本記事は、毛内拡氏の著書『すべては脳で実現している。最新科学で明らかになった私たちの「頭の中」』(総合法令出版)の中から一部を抜粋・編集しています。

学習の秘訣

ノート
(画像=Alexxndr/Shutterstock.com)

「新しい行動の定着」と「古い習慣の発現」のバランス

マウントサイナイ大学アイカーン医科大学の科学者たちは、古い習慣に基づく行動と、新しい学習行動の両方が、背外はいがい線条体と呼ばれるドーパミンに反応する部位で精密に制御されていることを明らかにしました。

背外線条体では、一型のドーパミン受容体(D1受容体)で制御される回路と、二型のドーパミン受容体(D2受容体)で制御される回路が隣り合って存在していますが、D1受容体を持つ神経回路が新しいことを学習するのに対して、D2受容体を持つ回路は以前に学習した習慣的な行動を促すと考えられます。

古い習慣を捨てて新しいことを学習するのは大変な労力ですが、それによって新しいエサを得たり、生存の機会が高まったりすることもあります。革新的な回路と保守的な回路がひとつの脳部位で隣り合って存在し、絶妙なバランスで意思決定をしているというのは、大変興味深い結果です。

適度な休憩が学習効率を上げる

昔から、〝一夜漬け〟は記憶に定着せず、適度に休憩したり、睡眠をしっかり取ったりしながら勉強した方がうまくいくことが多いとされています。

ピアノなどの運動学習でも、その日はどうしてもできなかったフレーズが、一晩たったらできるようになっていたという経験をお持ちの方も多いことでしょう。これは「分散学習」と呼ばれる効果で、19世紀、ドイツの心理学者ヘルマン・エビングハウスが提唱したアイデアです。ただし、その神経メカニズムは、これまで不明なままでした。

ドイツ、マックス・プランク神経生物学研究所などのグループは、マウスに迷路のゴール地点に置かれたチョコレートを探すという課題を与えました。

マウスは1日に3回、同じ形、同じゴールの迷路に挑戦することができますが、課題をクリアした直後に再挑戦できるマウスと、次の挑戦までしばらく待たされるマウスのグループに分けられました。両グループとも、翌日にも同じ迷路に挑戦します。

その結果、同じ日に測定した場合、直後に再挑戦できたマウスの方がゴールにたどり着くまでの時間が短く、再挑戦まで待たされたマウスは、なかなかゴールを覚えられませんでした。

ところが翌日の成績は逆転し、再挑戦までの間隔を長く取ったグループの方が、成績がよくなったのです。

次に研究グループは、学習プロセスを担う「背内側前頭前皮質」という、脳領域の興奮性ニューロンの活動を光に変換する手法を用いて、画像で記録しました。これによって、個々の細胞の活動だけでなく、神経回路の活動パターンを見ることができます。

直感的には、迷路に再挑戦するまでの間隔が短いときには、同じ神経回路が活性化すると予想できます。ところが、実際には、再挑戦までの間隔が長い方が、同じ神経回路パターンを利用していることが判明しました。短い間隔で連続して挑戦した場合はむしろ、毎回異なる神経回路パターンを利用していたのです。

この結果は、学習と学習の合間に長期記憶が強化される「分散学習」が、実際に有効であることを示しています。マウスの場合、最も効果があったのは、30分から60分間隔の場合です。これより短くても長くても、よい成績は得られませんでした。

外国語の学習で音楽力が向上する!?

フィンランドや中国の研究者らは、8歳から11歳の中国人の小学生を対象に、一方には外国語(英語)教育を、そしてもう一方には音楽教育を、それぞれ週2回のペースで1年間かけて行い、その際の脳活動を同時に記録しました。

ここで中国人が選ばれたのは、中国語は、四声しせいといって音の高低で言葉の意味を理解する調性言語であり、音の認識能力と言語能力につながりがあると考えられているためです。

その結果、英語のトレーニングプログラムに参加すると、音楽に関連する音の処理、特に音程の処理、メロディに混じった不正音などを聞き取る、単純な音楽的能力が向上したといいます。

これまで、音楽トレーニングをすると外国語の習得能力が上達するという結果が報告されていましたが、外国語のトレーニングをするだけで音楽の能力も向上するという結果は驚きです。

すべては脳で実現している。最新科学で明らかになった私たちの「頭の中」
(画像=すべては脳で実現している。最新科学で明らかになった私たちの「頭の中」)

この研究から、外国語と音楽が共通の神経回路で処理されていることが示唆されました。このように、共通回路を使って処理している例は他にもあるかもしれません。例えば、天才数学者が楽器の演奏も得意であるなど、多芸に秀でている人は、このような共通回路の使い方が上手なのかもしれませんね。

