本記事は、難波猛氏の著書『ネガティブフィードバック 「言いにくいこと」を相手にきちんと伝える技術』(アスコム)の中から一部を抜粋・編集しています。
フィードバックは、
ポジティブ4:ネガティブ1
ネガティブフィードバックの効果を高めるのが、日常のポジティブなフィードバックです。
ポジティブフィードバックとは、「ほめる」「認める」「注目する」「感謝する」などですが、わざわざ面談の時間をとる必要はありません。
仕事をしているときや仕事が終わったときに、「今回の企画書、よく整理されていてわかりやすいね」「昨日は急な対応ありがとう」「さっきのミーティングでのあの質問は良かったね」などと、上司から見て、いいなと思ったことに「良かったです」「感謝しています」と声をかけるだけでいいのです。イメージとしては、部下の言動について「イイね」ボタンを押すイメージです。
それだけで、自分の行動により承認欲求と帰属欲求が満たされた部下は、心が前向きになり、その行動をくり返したくなります。行動の強化だけでなく、上司に対する親近感や信頼感も増すことになります。
私は、フィードバックの割合は、ポジティブ4以上、ネガティブ1以下の割合を意識してください、とお伝えしています。
ワシントン大学名誉教授ジョン・ゴットマン博士が研究した、
人間関係におけるポジティブ・ネガティブの適切な比率「ゴットマン率」によると、「親子3:1」「上司部下4:1」「夫婦5:1」「友人8:1」と言われています。
コンサルティング現場の実感値としても、4:1くらいの比率が適切だと感じています。これよりネガティブが増えると部下が委縮して不信感が増えて、離職や意欲低下のリスクを招きます。
普段、部下の良い面をしっかり見てポジティブな評価を伝えている上司であれば、必要なときに厳しい指摘を伝えても部下は素直に耳を傾けてくれます。
4:1は、1回の面談のなかでの割合ではなく、日常のコミュニケーションも含めた全体での割合です。
ちなみに、1回の面談で「1個指摘して他4個ほめる」というハイブリッドをすると、「結局、この面談で何が言いたかったのか?」「私はほめられたのか? 叱られたのか?」と論点がブレて効果が低くなります。また、わざわざ指摘する必要がない部下へ「4回ほめたから1回は指摘しないと」と義務的にやるものでもありません。
減点主義で気になったときやミスしたときだけ指摘するのではなく、上司はもっと、「あなたのことを気にしていますよ」「あなたのことを応援していますよ」「あなたの行動は良かったですよ」というポジティブ(肯定的)なメッセージを部下に送り続けるコミュニケーションが重要です。
日常的にポジティブなメッセージを8割くらい送りながら、どうしても足りない部分や改善してほしい点があったときに、「今日は改善してほしいところについてお話ししたいと思っていますが、今話しても大丈夫ですか?」と声をかけると、部下も受け入れやすくなります。
ポジティブなコミュニケーションは、必ずしも業務や成果に対するフィードバックに限りません。「相手に肯定的な感情やメッセージを伝える」こと全体を指します。
「ほめる」「承認する」「信頼する」「感謝する」「任せる」「微笑む」「喜ぶ」「明るく声をかける」「意見を求める」「興味をもって質問する」「仕事に意味づけする」「理想や目的を語る」「理解を示す」「仕事以外の会話を楽しむ」「イイねボタンを押す」「部下の投稿にコメントする」「注目する」「話を最後まで傾聴する」「誠実な関心を持つ」「喜怒哀楽の感情に共感する」「受け止める」「受け入れる」「達成を支援する」「夢を応援する」「気づきを促す」「寄りそう」「一緒に考える」「うなずく」「目を見る」……。
バーバル(言語)・ノンバーバル(非言語)の総体が8割以上ポジティブであれば、部下との関係性は良好になっていくはずです。
逆に、こうした肯定的なコミュニケーションをまったく行わない機械のような上司であれば、部下にすれば生成系AIとチャットをしているほうがよほどマシです(最近のAIは、寄り添った表現も得意になっています)。
『ポジティブ心理学の挑戦』(ディスカヴァー・トゥエンティワン マーティン・セリグマン)では、ウェルビーイングを高める5つの要素として「PERMAモデル」を提唱しています。
- Positive
emotion:前向きな感情
Engagement:仕事や趣味への没頭・没入
Relationship:良好な人間関係
Meaning:取り組むことへの意味づけ・意義づけ
Accomplishment:目標の達成
部下と良好な人間関係を構築し、前向きな感情・仕事への意味づけ・熱中できる業務体験・達成経験の積み重ねを促すことで、部下の幸福感は向上していきます。
理論的に正しいフィードバックであっても、常に自分を否定してくる嫌な相手の言葉は刺さりません。だからこそ、日頃から手練手管ではなく真摯な興味を部下に持ち、良い言動を見つける、ほめる、認めるなどのポジティブフィードバックを心がけることが大切です。
否定され続けると学習性無力感が発生する
ポジティブ4、ネガティブ1が理想と言いましたが、実際の現場ではポジティブ1、ネガティブ4になっている上司はたくさんいます(たまに、ポジティブ0:ネガティブ10の上司もいます)。
特に「プレイヤーとして優秀だった」「現在、自分もトッププレイヤー兼務」のプレイングマネージャーや、「ミスが許されない」「数字や納期のプレッシャーが大きい」部門の上司、「部下のミスや失敗など、できないことばかりが気になる」減点主義や完璧主義タイプの上司が陥りがちです。
様々なプレッシャーに日々さらされている上司としては、部下の行動の足りない点・変えて欲しい点が目につきやすいのは仕方ないことです。ただし、気に入らないことが目に入ってくる度に、重箱の隅をつつくようにネガティブな言葉を投げ続けると、部下のモチベーションに確実に悪影響を与えます。
人は自分の言動を否定され続けると、「私は何をやってもダメなんだ」「何をしても意味がない」「この人には何を言っても無駄」と「学習性無力感」が生まれます。学習性無力感を感じた部下は、自分から変わろうとする意欲が失われ、上司から言われなければ動かなくなります。
「指示待ち部下が多くて困る」という会社には、指示待ちの部下を量産する「細かい指示とダメ出しを続ける」上司や経営者がいます。細かい指示を出せば出すほど、会社が望まない指示待ち人間が増える悪循環が生まれます。
ネガティブフィードバックで部下の意識や行動が変わるかどうかの大きなポイントは、部下が伝えられたギャップを自分事として捉えて自発的に取り組めるかどうか。自ら考えたり、動いたりするようにならなければ、何も変わらないのです。
上司からすると、部下の「できない点」は目につきやすいものです。
しかし、「できない点」だけでなく「できている点」「感謝している点」を意識的に探し、ポジティブ4、ネガティブ1を常に意識しながら、部下とのコミュニケーションを図るようにしましょう。
そもそも、重箱の隅しかつつかない上司と無気力な部下という関係が続くと、双方にとって対話が負担になるため、業務上の最低限の会話のみという状態になり、フィードバック効果の大前提にある、良好なコミュニケーションが難しくなります。
プロティアン・キャリア協会認定アンバサダー/人事実践科学会議事務局長/日本心理的資本協会理事/NPO法人CRファクトリー特別アドバイザー
1974年生まれ。早稲田大学卒業、出版社、求人広告代理店を経て2007年より現職。研修講師、コンサルタントとして3,000名以上のキャリア開発施策、2,000名以上の管理者トレーニング、100社以上の人員施策プロジェクトにおけるコンサルティング・研修等を担当。セミナー講師、大学講師、官公庁事業におけるプロジェクト責任者も歴任。※画像をクリックするとAmazonに飛びます。