本記事は、廣瀨涼氏の著書『あの新入社員はなぜ歓迎会に参加しないのか』(金融財政事情研究会)の中から一部を抜粋・編集しています。
モノを所有することの意義
心理学者アブラハム・マズローが提唱した「欲求5段階説」は、人間の欲求を5段階の階層で説明しており、低次の欲求が満たされると、1段階上の欲求が高まり、その欲求を満たすための行動を起こすようになるとしている[図表7-1]。
衣食住のための消費は「生理的欲求」や「安全の欲求」に位置づけられる。
産業化の実現にあたっては、勤勉に仕事に取り組み、禁欲的な生活態度をとることが重要とされたが、産業社会が発展するにつれ、余暇や余裕を持つことができる人々が現れる。
消費は遊びの性質を帯び、消費を通じて快楽を追求するような価値観にウエイトが置かれるようになっていく。こうした「消費志向的人間」が増加することで、大衆消費社会が成立していった[図表7-2]。
日本においては第2次世界大戦後、生理的欲求が十分に充足されていくと、大衆消費社会を迎え、モノの豊かさによって生活を便利で快適にしようとする時代になっていく。
「消費は美徳」とされ、モノを所有することを幸せとして価値を見出す、このような1970年代以後の消費潮流は「モノ消費」と呼ばれている。
そして、モノによる欲求の充足は、その機能的価値(使用用途)による利便性のみならず、新規性や希少性による他人との差別化をも生み出していく。
主に1980年代においては、モノのみならず「ブランド」や「デザイン」といった“記号”によって他人と差別化を行い、そこで生まれた他者との差異によって、自己の欲求を満たしていく消費が行われるようになった。
このような消費潮流は「記号消費」と呼ばれている。
ブランドロゴの価値 ―― 記号消費の特徴
記号消費の対象は、主に「ヴェブレン財」と呼ばれるモノであった。ヴェブレン財とは、アメリカの経済学者ソースティン・ヴェブレンが著書『有閑階級の理論』(1899年)のなかで、有閑階級が自らの財力を誇示し、それによって社会的尊敬を得る目的のために高額商品を購入することを、「衒示的消費」と呼んだことに由来する。高級ブランド品やラグジュアリー商品など、“裕福” “豪華”といった社会的文脈(メッセージ)を持つ記号の消費が対象で、価格が高いこと自体が価値であったともいえる。
この「記号消費」の特徴は、実質的な役割を果たしていないという点にある。
たとえば、高級アパレルブランドのロゴは、それ単体では消費されることはなく、バッグや洋服に宿ることで初めて有形物となる。「ロゴ」という機能的価値がないものが、「バッグ」という道具的価値に付属することで実像をなし、かつ可視化されることで、他人に発信されるメッセージ(記号)が創造される。そのため、「ロゴ」という他人への記号が付与されたバッグは、バッグの本来の普遍的な目的を実現する「モノを運ぶ」という道具的価値ではなく、自分に宿ることで初めて存在が成立した「ブランド」(ロゴ)から得られる「人々からの反応」によって価値が見出されるのである。
このような消費は、そのメッセージが正しく伝われば、「記号」によるコミュニケーションが成立しているといえる。ただ、そのメッセージが他人には伝わってはいないものの、自分はそのような記号を伝える意図を持って消費している場合、その消費は当人にとって「モノ消費にみえる記号消費」といえるのかもしれない。