本記事は、難波猛氏の著書『ネガティブフィードバック 「言いにくいこと」を相手にきちんと伝える技術』(アスコム)の中から一部を抜粋・編集しています。

話し合い
(画像=VK Studio / stock.adobe.com)

「ナラティブ」がズレている前提で話し合うと、関係性は劇的に変わる

「意欲が低下したベテランがぶら下がる」「意識が高い若手が早期に辞めていく」という望ましくない状況は、コミュニケーションやフィードバックでかなりの確率で改善可能です。

「ぶら下がる年上部下」と「すぐ辞める若手部下」へのネガティブフィードバックでポイントになるのは、部下のWILLです。

上司は部下のWILLを知らないと話しましたが、くすぶっている年上部下と辞めたがる若手社員の行動を変えていくには、「低下している年上部下のWILLを掘り起こす」「若手部下のWILLと会社のMUSTをすり合わせる」ことが重要です。どちらも、本人のWILLを知らなければフィードバックの効果は期待できません。

そこで紹介したいのが、「ナラティブアプローチ」という手法です。

ナラティブとは、元々は、文芸理論で用いられる専門用語で、語り手の視点で自由に紡がれる物語を指します。映画やドラマの語りを指すナレーションも、ナラティブが語源です。現在では医療やカウンセリングやマーケティングなどにも活用されています。

つまり、部下がそれぞれに描く「人生のありたい姿」「仕事における自己認識」「会社生活の紆余曲折」「理想的なキャリアストーリー」などの物語や視点に着目するアプローチです。

人それぞれに入社した経緯、現在の生活環境、仕事上の立場、職務経験、大切な価値観、将来なりたい自分、ありたい自分が異なるのですから、同じ職場にいる上司・部下でも物語や視点が異なるのは当然です。その違いを理解したうえで、会社とのギャップを埋めていくことを話し合わなければ、部下の行動が自発的・継続的に変わることはありません。

『ネガティブフィードバック』より引用
(画像=『ネガティブフィードバック』より引用)

部下の「こうなりたい」という物語を無視して、上司が「部下はこうあるべき」という物語を押しつけていては、いつまでも平行線です。年上部下のモチベーションが上がることもなければ、辞めたがる若手社員を引き留められることもないでしょう。

どちらが良い、悪いではなく、「お互いに違うナラティブを持っている」という理解の下で話し合えば、どこかで「上司や会社が期待していることが、部下自身が望む人生やキャリアとリンクする」瞬間が訪れ、上司と部下の関係性は劇的に変わります。

「働かないおじさん」のナラティブ、上司側のナラティブ

年上部下のナラティブを理解するために必要なことは、部下のWILLを時間をかけて引き出すことです。

「働かないおじさん」は悪意や故意で働いていないのではなく、本人なりに真面目にコツコツ働いている人が多いです。しかし、本人が積み上げてきた経験値やノウハウだけでは、変化するビジネス環境の中で会社や上司の期待に応えるだけの成果を出せなくなっています。

現在では、ほとんどの業種や職種で、5年前、10年前のスキルは陳腐化やコモディティ化して通用しなくなります。

若手社員よりも仕事の経験や知識が豊富なベテラン社員が成果を出せなくなるのは、「役職がなくなったから」「今さら上を望めないから」「定年まであと数年だから」など、キャリアや仕事に対する諦めでモチベーションが低下して「学ぶ」「変わる」「成長する」姿勢がなくなっているのが大きな原因と考えられます。

さらに、そういう受動的な心持ちだと、会社の新しいやり方に適応するのも後ろ向きになりがちです。「自分のやり方は、会社や世間のベクトルとズレてきている」と薄々感じていても、数多くの成功体験を重ねてきたそれまでのやり方を変えてまで頑張ろうという意欲がわいてこないからです。

人間には「一貫性の原理」があり、リスクを取って変化するより安全な過去の行動を取りたがる慣性の法則が働きます。この一貫性は、勤続年数や成功体験が多いほど頑強になります。

モチベーションが上がらない年上部下に対して年下上司が見て見ぬふりをしたり、逆に命令口調で「会社として困るので、やり方を変えてください」と職務権限で指示したりするのはいずれも逆効果です。

