◆アセアン企業によるM&Aの増加

上記ではアセアン諸国による対外投資の増加傾向をみたが、本項では、その重要な要素となっているアセアン企業によるM&A(合併・買収)の動向を見ることにする(*1)。アセアンの企業による海外でのM&Aの金額は、2014年に前年比3.2%増の213.9億ドルとなっている。世界全体のM&A総額に占める割合は5.4%となっている(2008年は3.1%であった)。

M&Aの主体を国別に見ると、従来から多かったシンガポール・マレーシアの企業に加え、2000年代後半からタイ企業のM&Aが増える傾向にある。特に2013年はアセアン企業の国外におけるM&A金額の中でその約6割をタイが占めている。アセアン企業のM&Aについて、近年では、アセアン域内の企業を対象とする事例が増えている。具体的には、アセアン企業は2013年に域内で合計203.4億万ドルのM&Aを実施した。

年別の推移を追うと、2011年の96.5億ドル、2012年の84.6億ドルから、2013年は倍以上の水準に増えており、アセアン企業はM&Aによる域内での事業拡大を積極化している(本項は、牛山(2015)およびUNCTAD(2015)を参考にしている)。このようなアセアン企業の域内外でのM&Aが増加している大きな理由として、以下のポイントが指摘できる。

(1)アセアン諸国が経済発展する中、アセアンの有力企業の力が増している。この点に関し、2015年5月15日付日本経済新聞電子版によれば、日本経済新聞が、東南アジア6カ国の上場企業から時価総額や成長性を基に「ASEAN100」として選んだ有力122社中、銀行を除く企業89社を集計したところ、対象企業の約6割で2014年度の連結最終損益が増益となったとしている。

つまり、域内企業の財務力や資金力が強化されており、M&Aによる事業規模や事業領域の拡大、競争力の基盤が強化されている。さらにアセアン域内でのM&A(域内投資)の増加の要因については、先進国など域外企業による場合と同様、次のような観点が挙げられる。

(2)アセアン諸国の経済発展による富裕層・中間層の増加など市場の拡大傾向の中で、その規模と将来性をポジティブに捉えて拠点の設置・拡充・強化を図っている。

(3)アセアン経済共同体など域内統合の動きも大きな動因である。東南アジア諸国連合(ASEAN)は2015年末、アセアン経済共同体(AEC)を発足させる(*2)。既に大きな成果を挙げている関税の撤廃などを別にすれば、AECの発足と同時に具体的な自由化や市場統合の多くが実現するわけではない。

しかしながら、域内統合が進む中でモノやサービスの自由化などの動きが前進することが、域内・域外の多くの投資者によって期待されている(*3)。すなわち、関税の撤廃、物流の自由化・容易化、サービス分野における制度の統一・自由化の動き等は、企業が、アセアン全体を面として捉えた戦略の策定や行動を促す契機となっている。

例えば、製造業における、労働コストの高い国から低い国への生産拠点の移転や各経済回廊の物流網の整備によるサプライチェーンの効率化・合理化等の視点からの拠点の再配置を行ったり、拡大する市場の中でのダイナミックな販売戦略の策定・行動を実施する機運が出てきている。

特に、インドネシアのような大規模な市場での事業基盤の確保や競争力の強化、経済発展が後発で今後拡大が見込まれる市場(CLMV諸国)における先行者優位の確保や事業基盤や競争力の強化を狙う事例も増加している。製造業に加えて、小売や金融等のサービス業での投資も増加している。

この背景として、各国による(良い意味での競争の結果としての)投資受入れ政策や、制度の充実(投資手続きのワンストップ化など)による投資環境の整備もプラスの貢献をしている。

また、アセアン企業の投資・M&Aとして、自国内(本拠国内)での投資(拠点新設や既存拠点の拡張)や自国の他企業の買収も増えている。これは、今後域内における統合が進行することが予期される中での、域内・域外の有力企業による参入増や事業規模の拡大による競争の激化に備えた、「攻めの防衛・準備」とも捉えることが出来よう。