本記事は、難波猛氏の著書『ネガティブフィードバック 「言いにくいこと」を相手にきちんと伝える技術』(アスコム)の中から一部を抜粋・編集しています。
できないのではなく、やらないことを選んでいる
『嫌われる勇気』(ダイヤモンド社 岸見一郎・古賀史健)で紹介されているアドラー心理学の「目的論」に基づけば、人間の行動や選択には原因ではなく目的があります。
つまり、ネガティブフィードバックが「できない」のではなく、何らかの目的があって、「やらない選択」をしているということです。
厳しいことを言えないのは、実は、言うことによるメリットよりも、言わないことで上司が得られるメリット(または言うデメリット)が大きいと判断している可能性もあるのです。
たとえば、こういうことです。
- 「元上司の部下に無理して会社に貢献してもらうよりも、あと数年で定年なので、面倒を避けて定年退職を待ったほうがお互いらく」
「どんなに頑張ってフィードバックしたところで、どうせあの人が会社の期待に応えるのは無理だから私自身の時間のムダ」
「部下にもっと勉強しなさいと言ったら、自分も勉強しないといけなくなるので損」
「嫌われるリスクを背負うくらいなら、今のまま良い人だと思われていたい」 「面談に費やす時間と労力を考えたら、その分、自分の仕事をしたほうが組織の成果も上がるし、評価も高くなる」……。
ネガティブフィードバックができない上司は、厳しいことを伝えることによる長期的な利益より、伝えることによる短期的な不快さを避けてやらない選択をしている(または短期的な利益を重視している)可能性があります。
ネガティブフィードバックがうまくいくと、部下が持続的に成長し、結果として自分もらくになり、組織としての業績が伸びれば双方の待遇や評価にも返ってきます。
しかし、結果が出るまでにしばらく時間がかかるだけでなく、方法を間違えるとうまくいかないこともあります。
一方、短期的なデメリット、たとえば部下に嫌な顔をされるとか、反発される、面談に時間を取られる、といったことは、ほぼ確実に発生します。人は、「得られるメリット」より「失うリスクやデメリット」を過大評価する傾向(プロスペクト理論、損失回避の法則)があり、やらないことを選択しがちです。
ネガティブフィードバックが「できない理由」ではなく、「どうして自分はやらない選択をしているのか」を掘り下げていくと、「できない」という思考停止状態から脱却して、「やるか」「やらないか」にフォーカスできるようになります。
ネガティブフィードバックをやらないとどうなるのか、やったらどうなるのか
ネガティブフィードバックができていない自分を俯瞰し、自己分析できたら、改めて、「やるのか」「やらないのか」を検討してみましょう。
この段階では、「経営者や人事から指示されているからやらなければいけない」という前提条件を捨てて、上司自身の意志として「やるのか」「やらないのか」を検討してください。場合によっては、あえて「やらない」という選択肢もあります。
ネガティブフィードバックをやらなかったらどうなるのか、やったらどうなるのか、次のような視点から考えてみましょう。
- 「本人のパフォーマンスは改善するのか?」
「周囲に与える影響はどうなのか?」
「本人の評価や処遇やキャリアはどうなるのか?」
「組織のパフォーマンスにどのような影響を与えるのか?」
「来期以降はどうなるのか?」
「この人が5年後、10年後にどうなるのか?」
「自分が部下なら、言われたほうがいいのか、言われないほうがいいのか?」
「言わない選択は、お客様や他の社員は望んでいるのか?」
「言わない選択をした自分を、未来の自分は納得するのか?」……。
「やるのか」「やらないのか」を真剣に長期的に検討すると、今の状態を放置しておくのは部下にとっても、自分にとっても、組織にとっても、周りの社員にとってもいいことはひとつもないため、「やる」という結論に至ることがほとんどです。
こうして「目的論」から考えると、ネガティブフィードバックができないと言っていた段階とは異なることがひとつあります。
それは、「やる」と、自分で決断したことです。
経営者や人事から業務命令で指示されて嫌々ながら実行するネガティブフィードバックとは、気持ちの入り方や部下と接するスタンスがまったく変わってきます。
プロティアン・キャリア協会認定アンバサダー/人事実践科学会議事務局長/日本心理的資本協会理事/NPO法人CRファクトリー特別アドバイザー
1974年生まれ。早稲田大学卒業、出版社、求人広告代理店を経て2007年より現職。研修講師、コンサルタントとして3,000名以上のキャリア開発施策、2,000名以上の管理者トレーニング、100社以上の人員施策プロジェクトにおけるコンサルティング・研修等を担当。セミナー講師、大学講師、官公庁事業におけるプロジェクト責任者も歴任。※画像をクリックするとAmazonに飛びます。