黙って放置すれば周囲とのギャップは広がり続けますし、単なる指示では外発的動機付けにすぎず一定期間でその効果は薄れていきます。

継続的な変化を促すために大切なのは、まず部下の内発的動機付けの根幹となる「ありたい姿」をしっかり聞き出すことです。「ありたい姿」は、仕事でもプライベートでも構いませんし、1年後でも5年後でも定年後でも構いません。

とにかく、本人が本心から「こういう状態になれたら、自分の人生や社会人生活は悔いなし」と思える姿を探っていきましょう。

もちろん最初は、「今さら考えても」「そんなこと考えたこともない」「考えても意味がない」と反発する人や困惑する人もいるでしょう。

特に、いわゆる「日本型雇用システム」や「メンバーシップ型」と呼ばれる働き方で、新卒入社した会社で会社の異動辞令や業務命令(MUST)を疑うことなく遂行してきた人の中には、「ありたい姿(WILL)」を本当に考えたことがない、という人も一定数います。

それでも、「長く生きる時代」「長く働く時代」に自分なりのキャリア観や人生観を持つことは有効なので、上司側も自己開示して話し合いながら見つけることです。

自分の「ありたい姿」について考えることは、「自分はなぜ働くのか?」「なぜ今の会社で働いているのか?」「人生のやりがいは何か?」など、生きることや働くことへの意味付けを行うために有効です。アメリカの心理学者で、学習性無力感の理論でも知られるマーティン・セリグマン博士が提唱するポジティブ心理学の「PERMA モデル」では、「Meaning:ミーニング」と呼ばれるこの意味付けができると、幸福感が高まるといわれます。

だからこそ、会社から求められるMUSTではなく、自分がやりたいWILLを語ってもらい掘り下げていく。この「ありたい姿」が見つかると、年上部下と年下上司のナラティブをつなぐ架け橋になります。

現状の成果は芳しくなくても、長く会社を支えてくれたことに対する敬意や感謝の気持ちを忘れずにコミュニケーションをとれば、必ず部下からWILLの種が出てきます。


「定年の日に、後輩に惜しまれながら会社を去りたい」

「自分が培った技術や知識はすべて伝えておきたい」

「お客様に喜ばれる瞬間が、自分が会社で頑張ってきた原動力だ」

「社内の困り事を解決して喜ばれることがうれしい」

「60歳で会社を退職して、海の見える場所でカフェを経営したい」

「子供が社会人になるときに、目指してもらえるかっこいい親でありたい」

「会社を辞めてからも付き合いが続く信頼関係をつくりたい」……

こうした「〇〇したい」「〇〇がうれしい」など、本人のナラティブ(物語)がわかれば、上司側の「こうあって欲しい」「こういう状態を期待している」というナラティブとの共通点を探ることが出来ます。

「お互いのWILLが両立する状態とは?」「ベストな状態を実現するために必要なことは?」など、本人にとってもハッピーな未来に向けた物語を「一緒に考える」ことができます。今後のナラティブをつくることではじめて、部下は会社の期待とのギャップを受け入れる準備が整います。

『7つの習慣』(キングベアー出版 スティーブン・R・コヴィー)の第5の習慣「まず理解に徹し、それから理解される」は、ネガティブフィードバックにおいても真理です。まずは部下の希望を理解し、そのうえで上司と会社の期待を理解してもらいましょう。

「自分のありたい姿(WILL)」が明確になり、その理想を実現するために「変わらなければいけないこと(CAN)」や「期待されていること(MUST)」が腹落ちすれば、多くの人は変わる努力を始めます。

ネガティブフィードバック
難波猛
マンパワーグループ株式会社シニアコンサルタント

プロティアン・キャリア協会認定アンバサダー/人事実践科学会議事務局長/日本心理的資本協会理事/NPO法人CRファクトリー特別アドバイザー

1974年生まれ。早稲田大学卒業、出版社、求人広告代理店を経て2007年より現職。研修講師、コンサルタントとして3,000名以上のキャリア開発施策、2,000名以上の管理者トレーニング、100社以上の人員施策プロジェクトにおけるコンサルティング・研修等を担当。セミナー講師、大学講師、官公庁事業におけるプロジェクト責任者も歴任。

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