本記事は、犬塚壮志氏の著書『頭のいい人の対人関係 誰とでも対等な関係を築く交渉術』(サンクチュアリ・パブリッシング)の中から一部を抜粋・編集しています。

会話
(画像=Ljupco Smokovski/stock.adobe.com)

頭のいい交渉は「第3の解」を捻り出す

─ヘーゲルの弁証法で膠着こうちゃく状態をぶち壊す─

【こんなときに】話が平行線になってしまったとき交渉を一段上のレベルでまとめたいとき
  • 会議で相手と意見が割れて、平行線となってしまったとき
    →「実は、この2つの案の両方の目的を達成できる別の案がありまして、その案というのが○○です」
  • 地域住民たちと行政の話し合いで膠こう着ちゃく状態が続いているとき
    →「A案とB案、平行線のままでは時間だけが過ぎてしまいます。そこで、C案を検討してみませんか?」
  • 友人同士が揉めてしまい、仲裁したい
    →「Aの言い分もわかった。Bの怒りのポイントもわかった。2人が気まずいままだと自分もつらいから、○○してみないか」
頭のいい人の対人関係
頭のいい人の対人関係
(画像=頭のいい人の対人関係)

概要

相手と意見がぶつかって平行線になってしまったとき、どうすればこの状況を脱却できるでしょうか? 一般的には次の2つのどちらかで対応します。1つは、仕方なく相手の意見を飲む。もう1つは、自分の意見を無理やり押し通してしまう。いずれにしても、気持ちがすっきりしなかったり、ハレーションが起こってしまったりするでしょう。

この2つ以外の解決策はないのでしょうか? 実は、あるんです。それは、互いの意見ではない、まったく別の意見にすること。つまり、「第3の解」をつくって提案することです。

自分の意見を「テーゼ(正)」、相手の反対意見を「アンチテーゼ(反)」といいます。この2つの矛盾点を解決して統合した第3の解のことを「ジンテーゼ(合)」といいます。自分の提案(テーゼ)と相手の提案(アンチテーゼ)がぶつかったときに、そのいずれでもないワンランク上の新たな提案(ジンテーゼ)をつくり出し、それを相手に提示することで、膠着状態から脱却できるのです(図)。

「実は、この2つの案の両方の目的を達成できる別の案がありまして、その案というのが○○です」

このようなフレーズを使い、ジンテーゼを提案します。交渉や議論において、互いの提案が対立しているときに、双方が納得した状態で交渉を着地させるには、第3の解(ジンテーゼ)の提案が非常に効果的なのです。

新たな提案(ジンテーゼ)

自分の提案(テーゼ) 相手の提案(アンチテーゼ) 対立

用いている理論・原理 弁証法

第3の解(ジンテーゼ)をつくるときの考え方のベースにあるのは「弁証法」と呼ばれるものです。弁証法という言葉は、哲学や論理学で使われているもので意味は多岐にわたります。ここではドイツの哲学者ヘーゲルが提唱している「物事の否定を通じて、新たな、より高次の物事へ止揚しようさせる対話の方法」の意味として使うことにします。

止揚しよう」とは、対立する2つの関係を1つ上の次元に引き上げるというもの。ドイツ語で「アウフヘーベン」といいます。矛盾点を見つけ、それを否定しながら、意図的に広げていくのです。そうすることで、互いの意見を1つ上のレベルに押し上げ、ジンテーゼをつくることができるのです。

習得のコツ

第3の解(ジンテーゼ)をつくるコツは2つあります。

  • コツ(1) 手段ではなく目的にフォーカスする
  • コツ(2) 結論ではなくプロセスにフォーカスする

コツ(1)の「手段ではなく目的にフォーカスする」は、双方の提案(テーゼ&アンチテーゼ)を手段と捉え、それぞれの目的を深掘りします。そして、それぞれの目的を達成できる「共通の利害」を見つけ、そこから逆算して新たな手段(ジンテーゼ)を生むのです(図)。

頭のいい人の対人関係
(画像=頭のいい人の対人関係)

その場ですぐにジンテーゼをつくって提案するには少し慣れが必要かもしれません。相手の提案(立場)と、その裏に潜む本来の目的(利害)に関する情報をできるだけ交渉前に手に入れておくようにしましょう。

そのうえで、相手に伝えるときには、ジンテーゼが双方の提案(テーゼ&アンチテーゼ)の目的を達成できる理由を伝えます。「なぜ、この○○が互いのメリットになるのかというと、……」のようなフレーズで、お互いの提案がなぜ統合できているのかをアピールするのです。

コツ(2)の「結論ではなくプロセスにフォーカスする」は、相手の出した結論に反対するのではなく、相手がその結論に到達したプロセスに対して異を唱えます。最もシンプルなのは、相手が結論を出すに至った理由に対してフォーカスする方法です。結論を下支えしている理由に対してアプローチを変更する。つまり、別経路のロジック(論理)に導くことで第3の解(ジンテーゼ)を生み出しやすくなるのです。

頭のいい人の対人関係
(画像=頭のいい人の対人関係)

用いる際の注意事項

第3の解(ジンテーゼ)を伝える際、相手に新たな反対意見だと思われないように注意しましょう。ジンテーゼが「反対意見である」と受け取られてしまった瞬間、相手にメンタルブロック(心の障壁)ができ、聞く耳を持ってくれない可能性が出てくるからです。

相手とぶつからず、かつ、相手が腹落ちしてくれるように伝えるには、第3の解(ジンテーゼ)を伝える直前に、以下の2ステップを行います。これによって、相手のメンタルブロックを防ぐことができます。

