本記事は、毛内拡氏の著書『すべては脳で実現している。最新科学で明らかになった私たちの「頭の中」』(総合法令出版)の中から一部を抜粋・編集しています。

リラックス
(画像=Alena Ozerova/Shutterstock.com)

ジェロントロジー(老年学)とは、加齢に伴って変化する体や、社会の仕組みなどを幅広い観点から研究する学問分野のことです。また、〝健康長寿〟の科学的研究に多くの予算が投入されるなど、世界中の大きな注目を集めています。

脳研究も例外ではありません。しかしながら、脳の老化研究の難しいところは、老化しているのは脳だけでなく全身であるため、さまざまなことが同時多発的に生じており、一体何が脳に影響を与えたのか、切り分けるのが難しい点にあります。
また、マウスですら寿命は2年ほどであるため、老化の研究をするには最低でも9カ月から1年くらいは、なるべく健康なまま飼育する必要があります。それは大変な労力です。

老化というのは必ずしもみなに平等に訪れるわけではありません。「年齢なんてなんのその、ただの数字」と言わんばかりに若いパワフルな高齢者もいて、さらには一度老化しても若返るなんてことも報告されているのです。

驚異のスーパーエイジャー

年を取ると、記憶を鮮明に思い出せなくなります。悲しいことに、年を取るにつれて脳が萎縮し、脳の情報伝達がうまくいかなくなるためです。

ところが、高齢者の中にも、若者と同じように記憶・学習できる「スーパーエイジャー」という人が存在します。これまでの研究で、そんなスーパーエイジャーの脳は萎縮しておらず、若者と変わらない構造と神経ネットワークの接続性を保っていることが知られていました。

マサチューセッツ総合病院の研究グループは、さらにスーパーエイジャーの記憶力の秘密を探るべく、機能的MRIを用いた研究を行いました。

研究では、若年者41名(平均年齢25歳)と高齢者44名(平均年齢68歳)を対象に、単語とペアになった写真をいくつか見てもらいます。そして10分後、同じ写真に加えて別の写真・単語ペアを提示し、それが前回見たものか、それとも初めて目にしたものか答えてもらうという試験を行いました。

その結果、スーパーエイジャーの脳では、見たものを区別する脳領域が若者と同じように活性化していることが判明しました。

年を取ると記憶が鮮明に思い出せなくなるのは、意外なことに視覚に関連する脳領域が関わっており、特定のものを見たときにだけ働くニューロン集団が、他のものを見たときにも反応するようになってしまうからなのです。

ただし、これはあくまで脳の問題であり、目が衰えて見えが悪くなるのとはまた別の話。

スーパーエイジャーの脳が、生まれつき衰えにくいのか、日々の生活習慣の中に何か秘訣があるのかはまだ分かっていませんが、もし後者だとしたら、ぜひとも伝授してもらいたいものですね。

こんな生活習慣に御用心

喫煙しないこと、適度な飲酒、心身ともに活動的であること、バランスの取れた食事、コレステロールや血圧を正常に保つことは、年を取っても脳を健康に保つのに役立ちます。

その他、脳と老化に関わる生活習慣についての研究結果を紹介します。

高齢者のテレビ視聴は〇時間以内で

旅行したり、人と会っておしゃべりしたりするなどの脳を刺激する創造的な娯楽や、本を読むような受動的な娯楽とは異なり、テレビの視聴は、読書ほど受動的ではないけれど、適度に受動的です。ただし強烈な感覚刺激をもたらすという、ユニークな組み合わせを持っているといわれています。

ついついダラダラと見続けてしまうのはこのせいなのかもしれません。

すべては脳で実現している。最新科学で明らかになった私たちの「頭の中」
(画像=すべては脳で実現している。最新科学で明らかになった私たちの「頭の中」)

テレビの視聴が、子どもの認知の発達に及ぼす影響については大きな関心が持たれていますが、高齢者の認知障害、記憶力の低下、アルツハイマーのリスク増加との関連性については、統一的な見解は得られていません。

