本記事は、毛内拡氏の著書『すべては脳で実現している。最新科学で明らかになった私たちの「頭の中」』(総合法令出版)の中から一部を抜粋・編集しています。

スマホ,手,カフェ
(画像=(写真=NOBU/stock.adobe.com))

脳トレゲームはまさかの「効果ゼロ」だった

脳トレゲームは、「認知機能を高めて脳の老化を防ぐ」といううたい文句のもと、世界中で10億ドル規模の利益を上げてきたといいます。しかし、脳トレゲームが本当にそのような効果をもたらすかどうかについては、議論が続いているのです。

その理由は、認知能力の向上を証明するための基準が不明確であり、サンプル数が少ないことが挙げられます。

そこでカナダ・ウェスタン大学の研究チームは、世界各地から8,563名の被験者を募集し、脳トレゲーム習慣とその効果について大規模な検証実験を行いました。

まず、全体の1,009人が平均8カ月間(最短で2週間、最長で5年以上)脳トレゲームを続けており、残りの約7,500人は脳トレゲームを一切していませんでした。

次に、参加者全員に対して記憶力、推論力、言語能力などを評価する12の認知機能テストを実施しました。その結果、すべての認知機能において、脳トレゲームをしているグループが、していないグループに対し優位に立つことはありませんでした。

なお、脳トレゲーム実施期間が1カ月未満の参加者でも、同程度の認知機能テストの成績だったことから、脳トレを長期間した人の機能が最初の段階で既に劣っていて、それが改善された結果、同等になったというわけでもありません。

また、脳トレゲームを1年半以上続けている熱心な人でも、認知機能が優れている事実は見られなかったようです。参加者の年齢、脳トレの種類、教育・社会経済的地位のいずれを分析しても、脳トレをしない人と結果は同じでした。

日本でも脳トレブームが起こりましたが、脳トレゲームによる認知機能向上は、残念ながら期待できません。しかし、ストレス解消になったり、友達や家族との絆が深まったりするならば、よい効果はもたらしているともいえます。

記憶の不思議

「記憶」とひとくちにいっても、分類がいくつかあります。

例えば、ちょっと所用で電話をかけるときなどで、電話番号を記憶しておくための記憶は「短期記憶」と呼ばれます。これは数分後には忘れてしまっています。

対して、実家の電話番号や自分の携帯番号などは、よっぽどのことがない限り忘れないものです。これは「長期記憶」と呼ばれます。この長期記憶の中でも、歴史の年号などの一般的知識に関する記憶は「意味記憶」と呼ばれています。

また、〝自転車に乗る〟や〝スキーを滑る〟などの、いわゆる体で覚えている記憶は「手続き記憶」と呼ばれます。これらは、年を取っても損なわれにくいものです。

他方で人間は、過去の自分自身の「いつ、どこで、何をした」という経験を、自分自身しか知らないようなユニークな実体験に基づいて記憶しています。これは、「エピソード記憶」と呼ばれています。エピソード記憶には、自分と他人を区別できる「自己意識」の発達が必須なため、人間でも4歳ぐらいになるまでは習得できないといわれています。

また、このエピソード記憶は、加齢によって低下することが知られています。「あれ、そんなことあったっけなあ」というやつです。これは、脳の中で記憶を司っている「海馬」と呼ばれる部位の機能低下に起因していると考えられています。

記憶の厄介なところは、事実をありのままに記憶しているわけではなく、要素に分解したりカテゴリー化したりして記憶しているといわれている点にあります。

つまり、本当に体験したわけでもない記憶が存在し得るというわけです。大抵は自分の過去のことを思い出すときに、自分を第三者の視点で見ているような映像が蘇ってきます。

記憶にまつわる驚きのニュースを、いくつかご紹介しましょう。

円周率6万桁超え!
驚異の記憶術「記憶の宮殿」

すべては脳で実現している。最新科学で明らかになった私たちの「頭の中」
(画像=すべては脳で実現している。最新科学で明らかになった私たちの「頭の中」)

メモリーアスリート(記憶競技者)という驚異的な記憶力を持つ人々は、「記憶の宮殿」という記憶術を利用しているそうです。この方法を用いて、円周率の6万5,536桁まで記憶することができたとか。

「記憶の宮殿」では、家や公園のような見慣れた場所を思い浮かべ、記憶したい情報をルートに沿って配置し、後でそのルートをたどって収集することで記憶を想起するのだと言います。

ウィーン大学の研究者は、この「記憶の宮殿」記憶術の有効性を科学的に検証しました。

一般人に本格的な「記憶の宮殿」のトレーニングを6週間受けてもらった結果、記憶力の強化が確認されました。その際、機能的MRIを使って脳の活動を観察すると、記憶処理と長期記憶に関与する領域の活動が大きく低下していました。つまり、実際に記憶力がよくなっているのは、頑張って脳を働かせて覚えたり思い出したりしているわけではなく、脳を効率的に働かせられるようになっているためと考えられます。

