本記事は、小田 玄紀氏の著書『デジタル資産とWeb3』(アスコム)の中から一部を抜粋・編集しています。

ブロックチェーンのこれまでの経緯
「狭義のブロックチェーン(ハッシュチェーン)」は1990年代にすでに公表されていた技術です。公開鍵暗号を用いたデジタル認証も2000年代にはありました。
それらに「プルーフ・オブ・ワーク」というコンセンサスアルゴリズムを組み合わせ、「P2P電子通貨システム」のアイデアを世に問うたのが、リーマンショックが起こった2008年に公表されたナカモトサトシの論文であり、この論文に基づき2009年に世界初の仮想通貨(暗号資産)であるビットコインのプログラム運用が始まりました。これが「広義のブロックチェーン」の誕生です。
ただ、ビットコインは当初ほとんど注目されませんでした。最初に脚光を浴びたのが2013年のことです。地中海の小国であるキプロスで金融危機が発生し、キプロス国内の金融機関からの預金引き出しが停止されました。その際、資産を海外へ逃避させる手段としてビットコインが使えるのではないかということで取引が活発化したのです。
とはいえ、2016年頃まで暗号資産に関心を持っていたのはシステムエンジニアが中心だったと思います。インターネット上で新しいシステムやサービスを開発したいという思いから、ビットコインに続いてイーサリアムやリップルなど様々な新しい暗号資産(仮想通貨)が登場しました。これが「最広義のブロックチェーン」につながりました。
さらに、コロナ禍の2020年代に入るとベンチャーキャピタル(VC)などが参入。ブロックチェーン技術を応用したWeb3ベンチャーが次々に登場し、「最広義のブロックチェーン」はいまなお進化を続けています。
ナカモトサトシとは誰なのか?
デジタル資産とWeb3の原点はナカモトサトシが公表した一編の短い論文にあることは間違いありません。
しかし、ナカモトサトシとは誰なのか、日本人なのか外国人なのか、個人なのかグループなのかなど不明であり、様々な憶測を呼んできました。
そうした憶測のひとつが、ナカモトサトシは反権力主義者であり、法定通貨とは別の新しいデジタル通貨をつくり出そうとしたという説です。
これに関して、ナカモトサトシとビットコインを共同開発したマルティ・マルミというソフトウェアエンジニアが、ナカモトサトシとのメールのやりとりを2024年に公開しました。
これは長年、自分がナカモトサトシだと名乗り、数々のトラブルを起こしていた人物に対して起こされた裁判の過程で公開されたものです。最終的にイギリスの裁判所でこの人物はナカモトサトシではないとの判決が出ています。
マルミ氏が公表したナカモトサトシのメールは非常に興味深い点がたくさんあります。
例えば、ナカモトサトシは単純に、みんなで使えるインターネット上での少額決済の仕組みができたら便利だと考えていたことが読み取れます。ナカモトもマルミ氏も、これまでとは全く違う新しい金融の仕組みをつくるといったことまでは考えていなかったのです。その証拠に、ナカモトサトシの論文には「分散(distributed)」という言葉は出てきますが、「非中央集権型(decentralized)」といった言葉は出てきません。
また、一連のメールのやりとりからナカモトサトシの属性等もある程度、推測できます。以下は私の個人的な見解です。
①ナカモトサトシは個人である
②ナカモトサトシは資産家や富裕層ではなく、おそらく暗号技術に詳しいシステムエンジニアである
③ナカモトサトシはおそらく本名または普段使用しているニックネームで、英語は母国語ではない
いまでこそビットコインの市場規模が大きくなり、非常に注目されるデジタル資産となったため、ナカモトサトシが秘匿性を高めるために自らの出自を特定できないようにしていると言われていますが、暗号資産の原点であるビットコインの開発者は、それほど胡散臭い人物ではありません。
繰り返しになりますが、もともとはインターネット上での少額決済の仕組みとしてビットコインを考案しました。それが実は、情報の非改ざん性が高く、デジタルデータの移転において有効であり、デジタル資産を投資対象として活用できる極めてユニークで画期的なアイデアであることが後から明らかになったのです。
こうした経緯を知っておくことは、ビットコインなど暗号資産の本質を理解する上でとても有用だと思います。

1980年生まれ、東京大学法学部卒業。2016年3月、日本初の暗号資産交換業を営む株式会社ビットポイント(現 株式会社ビットポイントジャパン)を立ち上げ、同社代表取締役に就任。
2018年、紺綬褒章を受章。2019年、「世界経済フォーラム」よりYoung Global Leadersに選出。
2023年から、SBIホールディングスの常務執行役員、日本暗号資産等取引業協会代表理事を務める。
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