2016年の米大統領選挙は、民主・共和両党の候補指名争いが本格化してきた。両党とも3月15日に、大票田の南部フロリダ州など5州1地域で予備選などが行われる「ミニ・スーパーチューズデー」を迎え、共和党の暴れん坊候補ドナルド・トランプ氏の勢いが阻止されるのか、民主党のヒラリー・クリントン候補が独走態勢に入るのか、天王山と目される。

また、選挙の論点に、日本のアベノミクスの柱である環太平洋パートナーシップ協定(TPP)不要論や日本の防衛ただ乗り論が浮上し、我が国にとっても、大統領選挙の結果は他人事ではない。安倍政権下で米国との経済・軍事面の関係を強化してきた日本にとり、誰が大統領になるのが理想的だろうか。

ヒラリー氏 手強い相手になるだろう

まず、民主党のヒラリー・クリントン前国務長官は、ビル・クリントン元米大統領氏の妻であり、元ファーストレディー、元ニューヨーク州上院議員、元国務長官という、政治経験豊富な民主党の本命である。

ただ、強みであるはずの経歴が、「ヒラリーには新車のにおいがしない」との悪評を取る原因になっており、国務長官時代のベンガジ米国人質殺害事件や、公用メールへの私用サーバー使用など、多くの有権者が「うそつき」「間違った決断が多い」とする過去の失敗も多い。

ヒラリー氏は、「日米の緊密な連携が必要」と述べた以外、対日政策に関して明確な言及をしていない。しかし、国務長官在任中に、中国を念頭に、「日本の尖閣諸島における施政権を一方的に害するいかなる行為にも反対する」と明言するなど、日本の政策に沿った立場を表明。大統領に就任すれば、国務長官時代に東アジア・太平洋担当の米国務次官補だったカー卜・キャンベル氏が再び対日政策を主導する公算が大きいとされ、安保面では日米協調路線が継続されよう。

しかしヒラリー氏は、TPP の原産国表示条項によって、日本車の部品の半分以上が中国など他国製でも「日本製」として低関税で対米輸出できることや、米労働者の雇用が守られない恐れがあることを問題視。現時点で合意されているTPP協定条文に反対を明言している。大統領になれば、協定条文の再協議などを要求し、すでに大きく対米譲歩した日本に、さらなる譲歩を迫る公算が大きい。その意味では、日本にとって御しがたく、手強い相手になろう。

もう一人の民主党候補、バーニー・サンダース上院議員は、若者に大人気の「気さくなおじいちゃん候補」だ。富裕層への課税強化、巨大金融機関の解体、大学の無料化など、社会主義的で、日本政府や日本の財界にとっては、あまり歓迎できない主張を繰り出す。2月下旬には、「米国人労働者は、日本人労働者より労働時間が長い。米国は労働条件を改善すべきだ」と述べ、働き中毒の日本人を、皮肉を込めて引き合いに出した。

現時点では、民主党指名候補になれる可能性は低いものの、「TPPは米製造業の雇用を奪う」「ヒラリー候補は、大統領になれば、TPP反対の立場を翻す」と牽制し、将来「ヒラリー大統領」が採り得る対日経済政策の幅を、あらかじめ狭めようとしている戦略が特筆される。対中政策に関しては、「中国の軍拡を、国際的な協調で止めるべきだ」と主張している。

おなじみのトランプ氏 TPP合意は瓦解か

共和党に目を転じれば、排外的な暴言ですっかりおなじみの不動産王ドナルド・トランプ氏が大統領に就任すれば、日米安全保障体制に大きな変化を迫られる恐れがある。トランプ氏が、「日本が攻撃されれば、米国はすぐに助けにいかなければならないが、我々が攻撃を受けても日本は助ける必要はない。条約は不公平だ」と公言しているからだ。

また、「TPPはとんでもない取引だ。いずれ中国が参加して、中国に利用されるだろう」と述べるなど、サンダース氏と同じくらいに強硬な反対の立場をとる。「トランプ大統領」の下で、日本などとのTPP合意は瓦解するだろう。

大統領に就いた際には、著名投資家で「物言う株主」「企業の経営権乗っ取り屋」として有名なカール・アイカーン氏を中国や日本との交渉に当たらせるとしている。日本政府や日本の財界にとっては、非常に難しい交渉相手になる。ただ、暴言の裏で「日本を尊敬している」と本音を語るなど、実際に大統領になれば、現実的な対応をとる可能性もある。

クルーズ氏は「未知数」

翻って、現在トランプ候補の獲得代議員数を猛追しているのが、キューバ人移民の父とアメリカ人の母の間にカナダで生まれ、プリンストン大学やハーバード大学など名門で学んだ保守強硬派のテッド・クルーズ上院議員だ。

トランプ候補とは違い、日米安保体制を重要視し、対中政策も強硬だが、以前に中国企業の弁護を引き受けたことがあり、実は中国に対して融和的なのではないかと疑われている。TPP合意については、「無効だ」と宣言するなど、反対の立場を取っている。日本にとって「クルーズ大統領」は未知数の部分が多い。

ルビオ氏 日本にとって心強い相手

もう一人の共和党候補であるマルコ・ルビオ上院議員は、代議員獲得数でトランプ氏やクルーズ氏に後れを取るが、「正統派保守」であり、共和党若手のホープだ。民主・共和両党の候補者の中で最も親日的で、「尖閣は日本の領土」と言い切り、「立場を取らない」とするオバマ政権やヒラリー候補と一線を画す。

北朝鮮による日本人や米国人の拉致問題に関心が高く、「日本の領土への近隣諸国の不当な主張に鑑み、日本の安保政策を強く支持する」「中国が米国を脅かす態度を取れば、強硬に対処すべき」と述べるなど、「ルビオ大統領」は、日本の安保面からは心強い存在になろう。

さらに特筆されるのは、ルビオ氏がTPP賛成派であることだ。日本政府や日本財界にとっては、最も望ましい候補だろう。誰が米大統領になるかで、米国の対日政策も大きく変わる可能性がある。11月の米大統領選に向けて、候補者の発言を丹念に拾っていく必要がありそうだ。(在米ジャーナリスト 岩田太郎)