本記事は、『相続と遺言のことならこの1冊』(自由国民社)の中から一部を抜粋・編集しています

相続と遺言のことならこの1冊
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相続の法的性質 相続とはどういうことをいうのか

相続が開始するのは人が死亡したときだけではない

■相続なんて誰でも知っていると思われるかもしれませんが、法律相談に来る人の中でも、正しく理解している人は少ないのです。間違った理解は大きなケガの元です。ジックリ読んで理解してください。

相続とはどういうことか

相続に関する事柄を定めているのは、民法です。民法の第五編が相続で、相続に関する条文が並べられています。

条文によれば、「相続人は、相続開始の時から、被相続人(死亡した人)の財産に属した一切の権利義務を承継する。ただし、被相続人の一身に専属したものは、この限りでない」と規定しています(896条)。

まず、わかることは相続というのは、「財産相続」に限られること。戦前のように、長男が戸主の身分を相続するようなことはないわけです。

つぎに、「一切の権利義務」を相続するとありますから、現金や土地家屋の所有権といった権利ばかりではなく、借金の返済義務や買掛代金の支払義務または保証人としての保証債務を負う義務なども相続することになります。

ですから、相続があっても債務などの負債の方が多い場合もあるわけで、その場合でも相続するか、相続を放棄するかが迫られることになります。

例外として、被相続人の「一身に専属する権利」は相続の対象外だとしています。この一身専属権とは、扶養請求権、年金請求権のように被相続人だけが享有または行使できる権利のことを言います。

かつては、交通事故で死亡した場合などの慰謝料請求権も、一身専属権であるから相続は認められないとされていましたが、請求の意思を表示した、あるいは表示したものとみなされる時から、一般の請求権となるから、相続の対象となるとの最高裁判所の判例以来、相続が認められるに至っています。

相続はどんな場合に開始するのか

民法の相続編の最初の条文は、「相続は、死亡によって開始する」とあります(882条)。したがって、共同相続人がその持分に応じて死亡と同時に相続します。遺産分割は後のことです。ガンによる病死であろうと交通事故による死亡であろうと、死亡の事実が発生すれば、相続は開始する原則を示したものです。

では、いつの時点をもって「死亡」と認定するかとなると、これがはっきりしません。従来は、心臓の停止をもって人の死としていました。心臓移植や腎臓移植で話題になった臓器移植法では、人の死を「脳死」としています。脳死と心臓死との間に時間差があり、これを悪用して婚姻届の提出などがなされないとも限りません。現在は、脳死が人の死か、心臓死が人の死かという争いは裁判になっていませんが、そのうち出てくるかもしれません。

同時に死亡したときの相続はどうなるか

死亡の時期に関して問題になるのは、親と子、あるいは夫婦が、同一の事故などにより死亡し、死亡時期の先後がわからないという場合、相続はどうなるかということです。

たとえば、親の方が先に死亡ということになれば、死亡した子は親の財産を相続できますので、子の配偶者や孫が親と子の両方の財産を相続することになります。子の方が先に死亡したとなると、子に配偶者や孫がいなければ、子の財産を親が相続することになり、親の死亡によって親の親(祖父母)あるいは親の兄弟が親の配偶者と一緒に相続することになります。

これに判断を下すため、昭和37年に同時死亡推定の規定が設けられました。「数人の者が死亡した場合において、そのうちの1人が他の者の死亡後なお生存していたことが明らかでないときは、これらの者は同時に死亡したものと推定する」というのがその内容です(民法32条の2)。

相続というのは、ある人が死亡したときに生存していた相続人が相続することです(これを「同時存在の原則」と言います)。

同時に死亡したと推定されることになりますと、同時存在の原則により、同一事故で死亡した当事者間では相続は開始しないことになります。

なお、同時死亡の規定は「推定する」とありますから、何らかの証拠が得られて死亡の先後がわかれば、推定は覆されることになり、当事者間の相続は当然開始します。

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死亡とみなされる場合もある

人が死亡した場合に相続が開始するというのが原則ですが、死亡ではなく、死亡とみなされる場合にも、相続は開始します。

たとえば、蒸発などの場合のように、不在者の生死が7年間分からない場合には、親、妻、兄弟、債権者などの利害関係人は、家庭裁判所に対して、失踪宣告を申し立てることができます。これを普通失踪と言います(民法30条)。また、戦地に臨んだ者、または沈没船に乗っていた者、あるいは地震、洪水、雪崩などの危難に遭遇した者などの場合は、戦争が終わった、船舶が沈没した、あるいは危難が去ったあと1年間その者の生死が不明な場合も同様です。これを特別失踪と言います。