創造力の高い人は「意味が遠い単語の組み合わせ」が得意

創造性の高い人の特徴のひとつに、「一般によく知られているものを、通常の使い方ではない思いもよらぬ使い方をする」などの、既成概念にとらわれない自由な発想ができる点が挙げられます。これは拡散的思考と呼ばれていますが、既存の創造力テストで測定するのは困難でした。

ハーバード大学の研究者たちは、無関係な単語を挙げる能力で、この拡散的思考を測れるのではないかと考えました。なぜなら拡散的思考が得意な人は、ものごとをさまざまな方法で組み合わせることも得意だからです。

その検証として、98か国の8,914人の参加者に、「できるだけ意味の離れた名詞を10個選んでもらうテスト」(DAT:Divergent Association Task)を行いました。なお、選んだ単語の意味が遠いかどうかは、AIを使って自動でスコア化します。

その結果、意味の遠い単語を選ぶ能力が高い人は、既存の創造性測定テストでも好成績を修めました。

このDATによる拡散的思考の評価法は、既存の創造性測定テストよりも精度が12倍高い結果となったことから、DATは、信ぴょう性の高い、拡散的思考の客観的指標となりそうです。今後、新入社員の採用試験に取り入れることが推奨されるかもしれません。

DATはネット上に公開されているので、挑戦してみてはいかがでしょうか。

すべては脳で実現している。最新科学で明らかになった私たちの「頭の中」
(画像=すべては脳で実現している。最新科学で明らかになった私たちの「頭の中」)

睡眠学習を向上させるのは「ポジティブな満足感」!?

新しく獲得した記憶は、睡眠中に再活性化され、長期記憶として固定されると考えられています。

しかし、脳がどのように「どの情報を再活性化する」か選択しているのかについては、分かっていません。進化の観点から考えると、危険を回避できた経験や、うまい食べ物を見つけられた経験、賞賛や金銭を得た経験など、生存に有利になるような〝おいしい情報〟を保持する必要があります。

スイスのジュネーブ大学の科学者たちは、このような「報酬を受けた経験」が優先的に、睡眠中に処理されるかどうかを検証しました。研究者らは、脳波測定(EEG)と機能的MRI、そしてAIによる機械学習を組み合わせることで、特定の学習内容を思い出している際に生じる、特定の脳活動を特徴づけました。

学習内容には、手掛かりをもとに候補の中から顔を見つける顔当てゲームと、3D迷路を利用しました。これらのゲームは、活性化する脳領域が異なるため、機能的MRIで区別がつきやすいという理由で選ばれました。

実はこのゲームには仕掛けが施されており、2つのゲームのうち必ずひとつは勝てるようにすることで、被験者には、「確実に勝利できた」という快い情動と記憶を経験させます。

また、被験者はゲーム終了後に機能的MRIの中で1~2時間眠るよう指示され、その間の脳活動を再び記録しました。睡眠状態を測定するEEGと機能的MRIを組み合わせ、ゲームのプレイ中に観察された脳活動が、睡眠中に再び表れるかどうかを判断しました。

睡眠中の被験者の脳は、起きている間に経験したゲームと同じ活動パターンを示しました。これは、脳が起きている間に学習した内容をリプレイし、記憶の定着を行っているという過去の報告と矛盾がありません。

一方、眠りが深くなるにつれて、脳の活動パターンは、快い記憶を得た場合と同じパターンを繰り返す傾向が増加しました。このとき、記憶に関連している海馬と、報酬系の一部として知られる腹側被蓋野も同時に活性化していることが明らかとなりました。

さらに、実験の2日後にゲーム内容を問う記憶テストを行った結果、睡眠中にリプレイされていた、快い記憶を持つ内容に関する成績が向上していることが分かったのです。

これらのことは、脳が報酬を感じている刺激に対する記憶を優先的に処理し、より強い記憶として固定することを示しています。

脳は起きているときだけでなく、眠っているときも報酬系に支配されているという報告と、矛盾がありません。

=すべては脳で実現している。最新科学で明らかになった私たちの「頭の中」
毛内 拡
脳神経科学者、お茶の水女子大学基幹研究院自然科学系助教
1984年、北海道函館市生まれ。2008年、東京薬科大学生命科学部卒業、2013年、東京工業大学大学院総合理工学研究科博士課程修了。博士(理学)。日本学術振興会特別研究員、理化学研究所脳科学総合研究センター研究員等を経て2018年より現職。同大にて生体組織機能学研究室を主宰。専門は、神経生理学、生物物理学。「脳が生きているとはどういうことか」をスローガンに、基礎研究と医学研究の橋渡しを担う研究を行っている。趣味は道に迷うこと。
主な著書に、第37回講談社科学出版賞受賞作『脳を司る「脳」』(講談社)、『面白くて眠れなくなる脳科学』(PHP 研究所)、『脳研究者の脳の中』(ワニブックス)などがある。

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