本記事は、白取 春彦氏の著書『本当に頭がよい人とわるい人の大きな違い: 頭をよくする思考術』(ぱる出版)の中から一部を抜粋・編集しています。

本当に頭がよい人とわるい人の大きな違い: 頭をよくする思考術
(画像=tiquitaca/stock.adobe.com)

見かけの頭のよさと本当の頭のよさ

自分は賢く生きよう、と思うことは殊勝に見えますが、そう思うこと自体はあまり賢くありません。愚かなことは避けよう、と思うほうがおそらくベターであり、賢さに近づいています。
「頭がよい」も「賢い」も、何かの決められたスケールで比較したうえでの状態についての評価の形容です。この比較というのは、ある範囲だけに限るからこそ可能なのです。
誰か他人と比較して自分のほうこそ頭がいいと思ったとしても、それは身勝手な妄想にすぎません。なぜならば、その誰かのすべてを知っているわけではないし、知るすべもないからです。つまり、本当は何も比較することができないのです。
ところが世間一般では学業成績の高いほうが賢いと信じられています。学業成績の高さはしかし、テスト問題に答えるという範囲での正答率が高いことと、教えられたことを記憶するという一種の従順さを示しているだけで、一概に賢いことを証明しているわけではありません。もちろん、賢い場合も多々ありますが、そこは判然とはしていません。

賢いというのは、現実の問題について対処できるという意味でとらえたほうがいいのではないでしょうか。
たとえば、1個の桃を3人で分けて食べるという問題です。学業成績のよかった人は、この桃を、体積や重さを計測したりして、なるべく正確に3等分しようとするでしょう。
賢い人の対処はもっと簡単になります。その桃を無造作に三つに切って笑いあいながら3人で食べるだけだからです。
この二つの対処は次元がまるで異なっています。学業成績のよかった人の対処はモノに向けられているのです。だから、桃を3等分しようとしたわけです。一方、賢い人の対処は人に向けられています。だから、3人で仲よく食べられればよしとしたのです。
現代の行政にも企業にもわたしたちの態度にも、このレベルでの賢さがたりないのではないでしょうか。問題のモノの部分だけ注視していて、人を見ていない、人の心や全体を見ていないのではないのでしょうか。

枷から抜け出なければ自由になれない

では、賢い人の賢さというものはどこを見ればわかるのでしょうか。その一つは、まず、問題そのものを注視せず、全体を見ているということがあります。
さきほどの桃を分ける問題でいえば、それぞれに分けられた桃の切り身の大小などではなく、その3人が仲よく食べることをもっとも重視するわけです。
次に賢い人の特徴として、ケースバイケースでいくらでも自由に考えて対処できるということがあります。これができるのは、あらかじめなんらかのかせをはめられていないからなのです。

いわゆる世間的な意味での頭のよい人はしばしばエゴイスティックなものですが、それは枷をはめられているということを意味します。自分に利益になるように考えるという枷を自分自身にはめているわけです。
自分の利益ばかり気にしているという意味では商人も同じで、商売にかたよった考え方ばかりするため、大きく失敗する陥穽かんせいがいつも口を開けています。
自意識の強い人は、自分がどう見られているかということがいつも枷になっています。
他人が自分をどう見ているかをいつも想像しているわけですが、そもそも他人の頭の中をいったいどのように想像するのでしょうか。つまり、その人は、自分の想像する他人の頭の中というものを現実だとみなしているわけです。それはばかげた妄想以外の何物でもありません。
その他に、自分なりのこだわりを持っている人、自分なりの流儀があると自負している人、過去の業績を誇っている人もまた、その偏向した考え方や思いが重い枷になっています。得意や自慢というのも枷そのものです。

特定の宗教に染まっている人は、その宗教の教義や宗教的慣習が強力な枷になっています。15世紀フランスのジャンヌ・ダルク(1412頃〜1431)だけではなく、その宗教的な枷から抜け出ることをしないために武器を向けられた人、死ぬことになった人、差別や迫害を受けた人、輸血や手術を拒否して手遅れになった人、はたくさんいるのです。
どういう枷であっても、その枷は自分の周囲に高い壁を建てて世界をことさらに狭くし、誰にでも可能だったことをまったく不可能にし、結局のところ現実の問題に対してベターどころかまともな対処すらできなくしてしまうのです。
すでに説明した権威主義的パーソナリティの人たちももちろん、これらエゴイズム、強い信念や固い信条、組織でのしがらみ、宗教や伝統とからみあった迷信、強い自意識、などで満載のため、問題に満足に対応することも、物事を成すことも、自分の可能性を広くすることもできなくなってしまっており、ただ権力や権威にすがっているしかできないのです。
多くのテストを通過してきた官僚を擁した政治体制が、一般の人々の暮らしをいっこうによくすることができないのはここに根本の原因があるのではないでしょうか。

本当に頭がよい人とわるい人の大きな違い: 頭をよくする思考術
白取 春彦(しらとり・はるひこ)
青森市生まれ。ベルリン自由大学で哲学・宗教・文学を6年にわたって専攻する。帰国後、別名で小説を書いていたが、哲学関係の著作に移る。哲学と宗教に関する解説、論評の明快さに定評がある。主な著書に、ミリオンセラーとなった『超訳 ニーチェの言葉』『頭がよくなる思考術』『生きるための哲学 ニーチェ[超]入門』(以上、ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『「愛」するための哲学』(河出書房新社)、『超要約 哲学書100冊から世界が見える!』(三笠書房)など多数。

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