本記事は、白取 春彦氏の著書『本当に頭がよい人とわるい人の大きな違い: 頭をよくする思考術』(ぱる出版)の中から一部を抜粋・編集しています。

本当に頭がよい人とわるい人の大きな違い: 頭をよくする思考術
(画像=tadamichi/stock.adobe.com)

おもしろがって読むと身につく

自分でじっくりと本を読むことによって論理というものを体感でき、同時に身につけるようになれるわけですが、また、ついでに新しい知識を得ることもできます。
このことを読んですぐに実感させてくれる書物の一つは、たとえばユクスキュル(1864〜1944)の『生物から見た世界』でしょう。他にも良書はいくつもあります。
読書で論理を身につけながら知識を得られるのは、その書物がすぐれたものであると同時に、主体的におもしろがって読むと内容を含めて全体を吸収できるという能力をわたしたちが持っているからです。だからこそ、わたしたちは頭をよりよくできるのです。
そのキーポイントはおもしろがって読むということです。興味を持ち、おもしろがっているから集中できるのです。
本を読む前に瞑想をくり返して十分に集中力をつけてからなどという時間のかかる手間は必要ありません。
興味がわいている限り、おもしろいと思う限り、そこには何の準備も努力もいらない強い集中がすでにできています。ただそれだけでわたしたちはその書物で展開されている論理と知識を吸収できるのです。
いやいやながら学校に通う多くの生徒と学生には興味を持って夢中になるというこの態度が欠けているため、長い時間をかけて学校の椅子に腰かけていても本当に吸収できるものがとても少ないのです。

読書が自分をよくもわるくも変えていく

そういうふうにして書物を読み始めると、次から次へと疑問と興味が生まれ、それについて書かれた本を探して読むようになります。すると、さらに多くの論理と知識が努力なしに身につくということになります。
書物を読むと、必ずといっていいほどさまざまな外国語が出てくるものですが、それらは丹念に調べておくべきです。可能ならば、いくつかの外国語についての本をも読んで、その外国語の文法の初歩だけでも知っておくのがベターです。
なぜならば、どんな言語の文法もまた論理できっちりと組み立てられているからです。その構造を知るほどに、自分が話したり書いたりすることが以前よりずっと整然として的確なものになります。
自分がその段階に達すると、他人の話し方を聞くだけで、その人が今までまともな書物を読んできた人なのかどうかを簡単に察知できるようになります。
そしてまた、流れてきた情報をこれまで自分にたくわえられた知識と引き合わせることで、まともなものかどうかだいたいわかるようにもなります。

そういうふうにして書物を読んでいるうちに、情報というものは文字数が多いにもかかわらず、事実がごくわずかしかないことに気くでしょう。SNSなども含めたほとんどの情報は、受け手の情感をいくつかの限定された方向に動かそうという意図を背後に持っていることもわかってきます。
たいがいの人はしっかり考えることなく、情感や気分で財布を開く習性があるため、情報の送り手はほくそえみながらそこを突いてくるのです。
このような読書によって身につけた論理と知識は固定化されることがありません。次の書物を読むのをやめない限り、そのたびに修正され更新されて新しくなります。
しかし、ある特定の思想やいびつな考え方にかたよった書物ばかりを読むのならば、それは起きません。分野を問わず幅広く読んでいる場合だけ、論理と知識がさらに広く深くなっていくのです。
その反面、かたよった分野のものばかり読むならば、自分の中で凝固した固定観念をさらに強くしていきます。そういう状態になっている人は少なくなく、それが悪くこうじていくと宗教的な原理主義者や差別主義者、あるいはカルト信者になっていきます。本を読むということにはそういう一面もあるのです。
だからといって、依然として主体的に本を読むことなく、他人がまとめた簡単な要約本程度のものやユーチューブなどのダイジェストでその本の中身を理解しているつもりになっていればどうなるか。簡単にその時代の政治の力と居住地域の人々の習慣の奴隷になってしまいます。
なぜならば、書物を手に取って読まないのは自分の頭であらためて考えることを放棄している状態と同じであり、他人から聞いたことを実際もその通りなのだろうと受けとってしまうようになっているからです。これが、いわゆる世間に流されて生きるしかできない人の典型的な態度です。

書物を読むこととは

読書とは、たんに文字を追って本を読むことではありません。そもそも、書物を開いて読むということはそれほど簡単にできることではないのです。
なぜならば、そのときに自分の頭脳が正常であり、かつ明晰めいせきでなければ、文章を読んで内容を理解することなどとうてい不可能だからです。
感情が動いている状態で、つまり、怒ったり悲しんだりしているときも、文章をそのまま理解して読むことはできません。自意識や承認欲求が強く働いているときも無理です。
何かが気になってどうしようもないときも他人の文章を読んで理解することができなくなります。
また、自分の身体に強い痛みがなく、心が静かな状態、あるいは自分の心などまったく気にしていない状態でなければ読むことはできません。読書のときにはまた、自分がいる場所が安全であり、不快な騒音がなく、難なく文字が読める程度に明るいことも必要となります。さらに、読むためにはまとまった時間も必要です。
こうしてみると、読書は一見簡単なことのように思われながら、実際にはとても特殊な状況でのみようやく可能になることだといえるでしょう。ということは、書物を読めるのは自分が過不足のない幸福な状態にいるともいえるわけです。
また、書物を読んでいるときは、副交感神経が優位な状態になります。副交感神経は自律神経の一部であり、心身をリラックスさせる働きをします。そのように読書はわたしたちの身も心も健康にする効果があります。

本当に頭がよい人とわるい人の大きな違い: 頭をよくする思考術
白取 春彦(しらとり・はるひこ)
青森市生まれ。ベルリン自由大学で哲学・宗教・文学を6年にわたって専攻する。帰国後、別名で小説を書いていたが、哲学関係の著作に移る。哲学と宗教に関する解説、論評の明快さに定評がある。主な著書に、ミリオンセラーとなった『超訳 ニーチェの言葉』『頭がよくなる思考術』『生きるための哲学 ニーチェ[超]入門』(以上、ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『「愛」するための哲学』(河出書房新社)、『超要約 哲学書100冊から世界が見える!』(三笠書房)など多数。

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本当に頭がよい人とわるい人の大きな違い: 頭をよくする思考術
  1. 読むだけで変わる? 論理が身につく読書術
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  3. 多数派は安全じゃない、本を読まない人が利用されやすい理由
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