本記事は、『相続と遺言のことならこの1冊』(自由国民社)の中から一部を抜粋・編集しています

相続と遺言のことならこの1冊
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不動産の相続 不動産の相続に関する問題点とトラブル

相続では、不動産の扱いが最も重要で難しい

■相続に関するトラブルが最も多い資産は不動産です。金額的に、相続財産の中では大きな割合を占めています。また、相続財産の土地や建物に、相続人のうちの1人が居住しているなど、問題が複雑な場合も多く、トラブルの種は尽きません(相続法改正で、配偶者居住権や婚姻期間が20年を超える夫婦間の居住用建物の贈与の特例など配偶者に有利な制度ができた)。

住宅ローン付不動産の相続

銀行の住宅ローンには通常、団体信用生命保険が付いていて、借主が死亡した場合には融資残高は保険金で決済され、ローンは終了します。そのため、相続人はローン残高の支払いに追われることはありません。

しかし、保険付でない場合には、相続人はローンの支払義務も他の相続財産とあわせて相続します。この場合には、名義書換をしてローンの返済を継続するか、残債務の返済をしなければなりません。

農地を相続人の1人だけに相続させる場合

農地の分割を防ぐために、農業を受け継ぐ者にだけ農地を譲りたいという場合には、生前贈与という方法があります。しかし、死亡前1年以内の生前贈与は、他の相続人の遺留分を侵害する場合、遺留分侵害額に相当する金額の支払いを請求されること(遺留分侵害額の請求)があります。

なお、贈与には通常、高率の贈与税がかかりますが、農地は評価額自体が低いので、あまり問題にならないでしょう。

農業従事者への農地の贈与には、納税猶予措置があります。他にも生前に会社を設立し、農地や農業機械などを現物出資して、農業生産法人とする方法があります。この場合は、その会社の出資持分が相続財産となり、農地自体の分割は避けられます。

もう1つ、遺言による方法もあります。遺言は被相続人の最後の意思ですから、相続人に対する心理的な圧迫はかなりあります。ただし、この場合でも各相続人には遺留分があり、遺留分を侵害すると、他の相続人は遺留分侵害額の請求ができます。

いずれの方法も、他の相続人の遺留分を侵害する場合には、あらかじめ他の相続人との間で交渉して、家庭裁判所から遺留分放棄の許可を受けておくべきでしょう。

抵当権付の土地建物の相続

相続した不動産に抵当権が設定されている場合には、以下の2つの場合が考えられます。

1つは、被相続人自身が借金をして、その担保として抵当権を設定した場合です。この場合には、相続人はその借金も引き継ぎますから、債務者として支払義務を負います。

もう1つは、他人の借金を担保するために被相続人が抵当権を設定していた場合です(物上保証人)。この場合には、相続人は物上保証人の立場を引き継ぐだけですから、借金を支払う義務はありません。ただし、債務者が債務を支払わない場合には、その不動産は競売にかけられます。

なお、債務者の地位を同時に相続する場合で、設定されているのが根抵当権だと要注意です。根抵当権は事業に関連して設定されることが多いのですが、相続と同時に被相続人の事業を継続して引き継ぐ場合に問題が起こります。

つまり根抵当権が設定されている不動産について相続が生じると、相続開始前の債務だけを担保するのか、相続人が事業を引き継いだ後に発生する債務も担保するのか決定しなければなりません。この問題に関して民法は、相続開始後の債務も担保するのなら、相続開始後6か月以内にその旨の合意および登記が必要としています(398条の8)。

借地権・借家権の相続

(1)相続と地主/家主からの明渡請求

借地権や借家権も相続財産に含まれます。したがって相続人は、借地権や借家権を引き継ぎ、借地人、借家人となります。

借地人や借家人が死亡した場合、地主や家主が、契約をした本人が死亡したことを理由に、相続人に対して土地や家屋が明渡しを求めてくることがあります。

しかし、相続には地主や家主の承諾などは不要ですから、地主や家主から明渡の請求がされた場合でも、その請求を拒否することができます。また、名義書換料の請求があっても支払う必要はありません。

