本記事は、難波猛氏の著書『ネガティブフィードバック 「言いにくいこと」を相手にきちんと伝える技術』(アスコム)の中から一部を抜粋・編集しています。
ギャップを整理する
「WILL」「MUST」「CAN」
ネガティブフィードバックは、部下に厳しいことを一方的に伝えるコミュニケーションではありません。
「会社や上司の期待」と「部下の現状や志向」とのギャップをお互いに確認し、どうやったらギャップを埋めていけるかを一緒になって考えていく双方向のコミュニケーションであることは、これまでの章でお伝えしてきました。
「この部下を変えたい」「あの部下には問題がある」など「人」に焦点を当てると感情的に泥沼化します。「認識のギャップを埋めよう」「行動面がズレている問題を解決しよう」など、「発生しているギャップやズレ」に焦点を当てて一緒に解決していく姿勢のほうが対立的でなく協調的に対話が可能になります。
そのギャップが端的に現れるのが、多くの会社で年に1回、もしくは2回行われる人事評価でしょう。評価が高ければ、部下は会社や上司の期待に応えられていることになりますし、低ければ応えられていないことになります。
ただし、応えられなかった(成果が出なかった)結果を指摘するだけの評価フィードバックでは、部下の意識や行動が変わることは期待できません。なぜなら、成果が出なかった理由が不明瞭なまま評価を伝えても、部下に気づきを与えることも、成長につながる改善策を考えさせることもできないからです。部下は、内心では不満を抱えながら黙って聞いているだけになります。
「人事評価の〝モヤモヤ〞に関する調査(結果レポートと評価制度のポイント)」(2021年8月26日、株式会社識学)によれば、自社の人事評価に「不満」の割合は約45%、理由の1位は「評価の基準が不明瞭」48.3%だそうです。成果が出ないのは、業務をこなすスキルが身についていないからとは限りません。
能力は備わっていても、会社や上司から求められている役割をよく理解できていなければパフォーマンスを発揮できないこともあります。
また、仕事に対する意欲が低下していれば能力があっても行動が伴わず、成果は期待できないでしょう。成果が出ない理由は、単純に能力不足だけではありません。
成果が出ない本当の理由と解決策にたどり着くにはどうしたらいいのでしょうか。
効果的なフィードバックを行うには、もぐら叩きのように発生する問題を細かく指摘し続けるのではなく、「キャリアマネジメント」という観点でギャップを埋めて合意形成していくコミュニケーションが持続性や納得性も高くおすすめです。
そのために上司が身につけておきたいのが、「WILL」「MUST」「CAN」というフレームワークです。
「WILL」「MUST」「CAN」のフレームワークは、人事やキャリア開発に関わっている方であれば、ご存じの方も多いかもしれません。キャリアデザインで広く使われていて、説明すると次のようになります。
- WILL…やりたいこと。本人の意思や欲求、価値観など。
- MUST…やるべきこと。求められている役割や期待など。
- CAN…できること。本人の能力やスキル、強みなど。
この3つを、「どの位大きいか」「どの位重なっているか」の観点で円を描いてみると、現状のコンディションが確認できます。「すべてが大きくて重なっている」状態なら、一般的にはハイパフォーマーのはずです。「自分のやりたい仕事が、周囲から期待されている、それを実行する能力もある」ので、本人も上司も顧客も同僚もハッピーな状態です。
ただ、現実的には各社の研修でこの重なりを描いてもらうと、綺麗に大きく重なる人の出現率は10%以下というのが実感です。そして、成果が出ない場合、このWILL、MUST、CANのどこかにギャップが生じています。
上司であれば、こうした部下のWILL、MUST、CANの状態やギャップを把握していて当然だと思われがちですが、実際のところ、把握できているのはごく少数派です。
管理職研修で「部下のWILL、MUST、CANを書いてみてください」と投げかけると、特に「成果が出ていない部下」のことほど書けない上司が多く存在します。
上司がある程度把握しやすいのは、MUSTとCANではないでしょうか。
部下に「期待していること」は上司自身が考えていることなのでわかって当然です(それさえも明確に言語化できていない上司も散見されますが、その状態で部下の成果が出ないのは、はっきり言えば部下ではなく上司の責任です)。
また、仕事の様子を観察したり、能力評価を確認したりしていれば、部下の「できること」、「できないこと」はわかります(これも、リモートワークの普及や業務の複雑化で把握できていない上司が増えています)。
逆に、理解が不足しているのが、WILLです。
「どんな仕事を望んでいるのか、仕事における喜びは何か、将来はどんな人生やキャリアを想定しているのか、プライベートでは何を大事にしているのか」など、部下の本音や価値観を理解している上司は少ないです。
理解していない理由は、シンプルにWILLについて部下と話したことがない、聞いていない上司が多いからです。
日常業務を遂行するうえでは、「何をして欲しいのか」「それができたのか」というMUSTとCANの確認だけで事足りるため、時間がない上司は悪意無く部下のWILLを把握せずにマネジメントをしているケースがあります。
しかし、WILLの確認は、行動変容を促すうえでは重要なことです。
部下が「何をしたいのか」を知らずに上司が一方的に「して欲しいこと」「必要な能力」を伝えても、部下には「やらされ感」だけが蓄積されていきます。
部下の本音を理解していなかったり、上司が勝手に解釈したりした状態でフィードバックを行えば、ギャップが埋まるどころか部下は強く反発して終わるでしょうし、上司への不信や失望が広がることになります。
部下のWILLを純粋な関心をもって引き出すコミュニケーションは、フィードバックの起点になります。
プロティアン・キャリア協会認定アンバサダー/人事実践科学会議事務局長/日本心理的資本協会理事/NPO法人CRファクトリー特別アドバイザー
1974年生まれ。早稲田大学卒業、出版社、求人広告代理店を経て2007年より現職。研修講師、コンサルタントとして3,000名以上のキャリア開発施策、2,000名以上の管理者トレーニング、100社以上の人員施策プロジェクトにおけるコンサルティング・研修等を担当。セミナー講師、大学講師、官公庁事業におけるプロジェクト責任者も歴任。※画像をクリックするとAmazonに飛びます。