ブラジルレアルは米ドル高シナリオの中で、国内景気悪化や汚職事件などの個別要因もあって、特に昨年9月以降、新興国通貨の中でも下落が大きかった。
もっとも、コモディティ価格の下落一服や財政健全化努力もあって、行き過ぎた下落から反発し始めている。今後、米国が利上げを開始しても、小幅で緩やかなものに留まれば、割安とは言えない米国の債券・株式市場にはさほど資金が向かわず、ブラジルを含む新興国に資金が再び流れるチャンスが高まっている。
敗因の研究:外部要因だけでなく、ブラジル固有の要因も
ブラジルレアルもトルコリラと同様、米景気回復と金融政策正常化期待を背景とした米ドル高のあおりを受けただけでなく、自国に固有の悪材料も相俟って、2013年半ば以降対米ドルを中心に大きく下落してきた(トルコリラについては 5月20日付投資戦略テーマ「トルコリラ:AKP276?」 を参照)。
ブラジル固有の悪材料としては、1市場競争よりも貧困層への所得分配を重視するRousseff現大統領の再選(昨年10月26日の大統領選)、2ばらまき財政を受けた財政赤字の急拡大、3高インフレ体質、4主要輸出品である原油や鉄鉱石などの国際価格の大幅下落を受けた貿易収支の悪化、5ブラジル経済においても重要な位置を占める国営石油会社ペトロブラスの汚職疑惑と政界への波及懸念、などがある(図表1、2)。
但し、財政問題については金融市場からの信認も厚いLevy財務相が健全化に向けて緊縮財政政策を推進していること、原油や鉄鉱石価格の下落が一服したこと、そしてペトロブラス問題につきデフォルトも視野に入っていた最悪期は脱したとの見方が広がったこと等を受けて、レアルは対ドルで今年3月20日(3.3148レアル)、対円で今年3月30日(36.47円)に底値をつけた後、反発しつつある。
米景気について、冬場の悪天候などから経済指標が軒並み市場予想を下回り、ドル高が一服・小反落したこともブラジルレアルはじめ新興国通貨の下支え要因となった。
レアル見通し:「レア充」の条件は?
ブラジルレアルは新興国通貨の中でもとりわけ大きく下落してきており、その過程で悪材料を相当程度織り込んだとみられることから、底入れした可能性が高い。
但し今後も上昇が持続的になるには、1米利上げでも新興国の相対的魅力が低下しないこと、2ブラジル政策当局が引締め的な財政・金融政策を維持し、市場の信認を維持すること、3国際商品市況が安定し対外収支が悪化しないこと、といった条件が必要となりそうだ。
「米利上げ=新興国売り」という固定観念の修正
ブラジルレアルを含めた新興国通貨下落の最大の要因として、米国の景気回復と利上げ期待がある。それ以前は米景気がリーマンショック後に低迷し、FOMCが積極的な量的緩和政策を行った結果、米国で金利が低下し対米投資の魅力が薄れ、低金利のドルを借りて高金利の新興国通貨に投資する「ドル・キャリー取引」が活発化した。
それが米景気回復の明確化で世界経済の牽引役が事実上米国となり、年内にも利上げ開始が視野に入る中で、ドル・キャリー取引の巻き戻しが今後も継続する、との見方が一般的となったことが、ドルの対価として買われていた新興国通貨の下落に繋がっている。
但し、こうしたドル売りの巻き戻しは既に2013年以降、Fedのテーパリング(量的緩和縮小)、利上げ開始期待の高まりの中で持続的に起きてきた。一方で、米国の景気回復は当初の想定ほど力強いものではなく、利上げが開始されるとしても小幅で非常にゆっくりとしたペースとなる可能性が非常に高くなっている。
その場合、ドルの相対的魅力はあまり高まらず、特に政策金利が13%台のブラジル対比では尚更だ。かつ、米景気拡大を背景に米国の資産を買うにしても、米国株は既に割安ではなく、一部に割高感への警戒感も出てきている。ひとたび米国で利上げが開始され、そのペースが非常にゆっくりであることが分かれば、レアルを含めた新興国通貨にも資金が再流入していく可能性が高まる。