さらに休憩中の脳の活性を測定した結果、記憶の最中には働いていなかった、長期記憶を担当する領域の働きが活性化し、他の脳機能との接続性が増していました。この結果は、「記憶の宮殿」を使った記憶は休憩中にもかかわらず、脳内で自動的に記憶の長期化が進んでいることを示します。

なお、メモリーアスリートと一般人の脳の活動を比べてみても、記憶の宮殿を移動する際の脳の活動には、有意な差はみられなかったそうです。

ぜひみなさんも、「記憶の宮殿」を実践してみてはいかがでしょうか。

「一度見た顔を忘れない」顔認識能力者を探すためのテスト

人の顔を認識する能力は生まれ持ってのもので、訓練や慣れによって向上することはないのだそうです。空港でパスポートを確認する仕事の人であっても、一般人より有意に優れているわけではないという研究もあります。

一方のスーパーレコグナイザーと呼ばれる人たちは、人口の2~3%しかいないとされており、顔に対する記憶力が非常によいため、指名手配犯の捜査などでの活躍に期待されています。しかし、高い能力を持つ人は常に自分の顔識別能力を過小評価しているため、該当者を探し出すのは困難なのだそうです。

『UNSW Face Test』は、そんなスーパーレコグナイザーを見つけるために、オーストラリアのニューサウスウェールズ大学(UNSW)が開発したテストです。

すべては脳で実現している。最新科学で明らかになった私たちの「頭の中」
(画像=すべては脳で実現している。最新科学で明らかになった私たちの「頭の中」)

最初のテストでは、5秒おきに高画質で撮影された20人の肖像写真を見せられた後、40枚のプライベート写真を見せられ、先ほど覚えた人たちの顔かどうかを「Yes」「No」でチェックします。プライベート写真は、最初の写真より低画質であり、撮影された年齢や写っている角度も異なっており、髪型や化粧も違っているので見た目はだいぶ変化しています。

次のテストは、写っている人物の見た目が大きく異なっている複数の写真の中に、覚えた顔と同じ人物の写真があるどうかをえり分けるものです。

これらのテストでは、ほとんどの人が50~60%のスコアなのに対して、スーパーレコグナイザーは、70%以上のスコアを出すというので驚きです。

ぜひみなさんもチャレンジしてみてはいかがでしょうか。

イカは「死の直前まで衰えない」記憶の持ち主!

エピソード記憶は、意識的な記憶であり、人間特有のもののひとつだと考えられてきました。しかしながら、エピソード記憶のようなものを持っている動物もいるそうです。

例えば、イカは好物を得るためにそれほど好きでないエサを我慢する自制心を持っているなど、知的な振る舞いをすることが知られています。また、「いつ、どこで、何を食べたか」を記憶しており、それをもとに、「将来、いつ、どこで、なにを食べるか」を決めることができるそうです。つまり、イカは「エピソード様記憶」ができ、さらにそれを活用しているのです。

エピソード記憶は、年齢とともに低下するといわれていますが、同様な記憶を持つ動物は大抵長生きなので、エピソード記憶力の低下を研究するのは困難でした。ところが、イカは寿命が短く、多くは2年くらいしか生きないので、年齢とともに記憶力が低下するかどうかを調べるのに適しています。

そこでケンブリッジ大学、マサチューセッツ州ウッズホールの海洋生物学研究所、フランスのカーン大学の研究者らは、24匹のコウイカを用いて記憶テストを実施しました。

半数は生後10〜12カ月の若齢で、残りの半数は、筋肉の機能や食欲の低下など、老化の兆候が見られる生後22〜24カ月の老齢を用いました。

目印をつけ、どの場所にどの種類の餌が出現するかを記憶させ、その記憶に基づいて2つの異なる餌を選択させる訓練を4週間毎日繰り返しました。その結果、年齢に関係なくすべてのイカが、どの目印の場所でどの種類の餌が現れるかを特定することができました。

イカは老いも若きも、いつ、どこで、何を食べたかを覚えていて、それを未来の採餌さいじの判断材料にしていたのです。この能力は野生のイカがどの個体と交尾したかを記憶するのに役立つため、同じパートナーと再び交尾しないようになると推測されています。

=すべては脳で実現している。最新科学で明らかになった私たちの「頭の中」
毛内 拡
脳神経科学者、お茶の水女子大学基幹研究院自然科学系助教
1984年、北海道函館市生まれ。2008年、東京薬科大学生命科学部卒業、2013年、東京工業大学大学院総合理工学研究科博士課程修了。博士(理学)。日本学術振興会特別研究員、理化学研究所脳科学総合研究センター研究員等を経て2018年より現職。同大にて生体組織機能学研究室を主宰。専門は、神経生理学、生物物理学。「脳が生きているとはどういうことか」をスローガンに、基礎研究と医学研究の橋渡しを担う研究を行っている。趣味は道に迷うこと。
主な著書に、第37回講談社科学出版賞受賞作『脳を司る「脳」』(講談社)、『面白くて眠れなくなる脳科学』(PHP 研究所)、『脳研究者の脳の中』(ワニブックス)などがある。

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