(写真=HPより)
(写真=HPより)

2015年11月、かんぽ生命保険が株式上場したことで、国内の競合保険会社に限らず他の金融機関も戦々恐々としている。新たな株主から圧力がかかることで、かんぽ生命がシェア拡大に走り、ただでさえ人口減少で市場が縮小するなかで競争が激化し、パイを奪われかねないからだ。

「かんぽ」上場で他の金融機関は戦々恐々

「かんぽ」は「簡易生命保険」の略。若い世代にはなじみが薄いだろうが、大正5(1916)年、今からちょうど100年前に創設された国営の生命保険だ。加入の際に医師の診断や職業の制約がなく、身近な郵便局で容易に加入できたことから簡易保険として親しまれていた。

ただ加入の制約が少ない分、支払保険金は民間の生命保険より低く抑えられ、加入限度額も最大で1300万円だった。加入者には全国各地の保養施設「かんぽの宿」を割安に利用できるなどの特典があり、これも人気の一因だった。

しかし、2007年10月の郵政民営化で日本郵政公社が解体され、持ち株会社の日本郵政と傘下の日本郵便、ゆうちょ銀行、かんぽ生命の株式会社4社が発足。昨年の株式公開で日本郵便を傘下に残した日本郵政と他の2社が公開され、郵政グループ3社として現在に至っている。

民営化で旧簡易保険の商品性を引き継ぐ

この民営化で、政府保証がつく簡易保険は独立行政法人郵便貯金・簡易生命保険管理機構が引き継ぎ、かんぽ生命はその実務を受託するとともに、自社設計の商品を支店や、郵便局を代理店として販売することになった。

自社商品は基本的に旧簡易保険を踏襲したもので、加入の容易さや最大限度額1,300万円は同じ。主要商品のラインアップは他社とほぼ同様だが、掛け捨ての医療保険やがん保険といった単独商品はなく、これらは特約として主契約の保険に付加したり、外資生保の商品を取り次いだりしている。

同社の業界における位置づけをみると、まず事業規模では14年度末の総資産が84.9兆円(単体ベース、以下同様)で、生命保険協会加盟42社の合計367兆円の2割強を占め、2位の日本生命(62.3兆円)や3位の第一生命(36.8兆円)を大きく上回る。

総資産は業界トップ、契約シェアは1割弱

ただ保障総額を表す保有契約高は43兆円で業界全体の5%足らず。日生の168兆円や第一の136兆円の1/4~1/3にとどまり、その件数も1350万件程度と業界全体1.5億件の1割に満たない。

利益面では、保険本業の収支を表す基礎利益が5154億円。日本生命(6791億円)には及ばないが、第一(4582億円)を上回る。ただ、その利益構造は、収入保険料より保険金支払いの方が約3兆円多く、このマイナスを運用益で埋めている形だ。総資産の8割強を占める有価証券、とりわけ大半を占める債券が金利上昇などで値下がりするとダメージは大きい。

14年度の個人保険の新規契約数は前年比7%増と業界全体の2%増を大きく上回った。昨年の株式上場を前に営業に力が入ったのかも知れない。かんぽ生命の基幹代理店である郵便局は全国津々浦々に2万局以上、加えて全国主要都市に主に法人向けの76の直営拠点を持つ。

強大な販売ネットワークで攻勢に

大手生保の代理店総数の2倍以上のこの強力な販売ネットワークのもうひとつの強みはその地域密着性にある。とくに高齢者にとって顔なじみの郵便局員への信頼は絶大で、それが地方における同社のダントツのシェアにつながっている。政府保障はないが、それを勘違いして安心に思う加入者も多いだろう。

昨年4月に日本郵政グループが発表した中期経営計画(15~17年度)におけるかんぽ生命の最大のミッションは新契約高の拡大と保有契約件数の底打ち。要は新規、既存顧客に対する営業強化だ。

具体的には、渉外社員を1.8万人から2万人に増強する、既存商品見直しとラインアップ拡充で代替契約率および医療特約付加率を高める、基幹系システムに600億円を投じて新契約の獲得につなげる--など。いずれも他の生保各社に脅威を与えるに十分な方策だ。

おりしも、昨年末には政府の郵政民営化委員会がかんぽ生命の保険加入限度額を現行1300万円から2000万円に引き上げる方向を示した。同社にとってはまさに渡りに舟だ。

郵政民有化で民業圧迫は強まるばかり

このようなかんぽ生命の営業強化と「政府支援」に、生保各社のみならず他の金融機関も危機感をつのらせる。自社の保険契約や預金の少なくとも一部がかんぽ生命に流れるのはほぼ確実、とくに人口減少に苦しむ地方の金融機関にとっては死活問題だ。大手生保は大型M&Aで海外に活路を求める。

しかし、民営化委員会の増田委員長は「他の金融機関との競争関係などで資金シフトなどが生じなければ、さらに段階的に規制を緩和していくことが考えられる」と涼しい顔。金融界首脳の神経を逆なでした。

郵政民営化のそもそもの狙いは、民間でできることはまかせ、公平な競争を促すことだったはずだが、ゆうちょ銀行もしかり、「公的金融機関」の民業圧迫は強まるばかりだ。(シニアアナリスト 上杉光)

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