そこでロンドン大学ユニバーシティカレッジの研究者らは、高齢者の認知能力低下にテレビがどれくらい関与しているかを理解するための研究を実施しました。

50歳以上の成人3,662人のデータを用い、データの地域差や被験者の経済状況、健康状態、生活習慣の影響などを多角的に加味しながら、6年間のテレビ視聴習慣による認知能力の推移を追跡しました。

その結果、3時間までは大丈夫だが、3.5時間以上のテレビ視聴習慣は言語記憶の低下をもたらし、それはテレビの視聴時間の長さに比例することが判明したのです。

これに加えて、夜中までダラダラとテレビを見ることで睡眠時間そのものが短くなったり、睡眠の質が悪くなったりするという弊害は、年齢に関係なく問題となります。

ショートスリーパー認知症の危機

フランス・パリ大学の研究チームは、50歳、60歳、70歳と加齢に伴う睡眠時間の変化が認知症のリスクに与える影響を、7,959人の25年間分の健康データをもとに分析しました。

その結果、70歳以降に認知症と診断されるリスクは、睡眠時間の1日平均が7時間以上の人に比べて、6時間以下の人は約1.2~1.4倍、4時間以下では約3倍高いことが分かりました。そのリスクは50歳でも60歳でも同様でした。

また別の研究では、50~70代の中高年期における睡眠時間が慢性的に短い人は、心血管代謝疾患やメンタルヘルス上の問題といった既知の認知症リスクとは無関係に、認知症の危険度が30%高いことも判明しています。

若者でも、一晩6時間以下の睡眠を2週間続けると、2晩の徹夜に相当する認知機能障害が生じるそうです。どんなに忙しくても、睡眠だけはしっかり取った方がよいですね。

認知症のリスクは「レム睡眠の割合」に反比例

普通、「寝ている間は何も考えていないのだから、脳は休んでいて、あまりエネルギーや酸素は必要ないのではないか」と思われがちです。

しかし、〝寝ている間には、寝ている間特有の脳活動に切り替わる〟と考えるのが正しいでしょう。寝ている間にも脳はしっかりと働いており、そのような特有な脳活動のことを、睡眠と呼ぶべきなのです。

睡眠には、深い眠り(ノンレム睡眠)と浅い眠り(レム睡眠)の周期が存在しています。ノンレム睡眠中には、成長ホルモンの分泌が上昇したり、ストレスホルモンの分泌が抑えられたりするなど、脳や体の回復が促進されると考えられます。

一方でレム睡眠は、一般に夢を見ている睡眠といわれており、脳細胞は、ノンレム睡眠とはまた別の働きをしていると予想されます。このような睡眠のリズムが、精神疾患や認知症の発症リスクに関連していると考えられています。

筑波大学の研究者らが、組織深部を直接観測できるレーザー顕微鏡を利用して、レム睡眠中のマウスの脳の血流が活発になっていることを見いだしました。

つまり、レム睡眠中は脳で活発な老廃物の排出と、新鮮なエネルギーとの物質交換が行われ、脳がリフレッシュされていると考えられます。

認知症の発症のリスクが、脳細胞が発生する老廃物と関連があるとすれば、レム睡眠中の老廃物のリフレッシュが、認知症の発症を抑えるためには重要です。

通常、レム睡眠は90分周期で訪れます。したがって、睡眠時間が短くなるほどレム睡眠の割合も低くなるので、認知症のリスクが高まるというのは、納得の結果といえます。

=すべては脳で実現している。最新科学で明らかになった私たちの「頭の中」
毛内 拡
脳神経科学者、お茶の水女子大学基幹研究院自然科学系助教
1984年、北海道函館市生まれ。2008年、東京薬科大学生命科学部卒業、2013年、東京工業大学大学院総合理工学研究科博士課程修了。博士(理学)。日本学術振興会特別研究員、理化学研究所脳科学総合研究センター研究員等を経て2018年より現職。同大にて生体組織機能学研究室を主宰。専門は、神経生理学、生物物理学。「脳が生きているとはどういうことか」をスローガンに、基礎研究と医学研究の橋渡しを担う研究を行っている。趣味は道に迷うこと。
主な著書に、第37回講談社科学出版賞受賞作『脳を司る「脳」』(講談社)、『面白くて眠れなくなる脳科学』(PHP 研究所)、『脳研究者の脳の中』(ワニブックス)などがある。

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