本記事は、難波猛氏の著書『ネガティブフィードバック 「言いにくいこと」を相手にきちんと伝える技術』(アスコム)の中から一部を抜粋・編集しています。
怒りの感情をコントロールする
伝えられた部下が最初の面談で気分を害して感情的になりやすいのはわかりますが、伝える側の上司も感情的になるのはほめられません。
現実的な場面で、相手の不満な態度や挑発するような発言、ピントのズレた回答、何を聞いても発言しない沈黙などに冷静に対応するのは簡単ではありませんが、上司が感情的になればパワハラのリスクを上げることになります。
そこで、身につけてほしいのが、「アンガーマネジメント」です。
アンガーマネジメントは怒りの感情と上手につき合うための心理療法プログラムとして、1970年代にアメリカで生まれたものです。当初は犯罪者のための矯正プログラムとして活用されていましたが、時代とともにビジネスシーンや日常生活にも応用されるようになり、企業の研修などでも取り入れるようになっています。
アンガーマネジメントは、常に怒らないようにすることではなく、自分の怒りの感情やパターンを認識し、怒るべき場面では適切に怒り、怒る必要がない場面では怒りを抑える技術です。要するに、怒りという感情を自分でコントロールするということです。
このスキルを身につけると、怒りに任せて行動することはなくなります。
たとえば、部下の反抗的な表情や挑発的な言葉に怒りの感情がわいてきても、落ち着いて対話できるということです。
具体的なテクニックとしてよく知られているのは、「6秒ルール」です。
怒りの感情は6秒でピークを迎え、その後は徐々に弱まるといわれます。つまり、イラッときても、6秒間我慢すると怒りの感情がおさまってくるということです。
面談で瞬間的・感情的なやりとりになるのは、この6秒間を待てなくなっている可能性があります。お互いに「ああ言えばこう言う」状態で批判合戦になってしまいそうな場合などは、一度会話のペースを落としましょう。
それでは、6秒間をどうやって我慢するか。たった6秒とはいえ、「6秒待ちなさい」と言われると、意外に長く感じるものです。
面談中にできることとしては、会話の中でしっかり沈黙や間をつくる、心の中で「1、2、…… 」と数える、少し長めに深呼吸する、相手の反応を見ながらゆっくり話す、などがあげられます。上司側が6秒沈黙すると、部下にも6秒の沈黙が生まれます。その間に相手側も少し冷静になる効果もあります。
自分が怒る、イライラするパターンを把握する
アンガーマネジメントには、面談前に準備しておくことで怒りの感情をコントロールするテクニックもあります。
そのひとつが、「コアビリーフ」の把握です。
コアビリーフとは、個人が正しいと思っている信念や価値観を指します。わかりやすく言うと、「こうあるべきだ」「こうすべきだ」と思っていることです。そして、このコアビリーフを他人や社会が破ったときに怒りの感情が生まれます。
コアビリーフのこだわりは人それぞれで、「こうあるべきだ」の許容範囲も広い人と狭い人がいます。
許容範囲が狭い人ほど、相手に自分の信念や価値観に沿った100%の行動をとらせたがります。自分の信念と少しでも異なると許せないからです。ネット情報やニュースなどで、自分とは無関係な他人の行動に強い怒りを覚える人は、この「コアビリーフ」が強すぎてうまくコントロールできていない状態と言えます。
さて、みなさんは自分が「こうすべきだ」と思ったことと少しでも異なる行動をとった部下を許せるタイプですか? それとも許せないタイプですか?