失踪宣告を受けると、普通失踪の場合は7年経った時、特別失踪の場合は危難が去った時に、死亡したものとみなされます。

失踪宣告が出された時には、宣告の請求をした者または利害関係人は、失踪宣告の審判書を添付して、審判の出された日から10日以内に失踪宣告届を市区町村役場へ届け出ることが必要です。法律上は、死亡した者と同じ扱いになるわけですから、当然、相続が開始します。

認定死亡は、水難や火災等での死亡で、警察署長などが死亡を認定し報告することで戸籍に死亡の記載がされる制度です。東日本大震災では、震災後3か月を経過した行方不明者について死亡の認定がされました。

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相続財産 相続の対象となる財産にはどんなものがあるか

遺産分けをする前に相続財産の洗い出しが不可欠

■相続の最終的な形は、それぞれの相続人が被相続人のそれぞれの財産を円満に承継することです。そのためには相続の前提である相続財産に何があるのか、その評価はどれくらいか、負債はないかなどの調査が欠かせません。できれば、相続財産の一覧表を作るとよいでしょう。

相続財産の調査が必要な訳は

相続というのは前にも述べた通り、現金、預貯金、株券、不動産といった積極財産(プラス財産)ばかりを相続するわけではなく、借金、買掛金、保証債務などの消極財産(マイナス財産)も相続するのが原則です。

相続人が相続の開始したことを知って、何ら法律的な手続きを取らないまま(一般的には何もしないのが普通でしょうが)3か月が過ぎてしまいますと、全財産をそのまま相続したものとして扱われます(単純承認と言います)。

すなわち、被相続人に所属するプラス財産もマイナス財産も相続することになるわけです。

被相続人がどのような財産を持っていたかは、一緒に生活していてもわからない場合があり得ますし、まして遠く離れて生活していれば、まずわからないでしょう。

わからないままに単純承認となると、被相続人が大きな負債を抱えていた場合には、否応なく相続しなければならないのです。

あらかじめ負債の方がプラス財産より多いことがわかっていれば、相続権を放棄することもできます。

また、相続財産が種々雑多で、プラス財産もマイナス財産もあるという場合は、プラス財産の限度で相続する方法(限定承認)もあります。

いずれにしろ、相続が開始したら、被相続人にはどんな財産があるのかを調べ、財産の種類が多いようでしたら一覧表を作りましょう。その財産の大まかな評価をすることが必要で、遺産分割の際にも役立ちます。

相続できる財産と相続できない財産

民法では、相続は「被相続人に属した一切の権利義務」が相続人に全て承継される包括承継であると定めています。

その例外が、被相続人の一身に専属する権利義務(民法896条後段)です。この一身専属権というのは、被相続人だけに帰属し、相続人に帰属することのできない性質を持った権利義務のことを言います。

ほとんどが身分上の関係から生ずるものですが、扶養請求権、離婚に伴う財産分与請求権などがこれに当たります(財産分与請求権は分与請求をした後で死亡した場合には請求できるというのが判例)。

その他、生活保護法による保護受給権、後で述べる特別縁故者の相続財産分与請求権も一身専属権だというのが判例です。

また、お墓、墓地、仏壇、位牌などの祭祀財産は相続財産から除外され、祖先の祭祀を主宰する者が承継することになっています(897条)。しかし、それ以外の権利義務の中にも、果たして相続されるのかどうか問題になるものもあります。それを見てみましょう。

(1) 著作権など ── 特許権、実用新案権、意匠権、商標権といった工業所有権も著作権も相続の対象になります。ただし、著作人格権と言われる公表権、氏名表示権などは相続の対象にはならず、著作者の遺族の固有の権利となります。

