本記事は、難波猛氏の著書『ネガティブフィードバック 「言いにくいこと」を相手にきちんと伝える技術』(アスコム)の中から一部を抜粋・編集しています。

伝える
(画像=antusher / stock.adobe.com)

「叱る」のではなく、「ギャップ」を伝える

ネガティブフィードバックも、「叱る」ときと同じように、上司から改善が必要な部下に厳しいことを伝えると、最初は言われた部下は反発します。

部下は自分に改善が必要だと認識していない場合も多く、上司から「予期せぬ変化」や「自分が望まない変化」を求められるわけですから、すんなり受け入れられないのは人として自然な反応です。

しかし、ネガティブフィードバックは、一方的な叱責や指摘に比べて、いったんは反発されても、やがて行動変容につながります。なぜでしょうか。

それは「この成績じゃマズいよ」「なんであなたはいつも出来ないんだ」「もっと協調性を持って働いてくれ」などと結果や人格へのダメ出し、否定ではなく、「解決すべきギャップ」に焦点を当てて話し合うことから始まるからです。

組織内でのギャップは、「会社や上司の期待」と、「部下の現状や志向」のズレから生まれます。そのズレは、部下の成果や行動や発言など、目に見える形で現れます。

まずは、この「ズレ=ギャップ」の正体を顕在化して対話の土俵に乗せることが重要です。

成長途上の若手社員のギャップの原因で多いのは、「能力のズレ」です。求められている能力を身につけていないため、期待される成果を上げられないでいます。

足りない能力は専門技術なのか知識なのか、語学力なのかコミュニケーション能力なのかITリテラシーなのか……。「何の能力が不足しているのか」「その能力をどう身につけるか」「その能力を高めるとどういうメリットがあるか」を具体的に考え、実践することができればギャップを埋めていくことができます。

表面上の成果不足だけに注目して、ただ「どうしてできないんだ」「もっとしっかりやれ」「この場合はこうしなさい」と叱ったところで、部下が足りないところに気づくこともなければ、持続的に成長することもないでしょう。

昨今、管理職が若手社員の対応以上に困っているのが、ベテラン社員への対応です。

ベテラン社員の場合は、単純に能力が不足しているというケースは少なく、「認識のズレ」がギャップの原因となることがよくあります。

たとえば、「環境変化を先取りして対応して欲しいが、過去の成功体験にこだわって時代遅れの仕事のやり方を続けてしまう」、「幅広い経験や視野を活かして貢献領域を拡大して欲しいが、プレイヤーとしてできる範囲でしか対応してくれない」、「十分な能力があるので若手社員を引っ張ってほしいと期待しても、そもそも若手と全く関わってくれない」などの声は実際に上がります。

いずれの場合も、能力が不足しているからできないというわけではなく、能力はあるのにやろうとしない(やる必要性を認識していない)だけです。その大きな原因となっているのは、認識のズレです。

認識のズレは、客観的に顕在化しやすい能力のズレとは異なり、上司と部下でコミュニケーションをとらないとわかりません。上司が一方的に期待を伝えたとしても、ベテラン社員が期待への必要性や重要性を認識していなければ、返事は良いが動かない面従腹背の状況が発生します。

ベテラン社員とは認識のギャップについて話し合う場を持つことが非常に重要なのですが、最近は「年下上司と年上部下」という組み合わせが増えてきていて、双方が遠慮して厳しいことを話し合えない場合も多いようです。

「働かないおじさん問題」と呼ばれる組織の中で働かない、働けないミドルシニアが量産されているのは、本人の能力不足や意欲低下以上に、健全なフィードバックがないことで本人が期待のギャップに気づかず、さらにギャップが広がり続けていることが要因のケースが多いです。

ローパフォーマーの行動変容に時間がかかるパターンは、この「認識のズレ」が原因の場合が多いです。

たとえば、成果が出せていない部下でも、「私自身も、今期の成果は不十分で改善が必要だと認識しています」という人は、ネガティブフィードバックを受け入れる土壌がつくりやすいです。なぜなら、自分の状況が不十分だと認識しているため、上司の「今期は苦戦してるよね。一緒に改善策を考えよう」というフィードバックが共通認識として、すんなり受け入れられるからです。

一方で苦労するのは、本人は「すごくできています」、でも上司から見ると「全然できていない」と認識がズレているパターンです。期末の評価面談などで「あの部下は自己評価が高くて困る」という声は実際によく出ます。

この状態を放置すると、「能力が低い人ほど、自分の能力や状態を客観的に認知・修正する能力も低いため、自分を過大評価してギャップが修正できず大きくなる」という「ダニング=クルーガー効果」が働き、さらにギャップが広がり続けるという悪循環に陥ります。

認識のズレから生まれるギャップのある社員を放っておくのは、組織にとっても本人にとっても良いことなどひとつもないのです。認識のズレが大きい部下は、上司だけでなく同僚や他部署とも認識がズレるケースが多く、本人のキャリア形成だけでなく、職場の人間関係や組織風土にも悪影響が出るリスクがあります。

ネガティブフィードバックは、ギャップが生じていることについて話し合うことがポイントなので、対象者の年齢やポジション、組織の規模に関係なく使うことができます。

ネガティブフィードバックが見ているのは過去ではなく未来

ネガティブフィードバックは、「フィードバック」という言葉からわかるように、過去に起こった事象(事実)についてのコミュニケーションです。

しかし、見ている先は過去ではなく未来であり、「フィードフォワード」の姿勢が重要です。将来の良い状態に向けてギャップを埋めていくことが目的になります。

「なんであれができなかったんだ」とか、「失敗の原因を説明しろ」といった話をして過去を責めるのではなく、生じているギャップを埋めて、これから成長していくためには何をしたらいいかという話をしていくのがネガティブフィードバックで目指すことだと考えてください。

ネガティブフィードバックは、過去への「ダメ出し」ではなく、未来へ向けて「変わっていく」ための支援が目的です。ギャップがあるのは事実ですから、そこから目をそらさないという意味でネガティブなことも言いますが、あくまで未来を切り開くための現状把握と共通認識です。

「将来に向けてこのギャップを埋めていこう」ということを、上司と部下でお互いに確認する作業です。

そして、部下の未来も、会社の未来も明るくなるために話し合います。上司の憂さを晴らすためでも、会社が都合よく部下を追い込むための手練手管でもありません。

大事なのは、部下自身が「この会社における、自分の未来はこうありたい」「その実現に向けて、能力開発しながら会社の期待に応えていこう」ということを、自分の意思で決めて前に進むことです。そのために、上司として、どのようなサポートができるかということを体系的に話し合うコミュニケーション全体が、ネガティブフィードバックの本質と言っていいでしょう。

ネガティブフィードバック
難波猛
マンパワーグループ株式会社シニアコンサルタント

プロティアン・キャリア協会認定アンバサダー/人事実践科学会議事務局長/日本心理的資本協会理事/NPO法人CRファクトリー特別アドバイザー

1974年生まれ。早稲田大学卒業、出版社、求人広告代理店を経て2007年より現職。研修講師、コンサルタントとして3,000名以上のキャリア開発施策、2,000名以上の管理者トレーニング、100社以上の人員施策プロジェクトにおけるコンサルティング・研修等を担当。セミナー講師、大学講師、官公庁事業におけるプロジェクト責任者も歴任。

※画像をクリックするとAmazonに飛びます。
ZUU online library
※画像をクリックするとZUU online libraryに飛びます。