本記事は、白取 春彦氏の著書『本当に頭がよい人とわるい人の大きな違い: 頭をよくする思考術』(ぱる出版)の中から一部を抜粋・編集しています。
本を読まない人たちは利用される
書物を読まない人たちはみな似ています。どこが似ているかというと、まず自分の社会的行動を人真似から始めるということです。
たとえば、(日本の)学校や大学で何かについて生徒や学生の意向を訊くために挙手してもらうと、周囲の人の動きや反応をきょろきょろと見回して確認してから手を挙げたり挙げなかったりする人が目立ちます。彼らはまるで自分に考えや自由意思がないロボットであるかのようです。
彼らは自分で考えて自分の意思を決めるのではなく、多勢の動きに合わせて真似をするのです。そうすればだいたいまちがいがないと教わってきたのでしょうか。あるいは、暴君的な人にしたがわなければならないという家庭環境にあったのでしょうか。
もちろん、自己主張せずにいつも多数に付和雷同するという生き方があってもいいでしょう。ただし、それで家族や係累の関係がかえってうまく運ぶという場合は、です。
しかし社会においては、その付和雷同はとても簡単に利用されてしまいます。利用するのは政治的な意図を持って利益や地位を得ることができる団体やそれに連なる人たちです。というのも、政治的決定が多数決で行なわれているからです。
多数決は各人が主体的に考えて判断することによってのみ初めて意味と効果を持つ手段なのですが、主体的に考えることをしない人たちが誘導されるがままでは、多数決の判断が多数の人の意思を反映しないことになってしまいます。
その結果、付和雷同する人が多いほど、与党の体制を維持するために、独裁主義的な、あるいはまたカルト的な主張や政治行動が通りやすくなってしまうわけで、それは戦争への道と通じているのです。
そういう誘導や煽動を行なう一群の人たちは知性を嫌います。なぜなら、彼らの手の内が見透かされ、彼らの思想を組み立てている欺瞞や虚偽や矛盾がはっきりと指摘されてしまうからです。だから、政治家たちは知識人を嫌うのです。
本を読まない人たちの多さ
本を読まない人たちは自分で考えることを嫌う傾向にあります。
考えるのが面倒だから嫌っているのではありません。思考法を教わったことがないし、どう考えればいいのか少しもわからないので、そのわからないことを遠ざけてしまうのです。知識や学習ということもよくわからないので遠ざけます。
わからないことをそういうふうに今まで遠ざけてきて何か格段に困ったことが起きなかったので、今後もずっと目をそむけ続けることになります。そして他人のやっているようなことを自分も行なって平然としています。話す内容も受け売りです。何かを選択するときも大勢と同じようにします。
そういうふうにしていても学校を出て大人になり、会社に入り、社員として働くことができます。さきほど触れた付和雷同のふるまいをして問題も起こさないでいれば、いつのまにか縁故も生まれ、損得含みの人間関係も築かれていくからです。そこには自分で考えないことを責めてくるような人もいません。
そういう人がとても多いので、選挙において組織票なるものが成り立つわけです。あの組織票の多さが、考えることなく付和雷同をする人たちの多さそのものなのです。
物事を定式化する人たち
物事を考えてみることをしない人たちがまったく自分の考えというものを持っていないかというと、そういうわけでもありません。むしろ彼らは世の中にあるこれこれの物事はこういうものだという確信に似たものを持っています。いわば、多くの事柄をあらかじめ決めつけて考えているといってもいいでしょう。
古いものより新しいものをよしとし、政治的な事柄、習慣、人間の上下関係、価値観については保守的であり、それが伝統的な正しさだとみなします。やっかいなことに、彼らは自分たちこそ善悪や美醜の判断ができるし、その判断が絶対的に正しいと信じきっています。ですから、彼らと議論することは不可能です。そもそも彼らは議論がどういうものかわかっていません。
彼らが自分で考えたあげく、そう考えるようになったのではなく、彼らの周囲の人たちのように多くの事柄を単純に定式化して考え、ふるまっているだけなのです。彼らはいつも同じ態度と価値観を貫き、そういう意味で無敵の人たちでもあるのです。
彼らの弱点は、意見を異にする人たちが話している内容をよく理解できないことです。
理解できないのだから、反対の意見についてもっともと思われる反論もできません。ひたすら自分たちの主張を強い口調で言うだけです。
そういう彼らの最大の弱点は、立ち上がってきた新たな問題に対して対応できないということです。なぜならば、理解力が不足しているばかりか、柔軟に考えることすら知らないからです。
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