本記事は、『相続と遺言のことならこの1冊』(自由国民社)の中から一部を抜粋・編集しています

相続と遺言のことならこの1冊
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遺産の整理 遺産はどう整理しておけばいいか

遺産目録を作っておくといい

遺産目録を作っておくと便利である

これから遺言をしようとする人は、たとえ相続人が1人でも、まず自分の財産について整理し、財産目録を作ってください。

自宅の土地建物や自動車、愛用の装飾品など遺言者本人の身の回りにあるものはともかく、どの金融機関にどんな預金があるか、住宅ローン以外に個人的な貸し借りがあるか、などということは、家族でも意外と知らないものです。本人もすべてを覚えているとは限りません。

しかし、財産目録があれば、相続人は遺産を探す手間が省けますし、受け取れる遺産の全容がわかります。相続人同士のトラブルも防げるのではないでしょうか。遺言者にとっても、遺言を作る場合に便利です。

なお、預貯金や貸付金などの債権は、相続開始時にそのすべてを把握できてなくても、相続の権利がなくなるわけではありません。

ただ、債権には消滅時効があり、相続財産となった債権も、相続人が相続開始(被相続人が死亡したこと)を知ったときから5年間、あるいは相続開始から10年間、権利を行使しないときは時効です(民法166条)。時効期間が過ぎても、相続人は債務者に相続債権の請求はできますが、債務者が時効を主張した場合には、回収することができません。

また、特許権や実用新案権は、遺言者が死んでも、相続人は自動的に相続したものとしてその権利を取得しますので、原則として移転登記の必要はありません。ただし、相続したことを特許庁長官に届け出なければなりません。

遺産の目録は遺言と一緒に保管すること

財産目録には、一般的に財産的価値のあるものだけを記載すればいいと思います。ただし、土地家屋や預貯金、動産や売掛金といった、いわゆる資産だけでなく、ローンや買掛金、人を雇っているならその使用人に払う予定の未払賃金など負債(マイナスの資産)も載せることを忘れないでください。遺産が差引で負債の方が多いとわかれば、相続人は遺産相続の権利を放棄することもできます。

なお、財産目録があれば、相続人間で遺産分割協議をする場合、もっと他に遺産があるのではないかとか、相続人の誰かが意図的に遺産の一部を隠しているのではないかなどと、互いに疑心暗鬼に陥ることもないでしょう。

また、節税などの相続税対策を考えるためにも、財産目録は必要です。

たとえば、相続税支払いのため遺産の一部を処分する必要がある場合、個々の資産を比較して、より換金性が高く、不要なものを選ぶことができますし、遺贈や生前贈与を利用することにより、課税される相続財産を減らすこともできます。

なお、作った財産目録は紛失しないように、遺言とともに保管しておくといいでしょう。

未登記物件があるとトラブルの元になる

財産目録を作る目的は、まず自分の死後、相続人の遺産を探す手間を省くという点です。

次に、相続人が遺産分割協議の際に、節税や効率的な遺産分配をするための資料作りという側面もあります。

さらに、遺言者自身が自分の財産を整理することで、相続の際トラブルとなりそうな原因を見つけて未然に処置しておけるという利点もあるのです。

たとえば、不動産を相続しても、相続人がその物件の所有権を自分名義に移転登記せず、未登記のまま(被相続人名義のまま)残しておくことも珍しくはありません。

登記費用もかかりますし、その手間も面倒だからです。相続税や毎年の固定資産税の支払いさえ怠らなければよく、税務上は移転登記をしなくても問題ありません。

移転登記が問題になるのは、売買や借金の担保とするときだけです。しかし、このような未登記物件は何らかのトラブルを引き起こすこともあります。

次のような事例で考えてみましょう(図参照)。

相続と遺言のことならこの1冊
(画像=相続と遺言のことならこの1冊)

〔事例〕祖父Xの土地A地を相続した父Yが死亡し、その息子yがA地を相続するという場合です。そして、YとZ(Yの兄弟)のXの遺産に対する法定相続分は均等ですが、Xの遺産を相続する時点では、Yが資産価値の高いA地を相続することにZも納得していたとします。

A地について、XからYへ相続登記がしてあれば、A地をYが相続することに何の問題もありません。しかし、未登記のままだと、問題が生ずる恐れがあります。

極端な例ですが、A地よりはるかに価格の低いB地を相続したZが、未登記であることをいいことに、A地について自分の相続分を主張する可能性もないとは言えないのです。

この場合、Xの遺産分配について、YZ間で覚書のようなものを交わしていれば問題ありませんが、単なる口頭での了承だけでは証明が面倒です。

最終的に立証できるにしても、裁判にでもなれば手間も費用もかかります。しかし、Yがキチンと相続による移転登記をしておけば、この手間が省けるわけです。

遺言の撤回の方法は
遺言者は、いつでも遺言の全部または一部を撤回できます。ただし、撤回は、一定の方法でしかできません(民法1022条以下)。

具体的には、次の3つがあります。

(1)前の遺言に抵触する遺言(撤回の遺言)を書く(1023条1項)

前の遺言と矛盾する内容の遺言を書けば、その抵触する部分は、後の遺言で前の遺言は撤回されます。遺言で「全財産をAに譲る」と書き、半年後に「全財産をBに譲る」と書いた場合、作成日の後の遺言の方が有効です。

(2)遺言の内容に抵触するような行為を遺言後にする(同条2項)

たとえば、「私の車はCに譲る」と遺言に書いても、相続開始までに車をC以外の第三者に売ってしまえば、Cに譲る車はなくなります。これは、事実上、遺言を撤回したのと同じです。
ただし、抵触しない部分については、前の遺言内容が有効です。

(3)遺言者が故意に、遺言書を破った場合(1024条)