(2) 遺骨の所有権 ── 以前にブランド品会社の社長の遺骨をめぐっての争いがマスコミを賑わせましたが、判例では遺骨にも所有権があり相続できるとしています。

(3) 退職金 ── 死亡退職金の支給に関しては、法律や労働協約・就業規則等で受給権者の要件や範囲が定められていますので、受給権者がその固有の権利として請求できます。しかし、退職金は本来、被相続人の生前に支払われるべき賃金の一部が積み立てられて支払われるという性質を持っていますから、受給権者が共同相続人であれば、その間の公平を保つために特別受益の対象となると考えられます。

マイナス財産とはどんなものか

相続の対象となるマイナス財産にもいろいろなものがあります。ポピュラーなものは、お金を借りていた金銭債務、商品を買った買掛金債務でしょうが、それに限られるものではありません。地代や家賃の支払債務、手形債務、滞納税金、変わったところでは罰金納付義務も相続の対象だとする判例もあります。

もちろん、一身専属的な債務は相続の対象にはなりません。すなわち、扶養義務や身元保証債務は一身専属権ですから、相続されません。ただし、身元保証債務の場合は、損害が発生して金額の確定したものは、普通の金銭債務に転化していますので、相続の対象になります。

では、連帯債務や連帯保証はどうでしょうか。連帯債務は、2人以上の者が連名で債務を負担し、各債務者が全額について返還義務を負うものを言います。連帯保証は、債務者と同じ責任を負う内容の保証です。

連帯債務に関する判例は、金銭の連帯債務については、各共同相続人はその相続分に応じて、法律上当然に分割された債務を承継し各自承継した範囲において、本来の債務者と共に連帯債務者になるとしています。

連帯保証についても、同様に相続の対象になると考えられます。

では、根保証はどうでしょうか。これは継続的な金融取引などに利用される連帯保証の一つで、あらかじめ限度額を定めておき、その範囲内の継続的取引から生じた一切の債務について責任を負わせるものです。

民法は貸金等の根保証については、保証人が死亡したときに元本は確定するとしています(465条の4)。したがって、確定したこの分の根保証債務を相続することになります。

相続と遺言のことならこの1冊
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相続と遺言のことならこの1冊
●監修・執筆代表者紹介
石原 豊昭(いしはら・とよあき)
昭和3年、山口県に生まれる。中央大学卒業。元弁護士(東京弁護士会所属)。相続問題に造詣が深く、多くの難事件も処理している。日本および世界の相続制度は研究テーマの一つ。著書に『財産相続トラブル解決なんでも事典』「みんなが安心遺書の正しい書き方・活かし方」『遺産分割と紛争解決法』『訴訟は本人で出来る(共著)』(以上、自由国民社)など多数。平成27年逝去。

▷第8版から監修
國部 徹(くにべ・とおる)
昭和35年生。東京大学法学部卒業。平成4年弁護士登録、平成10 年國部法律事務所開設。
一般民事・家事事件をはじめ、労働事件や倒産事件、刑事事件など日常の出来事全般、また主に中小企業向けの法務を扱う。著書に『労働法のしくみ』『労働審判・示談・あっせん・調停・訴訟の手続きがわかる』(共著)「戸籍のことならこの1冊』(共著)<いずれも自由国民社>などがある。
●執筆者紹介
飯野 たから(いいの・たから)
昭和27年、山梨県生まれ。慶応義塾大学法学部卒業。フリーライター。著書に『男の離婚読本(共著)』『戸籍のことならこの1冊(共著)』 『非正規六法』(以上、自由国民社)などがある。
内海 徹(うつみ・とおる)
昭和16年、宮崎県生まれ。早稲田大学法学部卒業。法律ジャーナリスト。著書に『債権回収のことならこの1冊(共著)』『「遺言」の書き方と文例集(共著)』『(以上、自由国民社)等がある。
真田 親義(さなだ・ちかよし)
昭和24年、熊本県生まれ。熊本大学法学部卒業。 (有)生活と法律研究所所長。著書に『自己破産借金完全整理なんでも事典(共著)』『交 通事故の示談交渉手続マニュアル』『示談・調停・和解による解決事典(共著)』など がある。
矢島 和義(やじま・かずよし)
昭和26年生まれ。鹿児島県出身。税理士(東京税理士会所属)。著書に『有限会社経理事務』(西東社)などがある。
和田 恵千子(わだ・えつこ)
島根県出身。税理士( 東京税理士会所属)。

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