自己分析して、許せないタイプという自覚がある人は、「相手には別のコアビリーフがある」「自分も相手も完璧ではない」「相手は反発することもある」ということを念頭においてから面談を始めるようにしましょう。
完璧主義・減点主義型の上司や、プレイヤー時代に華々しい成功体験を持つ上司、自分の技術や知識に自信がある上司、日々プレッシャーにさらされている上司は、自分の基準から見て不十分な部下に対して厳しくなりがちなので気をつけましょう。
上司の「コアビリーフ」を押し付けられた部下は、自分の「コアビリーフ」が侵害されるので当然反発します。部下の仕事へのこだわりや働くうえで大事にしている信条などのコアビリーフを把握して、そこを満たしながら成果が出る方法を一緒に考えてみてください。
もうひとつのテクニックは、「アンガーログ」です。
アンガーログとは、怒りを感じた出来事を書き出して可視化、点数化することです。
特別な何かが必要というわけではなく、基本的には気持ちがネガティブになる出来事を言語化して吐き出します。「伝えることの不安」「相手への不満」「モヤモヤする理由」など、とにかく嫌だなと思うことは全て吐き出してみましょう。
そうすることで、「自分は何に怒っているのか」「何がイライラの原因なのか」「何が不安なのか」が具体的に見えてきます。
アンガーログを付けることで、自分が怒ったり、イライラしたりするパターンや傾向を把握しておくと、自分を客観視できるようになり、面談中の相手の反応に落ち着いて対応できるようになります。これは、自分を俯瞰する「メタ認知」や自分の感情を認識する「セルフアウェアネス」のスキル向上にもつながります。
私の場合、仕事でも生活でも「スピード感やスムーズさ」を重視しているため、「結論のない長い話」「行動や反応が遅い人」「渋滞や遅延に巻き込まれること」などにイライラしやすく厳しい評価になりがちな傾向があります。
その傾向を理解しておくと、「お互い話が長くならないように面談時間を短く設定する」「反応が遅い人には締切を明示しておく」などの対応がしやすくなります。
自分の怒りのパターンを知るには、「面談のロールプレイ」も有効です。
研修では上司同士でペアになってもらい、部下役を演じる上司の方に「なるべく面倒くさい部下を演じてください」とお願いします。
いろいろとネガティブな反応をする部下を演じてもらうことで、自分がどういう部分でイライラしたり、怒りの感情がわき上がったりするのか、上司自身が認識できるだけでなく、部下役から客観的に指摘してもらえるからです。練習で感情の動きを経験しておくと本番で感情的になるリスクを軽減できます。
ネガティブフィードバックは、まず部下の話を聞くことから始まります。部下が話しやすい環境をつくるには、上司が怒りをあらわにしたり、イライラした態度を見せたりしないことです。不機嫌な相手に本音を語る人はいません。
部下に「この人なら本音を言っても大丈夫」「この人は自分のことを本気で理解しようとしている」「最後まで遮らずに落ち着いて聴いてくれる」という安心感を持ってもらわなければ、全てを吐き出してもらえません。
そのためにも、自分の「こういう言葉に怒りを感じる」「この態度にイライラする」を把握して対応策を持っておくことは大事なのです。
ネガティブフィードバックは部下に厳しいことを伝えるため、パワハラになるのではと思っている上司の方は多いですが、「自分の心を整える」「行動と事実に基づき人格を否定しない」「相手の成長を支援するスタンスを持つ」「言うことと言い方に注意する」などに注意すれば過度に恐れることはありません。
実際に、私は何千という上司にフィードバック研修を実施してきましたが、その上司たちがパワハラで訴えられた事例は1件もありません。
部下のことを本気で考えて行うフィードバックなら、たとえ厳しいことを伝える内容だったとしても、多くの部下は真剣に耳を傾けてくれるはずです。
プロティアン・キャリア協会認定アンバサダー/人事実践科学会議事務局長/日本心理的資本協会理事/NPO法人CRファクトリー特別アドバイザー
1974年生まれ。早稲田大学卒業、出版社、求人広告代理店を経て2007年より現職。研修講師、コンサルタントとして3,000名以上のキャリア開発施策、2,000名以上の管理者トレーニング、100社以上の人員施策プロジェクトにおけるコンサルティング・研修等を担当。セミナー講師、大学講師、官公庁事業におけるプロジェクト責任者も歴任。※画像をクリックするとAmazonに飛びます。