遺言のうち、破棄された部分のみが撤回されたことになります。

どんなものが相続財産(遺産)になるか(財産目録に載せておきたいもの)

相続財産の種類財産目録に載せる内容など揃えておく書類等
土地および建物 ・ 所在、地積、建物面積、用途(居住用など)、現況(更地、駐車場など)の他、物件を特定できる資料 ── 賃貸物件は賃借人の氏名や賃料など賃貸条件
・ 未登記の物件は、取得の経緯や未登記の理由を書いておくといい
・ 借地、借家の場合は、地主や家主の氏名、賃料などを書いておくといい
・ 登記簿謄本(または登記事項証明書)と公図
・ 固定資産税評価額等物件価格がわかるもの
・賃貸借契約書
農地・山林など
その他の土地
・ 所在、地積など ── 賃貸物件は賃借人の住所氏名や賃料など賃貸条件 ・登記簿謄本と公図
・賃貸借契約書
預貯金
債券
・ 金融機関ごとに、定期性預金と普通預金など流動性のものとに分け、それぞれの口座ごとに残高を記載する(定期預金は満期日や預入条件も書いておくといい)
・ 債券類は保護預りのものと無記名のもの(証券現物を所持)に分け、詳細を記載しておく
・預貯金の通帳類
・使用する銀行印
・無記名債券の現物
株式 ・ 銘柄、株数など ── 売却に制限のある株式については、その旨も記載しておく ・証券会社の明細書
自動車 ・ 車種、年式、ナンバーなどを記載(個人名義でも会社で使っているものは付記すること) ・車検証
・自動車保険の証券
会員権(ゴルフ・ジム・レジャー施設など) ・ 相続が可能なもの(規約上、相続が認められている)のリスト ── 施設名、連絡先の他、購入価格や年会費など、わかる範囲で記載する ・会員権の証書
・購入時の領収書など
動産(書画・骨董・宝石類など) ・高額なものは1点ずつ記載した方がいい ・保管証など
生命保険金 ・保険会社ごと、保険ごとに、受取人、金額を記載 ・保険証券など
特許権・実用新案権・意匠権・商標権・著作権 ・できるだけ細かく記載すること(相続による移転登録をしないと相続人の権利が発生しない権利もあるので必ず記載のこと) ── 各権利ごとに存続期間があることに注意 ・登録許可証など
貸金債権
売掛債権
労働債権など
・金額、利息、満期があるものは、その内容を具体的に記載しておくこと ── 個々の債権ごとに記載しておくといい
★債権には時効期間があるので注意すること時効期間は、改正民法の施行(令和2年4月1日)後は、給料の3年を除き5年に統一された(166条・消滅時効)
・借用書・領収書
・売掛帳
・給料明細など
裁判上の損害賠償請求権 ・ 原告でも被告でも、民事裁判で係争中のものは記載のこと
債務不履行の請求権は、権利行使できることを知ったときから5年以内、権利行使できるときから10年以内(人の生命、身体への侵害によるものは20年以内)、不法行為は3年以内(生命・身体への侵害は5年以内)、20年以内
・訴状の控えなど
借入金など債務 ・金額や利息、支払日など個々の取引ごとに詳しく記載しておくこと(たとえば住宅ローンのほか、消費者金融会社、カード会社からの借入金も) ・ 金銭消費貸借契約書の控えなど
* 株式会社、特例有限会社など、いわゆる会社組織になっている場合、個人の財産と会社の財産と混同しないよう、キチッと分けて記載しておくことが必要です。
相続と遺言のことならこの1冊
●監修・執筆代表者紹介
石原 豊昭(いしはら・とよあき)
昭和3年、山口県に生まれる。中央大学卒業。元弁護士(東京弁護士会所属)。相続問題に造詣が深く、多くの難事件も処理している。日本および世界の相続制度は研究テーマの一つ。著書に『財産相続トラブル解決なんでも事典』「みんなが安心遺書の正しい書き方・活かし方」『遺産分割と紛争解決法』『訴訟は本人で出来る(共著)』(以上、自由国民社)など多数。平成27年逝去。

▷第8版から監修
國部 徹(くにべ・とおる)
昭和35年生。東京大学法学部卒業。平成4年弁護士登録、平成10 年國部法律事務所開設。
一般民事・家事事件をはじめ、労働事件や倒産事件、刑事事件など日常の出来事全般、また主に中小企業向けの法務を扱う。著書に『労働法のしくみ』『労働審判・示談・あっせん・調停・訴訟の手続きがわかる』(共著)「戸籍のことならこの1冊』(共著)<いずれも自由国民社>などがある。
●執筆者紹介
飯野 たから(いいの・たから)
昭和27年、山梨県生まれ。慶応義塾大学法学部卒業。フリーライター。著書に『男の離婚読本(共著)』『戸籍のことならこの1冊(共著)』 『非正規六法』(以上、自由国民社)などがある。
内海 徹(うつみ・とおる)
昭和16年、宮崎県生まれ。早稲田大学法学部卒業。法律ジャーナリスト。著書に『債権回収のことならこの1冊(共著)』『「遺言」の書き方と文例集(共著)』『(以上、自由国民社)等がある。
真田 親義(さなだ・ちかよし)
昭和24年、熊本県生まれ。熊本大学法学部卒業。(有)生活と法律研究所所長。著書に『自己破産借金完全整理なんでも事典(共著)』『交通事故の示談交渉手続マニュアル』『示談・調停・和解による解決事典(共著)』など がある。
矢島 和義(やじま・かずよし)
昭和26 年生まれ。鹿児島県出身。税理士(東京税理士会所属)。著書に『有限会社経理事務』(西東社)などがある。
和田 恵千子(わだ・えつこ)
島根県出身。税理士( 東京税理士会所属)。

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