストパフォーマンス(コスパ)が悪いという結果が明らかになりました。

神経細胞(ニューロン)には平均して1万個のつなぎ目(シナプス)が存在していますが、計算によると、ひとつのニューロンが1回活動するのに必要なシナプスの数は、2,000~2,500個と推定されました。そのコストは、0.1Wに換算されます。

これは理想的な値よりもはるかにコスパが悪く、理論上では1億倍も改善できるはずだそうです。一方、ニューロン同士のコミュニケーションのコストは、その35倍の3.5Wと見積もられています。

脳にとっては、ニューロン同士の情報伝達こそが要であり、高い通信コストを実現するためには、多少の無駄は仕方がないのかもしれません。

それにしても、1億倍も非効率的とは……。逆に考えると、脳にはまだまだ効率を改善する余地があると言えそうですね。

=すべては脳で実現している。最新科学で明らかになった私たちの「頭の中」
毛内 拡
脳神経科学者、お茶の水女子大学基幹研究院自然科学系助教
1984年、北海道函館市生まれ。2008年、東京薬科大学生命科学部卒業、2013年、東京工業大学大学院総合理工学研究科博士課程修了。博士(理学)。日本学術振興会特別研究員、理化学研究所脳科学総合研究センター研究員等を経て2018年より現職。同大にて生体組織機能学研究室を主宰。専門は、神経生理学、生物物理学。「脳が生きているとはどういうことか」をスローガンに、基礎研究と医学研究の橋渡しを担う研究を行っている。趣味は道に迷うこと。
主な著書に、第37回講談社科学出版賞受賞作『脳を司る「脳」』(講談社)、『面白くて眠れなくなる脳科学』(PHP 研究所)、『脳研究者の脳の中』(ワニブックス)などがある。

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