  • STEP(1) 相手の意見をリピートする
  • STEP(2) 自分の意見を要約し、再度、相手に確認する

STEP(1)「相手の意見をリピートする」ではまず相手の意見や提案を再確認します。「改めて確認させていただきたいのですが、○○さんのご提案は、□□であるということで間違いないでしょうか?」のようなフレーズです。

疑問形で確認することで角が立たなくなります。これは「バックトラッキング」というテクニックです。

このとき気をつけたいのは、相手の意見や提案をむやみやたらに要約しようとしないことです。「○○さんの提案は、要は、□□ってことですね」のような決めつけ的な言い回しや、「要は」のようにまとめるフレーズを用いると、相手から反感を買うことがあります。「自分の話を簡略化するんじゃない!」と心の中で腹を立てたり、「私、そんなに簡潔に話せていなかったのかな……」と落ち込んだりする人もいます。

したがって、たとえ要約するとしても、「要は」「つまり」は極力用いず、疑問形で伝えることで、相手の感情を逆撫でせずに、交渉を進めることができます。

STEP(2)「自分の意見を要約し、再度、相手に確認する」では、自分の意見や提案を要約し、改めて相手に確認します。自分の意見(テーゼ)と相手の意見(アンチテーゼ)がそれぞれが異なっていることを、お互い正確に把握するのが狙いです。「念のため、再度、私の考えをまとめておくと、○○ということです」のようなフレーズを使います。

互いの意見に対するそれぞれの認識にズレがあると、第3の解(ジンテーゼ)の説得力が弱まってしまいます。つまり、相手にとっては、あなたが提示する第3の解(ジンテーゼ)が双方の提案を統合したように見えず、急に別の提案をされたように思えてしまうのです。

身を守るために相手が第3の解(ジンテーゼ)を出し、互いにより利益が大きくなるのであれば問題ありません。ただ、相手がジンテーゼをつくることに慣れていない、もしくは悪意がある場合、単なる「別案」にされてしまうことがあるので注意が必要です。第3の解(ジンテーゼ)は、テーゼやアンチテーゼに比べ、互いの利益が確保されていなければなりません。そのため、単なる別案をジンテーゼと捉え間違えないようにしましょう。私はこのような単なる別案を「ジンテーゼもどき」と呼んでいます。

相手が別案を出しても、結局それがテーゼやアンチテーゼに比べ、お互いのメリットに影響をあたえないのであれば、交渉としては失敗です。ジンテーゼもどきに惑わされないよう、共通の利害をしっかり確認しましょう。

まとめ

  • 互いの意見がぶつかったときは、物事の否定を通じて、新たなより高次の物事へ止揚させる対話する(弁証法)
  • 自分の意見を「テーゼ」、相手の反対意見を「アンチテーゼ」、この2つの矛盾点を解消して統合した第3の解を「ジンテーゼ」という
  • ジンテーゼは交渉のレベルをもう一段上に引き上げてくれる
頭のいい人の対人関係
犬塚壮志
教育コンテンツ・プロデューサー/株式会社士教育代表取締役
福岡県久留米市生まれ。元駿台予備学校化学科講師。東京大学大学院学際情報学府博士前期課程修了(学際情報学修士)。
大学在学中から受験指導に従事。業界最難関といわれている駿台予備学校の採用試験に当時最年少の25才で合格。年間1,500時間以上の講義を行う中で、難易度の高い内容を理解・納得させるだけでなく、やる気の出ない生徒らを言葉だけで勉強にのめり込ませる話し方のスキルに磨きをかける。受講アンケートでは満足度1位を獲得し、季節講習会の化学受講者数は予備校業界で日本一となる(映像講義除く)。
「教える仕事をしている人がもっと活躍できるビジネスを創る!」を理念に掲げ、2017年に駿台予備学校を退職。しかし独立後は、安く買い叩かれることは日常茶飯事で、謝礼金の未払いや不当な契約解除、金融商品詐欺などを経験する。貯金もすべて尽き、華やかなカリスマ予備校講師時代から一転、仕事だけでなく、お金や人間関係に悩む日々を送るようになる。ストレスで体重は10kg以上増加し健康を害すまでに。妻の献身的な支えもあり、「このままではいけない…!」と一念発起。わずか4ヵ月間の独学で東京大学に入学し、アカデミックな視点からコミュニケーション力を高める決意をする。
認知科学や心理学などを専門に学びながら、交渉学で世界最高権威であるハーバード大学のロースクールで実際に行っている交渉学のプログラムを受講・修了(最高評価を取得)。すべての対人関係を自力でコントロールできるコミュニケーション術を身につけ、それまで抱えていた悩みを一掃する。これまで閲読した交渉をはじめとするコミュニケーションや認知科学、心理学に関する文献は1,000本超。
現在は、講座開発コンサルティング・教材作成サポート・講師養成・営業代行をワンオペで請け負う(株)士教育を拡大中。企業向け研修講師としての登壇実績も豊富で、交渉スキルを含む「説明力」をテーマにした研修プログラムは、大企業から中小企業まで登壇オファーが殺到。受講アンケートにおいては、「満足度」・「活用期待度」はいずれも95%超。
その傍ら、企業と協同した教育事業の新規立ち上げプロジェクト3件の中心メンバーとしても活躍。「人生の悩みは対人関係から生まれ、それらはすべて交渉力で解決できる」が信条。
主な著書に、累計5万部越えのベストセラーとなった『頭のいい説明は型で決まる』、発売1ヵ月で1.5万部を突破した『感動する説明「すぐできる」型』(共にPHP研究所)、電子書籍を含め4.6万部を突破した『説明組み立て図鑑』(SBクリエイティブ)がある。

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