特に為替相場の観点から、米国の利上げ期待を受けた米金利の上昇やドル高の場合でも新興国通貨の相対的な下落度合いは小さそうだ。2013年以降について、新興国通貨および円の米2年債利回りおよびドル指数(主要通貨に対するドルの加重平均相場)に対する感応度(ベータ値)をみると、対高金利通貨よりも、対円の方がドルの感応度が高いことが分かる(図表3)。
この結果、米2年債利回りおよびドル指数に対する新興国通貨(対円相場)の感応度をみると、僅かながらプラスとなっている(図表4)。
即ち、米国の利上げ期待が高まり、米2年債利回りや対主要通貨でドルが上昇する際に、レアルなど新興国通貨よりも円の方が下落率が大きいことから、レアル/円やリラ/円は上昇する傾向がある訳だ。こうした傾向が続けば、米利上げ期待が高まったとしても少なくとも対円ではレアルは下落しにくいだろう。
ブラジル中銀のタカ派姿勢継続
ブラジルではインフレ率が直近4月分で前年比+8.17%と、ブラジル中銀のインフレ目標レンジの上限(+6.5%)を大きく上抜けした状況が続いている(図表5)。このため、6月3日に中銀は50bpsの追加利上げを実施し政策金利(SELIC)を13.75%とし、市場では年内にも14%へ追加利上げが実施されるとの見方が強まっている。
逆に、これ以上の利上げは既に今年マイナス成長が予想され事実上のリセッション入りしているブラジル経済にとっては更なる逆風となることから、利上げ局面終了が近いとの見方も強まっている。少なくとも米国の利上げ開始までは、ブラジル中銀がタカ派姿勢を維持し、利上げ打ち止め感を醸成しないようにできるかが、米利上げ(を受けた潜在的なレアル売り圧力)を乗り切る上で重要な要素となりそうだ。
ブラジル政府の財政緊縮策の継続
Rousseff政権では左派的なばらまき財政を継続し、財政赤字が拡大したことがレアル安の一因だったが、第二次Rousseff政権ではLevy財務相主導で財政緊縮策を進めていることが好感され始めている。
但し、Levy財務相が計画している財政緊縮目標(プライマリーバランスを2014年のGDP比-0.6%から15年に+1.1%へ黒字化)達成は困難との見方がある中で、格付け機関によるブラジルのソブリン格付けの引き下げの可能性もある。
フィッチは4月9日、格付け見通しをネガティブへ引き下げたが、トリプルBの格付け自体は維持した。一方で、ムーディーズは、今年7-9月期に現地を訪問して格下げの有無を決定するとしており、格下げリスクが残っている。このため、財政緊縮策が確実に実行され、財政収支が実際に改善に向かうことが必要となりそうだ(図表6)。
主要商品市況の反発継続と対外収支の改善
ブラジルは輸出総額に占める一次産品の比率が5割弱と大きく、中でも鉄鉱石や原油は国際市場価格が大きく下落したことから、貿易収支、経常収支の悪化につながり、ブラジルの経済および株式市場におけるプレゼンスが大きい鉱山会社ヴァーレや国営石油会社ペトロブラス株の下落にもつながった。
原油安に加えて、ペトロブラスはRousseff大統領自身もかつて役員だったこともあり、与党有力議員を巻き込む汚職事件となり、各地で100万人規模のデモを引き起こすなど社会不安にも繋がった。
もっとも、鉄鉱石や原油の価格は下落が一服し、回復の兆しがみられてきている。またペトロブラスについても4月22日に5か月遅れで監査済み決算を発表し、決算すら発表できないのではとの懸念が後退した。
今後も、鉄鉱石や原油価格が大きく上昇せずとも再び下落基調に戻らず、ペトロブラスについても信頼回復に向けた動きが市場に評価されれば、ヴァーレやペトロブラスの株価と共にブラジルの総合株価指数であるボヴェスパ、ひいてはレアルの下支え要因となりそうだ(図表7-10)。
山本雅文(やまもと・まさふみ)
マネックス証券
シニア・ストラテジスト
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