深刻な高齢化で日本はもはや財政を維持することができないという固定観念が、この20年間の日本経済の停滞の一因になっていたと考えられる。財政を一家計や一企業と同じように会計・ミクロでとらえて、借金が膨張すると破綻するという単純な発想で語られることが多い。では、財政をマクロとして考え、どのような状態になると破綻するのか。直感的に理解されやすい楽観バブル編と、直感的には理解しにくい悲観バブル偏に分けて考察していく。
過度な楽観マインドが生むバブル、その崩壊の行く先は
デフレを完全に脱却し、経済成長率が持続的に高まるとともに、企業のレバレッジが強くなっていく。景気回復による労働市場の需給引き締まりが強い賃金上昇を生み、家計は先行きを楽観視していく。家計の消費活動がかなり強くなり、家計の貯蓄率は低下していく。内需の強い拡大と資産価格の強い上昇が、景気が永続的に拡大していくという過度の楽観マインドを生む。
企業のレバレッジは更に強くなり、家計も消費者・住宅ローンを拡大させていけば、いずれ国内の貯蓄で資金需要をまかなえなくなり、経常収支は恒常的に赤字になる。この時、高齢化による社会保障費の増加などによって財政収支も大きな赤字であれば、政府の資金需要が国債金利の高止まりの原因となり、民間の投資をクラウディングアウトする。
景気が永続的に拡大していくという過度の楽観マインドが続き、資産価格が上昇している間は、海外から日本への資金流入は継続し、経常収支の赤字のファイナンスはそれほど問題とならない。その資金流入が続く間は、資産バブルのような状況となり、総需要の拡大は極めて強くなる。
しかし、民間の投資のクラウディングアウトが続けば、いずれ経済の生産性の向上は持続できなくなる。労働需給も完全雇用の状況であり、賃金の上昇は更に強くなり、総需要は過剰となる。その結果、インフレが加速していくことになる。経常赤字とインフレという問題に直面する。
インフレと景気の安定化のための日銀の金融引き締めも強くなり、国債金利の高騰が続く。インフレを安定化させるための金利水準が、資産バブルが継続することができる金利の上限を上回り始めれば、資産バブルの崩壊が始まる。
リスクを懸念した海外からの資金流入は縮小し、レバレッジにより大きな債務を抱えた企業の資金繰りは困難となる。更に、雇用・賃金の減少により、家計の資金繰りも悪化する。結果として、財政赤字をファイナンスすることが著しく困難になり、国債市場は暴落する。そして、財政破綻、またはハイパーインフレの結果となる。
過度の悲観マインドはなぜ財政破綻に近づくのか
財政債務残高や高齢化を恐れる過剰な悲観マインドにより、高齢化対策や財政緊縮を過度に進めてしまうと、過剰貯蓄に陥ってしまうことになる。もともと需要不足である中で、高齢化の進行以上に貯蓄が大幅に前倒され、財政が緊縮的であることは、総需要を破壊し、短期的には更に強いデフレ圧力につながってしまう。
雇用・賃金の減少が、家計の自立的な高齢化準備を困難にし、家計は先行きを悲観し、消費は更に減少してしまう。過剰貯蓄により国債金利は低下するが、現実以上に誇張された悲観論が蔓延しているため、経済活動はまったく刺激されない。
総需要の破壊によるデフレは国債金利の低下以上となり、実質金利は上昇してしまう。実質金利が実質成長率を上回る状態が継続してしまい、企業活動は更に萎縮し、家計の雇用・所得環境を更に悪化させる。そして、家計の自立的な高齢化準備を更に困難とする。更に悪いことは、消費の増加ではなく賃金の減少による家計貯蓄率の低下が、国内貯蓄で財政支出をファイナンスできないという焦りに繋がり、財政不安が拡大する。
その不安感による増税と社会保障負担の引き上げが総需要を更に破壊し、企業の意欲を更に削ぎ、それが家計のファンダメンタルズを更に悪化させるという悪循環に陥ってしまう。企業の意欲と活動が衰えると、イノベーションと資本ストックの積み上げが困難になる。
若年層がしっかりとした職を得ることができずに急なラーニングカーブを登れなくなる。その結果、高齢化に備えるためにもっとも重要な生産性の向上が困難になってしまう。デフレと景気低迷を放置しておくと生産性の向上が限界になり、生産性が低下し始めたところで、一転してインフレと景気低迷の同居のリスクとなる。
高齢化は、供給者(生産年齢人口)に対する需要者の割合が大きくなることを意味する。生産性が低下してしまえば、高齢化の負担の増加が、所得の増加をいずれ上回り、国内貯蓄は減少していくことになる。国際経常収支の赤字が続くとともに、日本は債務超過国となり、インフレ圧力が強くなる。
生産性の低下により、円安が経常収支の赤字の安定化につながることはなく、インフレが加速していくことになる。企業の収益力は衰えており、海外からの資金流入は更に縮小していく。国債金利は急騰していき、それが企業活動を更に抑制し、雇用・賃金が減少していく。税収が落ち込む一方で、金利コストは増加し、高齢化の負担もあり、財政赤字は膨らんでいき、ファイナンスが著しく困難となる。そして、財政破綻、またはハイパーインフレの結果となる。
警戒すべきは「過度な悲観論」
過度な楽観論と過度な悲観論、両方とも財政破綻につながることが考えられる。日本では過度な楽観論のシナリオ(バブルの生成と崩壊による財政破綻・ハイパーインフレのリスク)より、警戒すべきは過度な悲観論の方であろう。しかも、過度な悲観論のシナリオは直観的ではないので、あまり理解されていないので注意が必要だ。過度な悲観論で高齢化対策や財政緊縮が過度に進みむと、高齢化の進行以上に貯蓄が大幅に前倒され、総需要を破壊されてしまう。
デフレをともなう経済パフォーマンスの悪化が、企業活動を抑制し、生産性の向上を妨げてしまう。生産性の向上が限界になり、生産性が低下し始めたところで、高齢化の進行をともない、一転して、財政破綻・ハイパーインフレのリスクとなる。悲観論が自己実現する形だ。
これまでの日本は、財政が会計・ミクロとして考えられすぎた一方で、悲観バブルによる過度な財政緊縮も破綻のリスクを高めることが軽視されてきたと考えられる。高名な国際政治学者であった高坂正堯氏の名著「文明が衰亡するとき」(新潮選書)の、「衰亡は、避けなくてはならないという気持ちをへたに持つと、かえって破局が早くやってくるというところがある」という警句は、現在の日本に一番よく当てはまる。国民は危機に気づいていないから、悲観論を誇張してでも準備を早めなければいけないという考え方は危険である。
これまでの政策がこのような悲観論に基づいたものであったことが、日本経済の長期低迷の一つの原因で、衰亡を早める危険を大きくしてしまっていたのかもしれない。これまでの現実以上に誇張された悲観論を払拭し、楽観論に基づいた政策により経済の活力を復活させ、それで高齢化の準備を進めるというアベノミクスのアプローチは正しいと考える。悲観論から逆算した危機を回避する政策より、楽観論から逆算した明るい未来を作り出す好循環を目指す政策の方が有効であると考える。
会田卓司(あいだ・たくじ)
ソシエテジェネラル証券 東京支店 調査部 チーフエコノミスト
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