台湾総統選の結果を、背景を含め一番熱心に報道しているのは、日本メディアではないだろうか。
中国では見越していたとはいえ、面白くない結果で報道はそっけない。民進党勝利が明らかとなった1月17日付けの地方紙は、後方紙面の上半分だけで報じていた。新華社台北からの配信記事1本、新華社北京から記事1本、評論1本、外交部報道官の発言1本、計4本で、評論以外はみな短文である。
見出しは、「蔡英文台湾地区領導人に当選」となっている。ちなみに同日のトップニュースは「株式市場異常波動からの教訓」だった。
中国の論評「台湾経済の不振で格差拡大、民生問題の改善進まず」
報道の中心は国営新華社の評論だろう。何しろ練り上げる時間は十分にあった。よく推敲された政府公式見解に違いない。
まず今回の結果について、台湾民衆が大陸反抗的な政策を支持し、中台関係の発展をもはや希望していないのか、これまで8年間の接近政策は挫折したのかと、との問題提起から入っている。それらを順次否定する構成だ。
選挙結果分析としては、世界経済(中国経済ではない)の悪化による台湾経済の不振を第一に挙げている。それによって貧富の格差が拡大し、民生問題の改善は進まず、若者を中心に野党民進党への期待が高まった、としている。「おいおい一体誰のことを言っているのだ」とここであきれる人は多いだろう。
続いて論調は、台湾の主流派人士は中台関係の維持発展を望んでいる、とトーンが変化する。平和こそが相互利益であることは、両岸(大陸と台湾を指す)の誰もが分かっている。ところが民進党は、「九二共識」(1992年一つの中国を確認したとする合意)を否認し、台湾独立の議題も回避し、ただ現状維持のみを唱え、蔡英文は日々小心翼々と過ごしていると非難を浴びせる。
そして彼女が何を画策しようとも大局は変わらず、両岸関係の安定発展という現行の路線を継承せざるを得ない、と続く。あとはおどし文句気味の文言で埋められ、そして最後には、何があろうと中華民族の大復興「中国の夢」は一歩一歩進む--と結ばれている。
中国人はほとんど無関心
一般の中国人は、この結果をどう思っているのだろうか。
台湾の対面、福建省など華南地区とその他とでは温度差は大きいだろう。本音のところ当所のような華北地区ではほとんど無関心といって差し支えない。華北には日系、韓国系に比べ台湾系企業の存在感は小さく、当然接点も少ない。中国人の某友人が微信(SNS)で見解をくれた。
しかし「どちらの政党が執政しようとも両岸関係の和平発展の趨勢は阻止できない」とまるで新華社のような取りすました内容だった。他に言うべきことが見当たらないのだ。要するに無関心の裏返しなのである。
実は三国志の英雄について意見を聞いた際、曹操についてとうとう自説を展開した若者にも聞いてみた。すると「ごめんなさい、何も知らないのです」と前回とは打って変わって及び腰だった。誰に聞いても似たようなもので、台湾ネタの会話はまず長続きしない。日本と日本人のことについて聞くと、好き嫌いは別にして、いくらでもしゃべるのとは好対照である。
2008年、国民党・馬英九政権発足の年の暮れ、長年の懸案だった三通(通信、通商、通航の自由)がようやく実現した。航空網は年々拡大、やがて華北の各都市にも直行便が飛び始め、台湾ツアーの広告が目立つようになる。
とはいえ日本や韓国便とはまだ本数において比較にならない。日韓は、まとめて周遊できる便利さもある。台湾旅行は1日1便同士のシンガポールと同じで、日韓とは別カテゴリーに入る。
まだまだなじみは薄く、あまり知られていないのである。もちろん旅行に行った人は徐々に増え始めている。旧知のインテリ中年男性もその一人だ。台湾人の礼儀正しさに感銘を受け、これは日本統治期の良い影響に違いない、と人に会うたびに語っていた。彼は日本へ行った経験はないが、台湾で間接的な日本のファンとなった。
外交政策の失敗という疑念が浮上
ところで、このインテリ男性が常に問題視しているのは、近隣諸国との関係悪化についてである。日本、北朝鮮、ベトナム、フィリピン、ミャンマー、いずれに対してもうまくいっていない。まあ良好なのは、ロシア、韓国くらいだろう。
しかしロシアは潜在的には油断のならない宿敵である。アメリカには盛んに秋波を送るものの、彼の大国の反応も芳しいものではない。この先台湾との関係にも隙間風が吹くようになれば、中国の外交政策はほとんど全敗ではないか。この状況は肯定されていいのか、中国の安全に問題なしと胸を張れるのか。
中国人は有利不利の政治感覚には極めて敏感である。こうした問題意識は多くのインテリも共有しているのではないだろうか。
このように問題は台湾そのものではなく、中国外交の稚拙さにあると非難が向くことを、中国政府は何としても避けたいだろう。だがその回避行動が南沙諸島の埋め立てと、評論のように「中国の夢」を強調し国民の大国意識を鼓舞するだけなら、これはまた20世紀的な、はなはだしい時代錯誤である。まったくやっかいな隣人である。(高野悠介、現地在住の貿易コンサルタント)
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