(2)公営住宅の借家権の相続

公営住宅の場合は例外です。公営住宅の使用権は公法上のもので、その相続を認めると、入居資格を満たさない相続人が入居できることになるからです。最高裁は平成2年10月18日の判決で、公営住宅の使用権は相続財産には含まれないと判断しました。ただし、死亡した入居者の同居の親族は各地方自治体の条例に従って手続をすることで、使用権の承継が認められるのが普通です。

(3)内縁の妻/内縁の養子と借家権

内縁関係の妻や内縁関係の養子は相続人にはなれません。しかし、借地借家法の規定によって、内縁関係であっても一定の要件を満たせば、借家権を引き継ぐことになります。

その要件は、(1)借家が居住用のもので、(2)賃借人が相続人なしに死亡、(3)事実上の夫婦または養親子関係にあって同居していることです。

借家権は、内縁関係でも引き継ぐことが認められていますが、借地権では認められません。

相続と遺言のことならこの1冊
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相続人の1人が、被相続人の土地を借りて家を建てて住んでいたが、他の相続人から明渡を請求された場合
この場合には、賃料を支払って借りていたか、無償で借りていたかによって結論は変わってきます。

賃料を支払って借りていた場合には、借りていた人は賃借権を取得しています。地域によって違いますが、東京地区では、住宅地の賃借権者は、その土地が更地である場合の約70%の権利を持っていると評価されます。したがって借りている土地の70%が賃借権者の権利と考えてよいのです。そして残りの30%が共同相続人全員に帰属し、遺産分割の対象となります。

これに対して無償で借りる契約を使用貸借契約といって、普通は貸主の好意によって締結される契約です。したがって借主にあまり強い権利は認められず、賃借権のように更地価格の何割という評価は決まっていません。また使用貸借における借主の権利は無償で得た権利ですから、被相続人からの贈与と同じに考えられ、この権利も相続財産の中に含めることになります。結果として土地は更地として評価され、相続人全員に帰属し、遺産分割がなされます。

そして使用借権者は、その土地の価額が自分の相続分を超える場合には、超える部分については他の相続人に金銭で支払って土地の所有権を取得するか、遺産分割協議で他の相続人を説得するかしかありません。
相続と遺言のことならこの1冊
●監修・執筆代表者紹介
石原 豊昭(いしはら・とよあき)
昭和3年、山口県に生まれる。中央大学卒業。元弁護士(東京弁護士会所属)。相続問題に造詣が深く、多くの難事件も処理している。日本および世界の相続制度は研究テーマの一つ。著書に『財産相続トラブル解決なんでも事典』「みんなが安心遺書の正しい書き方・活かし方」『遺産分割と紛争解決法』『訴訟は本人で出来る(共著)』(以上、自由国民社)など多数。平成27年逝去。

▷第8版から監修
國部 徹(くにべ・とおる)
昭和35年生。東京大学法学部卒業。平成4年弁護士登録、平成10 年國部法律事務所開設。
一般民事・家事事件をはじめ、労働事件や倒産事件、刑事事件など日常の出来事全般、また主に中小企業向けの法務を扱う。著書に『労働法のしくみ』『労働審判・示談・あっせん・調停・訴訟の手続きがわかる』(共著)「戸籍のことならこの1冊』(共著)<いずれも自由国民社>などがある。
●執筆者紹介
飯野 たから(いいの・たから)
昭和27年、山梨県生まれ。慶応義塾大学法学部卒業。フリーライター。著書に『男の離婚読本(共著)』『戸籍のことならこの1冊(共著)』 『非正規六法』(以上、自由国民社)などがある。
内海 徹(うつみ・とおる)
昭和16年、宮崎県生まれ。早稲田大学法学部卒業。法律ジャーナリスト。著書に『債権回収のことならこの1冊(共著)』『「遺言」の書き方と文例集(共著)』『(以上、自由国民社)等がある。
真田 親義(さなだ・ちかよし)
昭和24年、熊本県生まれ。熊本大学法学部卒業。 (有)生活と法律研究所所長。著書に『自己破産借金完全整理なんでも事典(共著)』『交 通事故の示談交渉手続マニュアル』『示談・調停・和解による解決事典(共著)』など がある。
矢島 和義(やじま・かずよし)
昭和26年生まれ。鹿児島県出身。税理士(東京税理士会所属)。著書に『有限会社経理事務』(西東社)などがある。
和田 恵千子(わだ・えつこ)
島根県出身。税理士( 東京税理士会所属)。

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